88話 脱出をしよう
「脱走するか?」
「そうだね」
アーロンの問いに、私は迷わず頷いて立ち上がる。
きつく縛られた紐は時間をかけ、関節を外したりしてなんとかほどけた。
無駄な知識だと思ってたけれど、そうじゃなかったね。
「やるじゃん」
「アーロンだって」
ニヤリと笑うアーロンもすでに自由の身だったから、私もつられて笑う。
デュークの罠にまんまとハマってしまった私たちは、気づいたら手足を縛られ監禁されていた。
辺りを見る限り、この世界の普通の部屋。
窓には鉄格子。ここからは逃げられない。
だとしたら――
暖炉?
天井上の空気孔みたいなところ?
それとも正面突破……は、アーロンに負担がかかるから駄目か。
「ずいぶん冷静だけど、怖くないのか?」
「え、怖くないけど……おかしいかな?」
ウロウロする私に不思議そうに聞くから、私は首をかしげる。
怖がっていても何も始まらないと思うんだけど。
女の子ならここは怖がるべき?
私はメシアなんだから、メシアっぽくしてた方がいい?
「いいや。そっちの方が一緒にいて楽だぜ」
「うん、ありがとう」
アーロンが良いって言うなら、今は私らしくいよう。
「つうわけで、ドアをぶち破って正面突破だ」
「却下。親玉はデュークなんだから、正面突破は無謀」
俄然張り切るアーロンにブレーキをかける。
目を輝かせるのやめて。
私はメシアなんだから、後方支援しか出来ません。
一人で巨大な敵に……燃えるシチュエーション。
《警告 戦闘禁止》
頭のなかで、メシアシステムが警告音を鳴らす。
毎度毎度のことでうんざりし、小さくため息をつく。
メシアシステム。
正しきメシアへと強制的に導く、迷惑でしかない代物。
私がメシアとして召喚された時、
武道派なんてありえないと言われ、全部平均値まで下げられ、メシア仕様に振り替えられてしまった。
最初こそ元に戻そうと抵抗していたけれど、お仕置きを食らった。だから今は文句を言っても、大人しく従っている。
――そのうちにね。
「うっ……すまない。だったらあの空気孔からか?」
「うん。アーロン、肩車してくれる?」
「お安いご用だ」
これといっていい案が見つからず、肩車をしてもらう。
肩車なんて久しぶり。
「どうだ?」
「うん、開きそう」
ガタ。
意外に簡単に蓋は開けられ、中を確認すると人一人ギリ通れる空間だ。
「大丈夫。行けそう」
ひょいと入る。
ステータスが書き換えられても、身軽さと運動神経は元のまま。だからこういう時はありがたい。
「うん、誰もいない」
手鏡で外を確認してから、そっと降りる。
廊下に出てすぐそこには階段。
確かここは二階だったから、一階にさえ行けばなんとかなる。……きっと。
「これで最後まで誰もいなければいいんだけどな」
「そうだね。でもさ、この場合だと――」
言ってるそばから怪しい気配を感じた。
「撫子、こっちに来い」
「うん、え?」
アーロンも同じだったのか、私を抱き寄せ柱に身を潜める。
近い。
近すぎる。
アーロンの吐息がもろに聞こえるし、体温も感じる。
意識しないように頑張っているけれど、心臓の鼓動はバカみたいに高鳴っていく。
アーロンは?
私を抱いても何も意識……って、今それどころじゃないでしょう。
動揺を隠し、気配を探る。鼻をピクピクさせながら階段を上ってくるのは、水色髪のヤンキー風の青年。
どこかで見たことがある。
「あいつ、デュークの弟子じゃないか?」
「あっ」
言われて確信した。声のボリュームは最小限で。
名前は、確かネイロ。
魔術より戦闘に特化していて、手合わせしたいと思った記憶がある。
《警告 戦闘禁止》
再び、警告音が鳴り響く。
思っただけでも駄目なんですね?
無視。
ネイロの行動を伺っていると、不意に動きが止まり、こちらに迷いなく歩きだす。
まるで獲物を見つけたハイエナのように、無邪気な笑顔を浮かべ。
そして
「見つけた」
私たちの前で足を止める。




