96話 ペアーアイテム
「うわぁ、これ可愛い」
黒と白猫のペアマグカップに心惹かれ、思わず手に取る。
ころんとした丸いフォルム。並べると寄り添う二匹の猫。
――ソファーで並んで、このカップで飲む。
そんな何気ない日常でも、二人ならきっと特別になる。
……買っちゃおう。
「あら、いいじゃない? だったらあとでペアのパジャマも買いましょう」
いつの間にか隣にいたマミア様が、さらっといい提案をする。
「はい!!」
思わず大きな声が出た。
……お店だった。
周囲の視線が一斉に集まり、私は慌てて小さくなる。
でも、それでも嬉しい。
一気に“恋人らしいこと”をしている気がする。
こういうのも、きっと大事だ。
触れ合うことだけじゃなくて、こういう日常の積み重ねも。
……あれ?
ふと、違和感がよぎる。
――私たち、価値観って合ってるのかな?
恋愛だけじゃない。
生活、考え方、優先順位。
もし正反対だったら――?
そう思った瞬間、不安がじわりと広がった。
「穂香ちゃん、どうしたの?」
「やっぱり……恋人の期間って、ある程度必要ですよね?」
自分でも少し驚くくらい、弱気な声が出ていた。
「いくら好きでも、価値観が違うと……結婚生活って難しいですよね?」
マミア様は一瞬だけ考えて、すぐに口を開く。
「そうね。だったら一度エルと、ちゃんと話し合いなさい」
やっぱりそうだよね。
でも――
マミア様はにっこり微笑んで続けた。
「二人なら、きっと大丈夫よ」
その一言で、胸の中の不安が少しだけ軽くなる。
……不思議。
この人に言われると、本当にそう思える。
だけど。
ちゃんと向き合わないといけない。
話して、知って、擦り合わせて。
それから――
プロポーズされたい。
うん。それがいい。
「マミア様、ありがとうございます。話し合います」
「うむ。素直でよろしい」
満足そうに頷いたあと、ふと思い出したようにマミア様が言った。
「それよりルシアちゃんって、リチャードの彼女だったりするの?」
「励まし合える友達、といったところでしょうか?」
懸命に品定めをするルシアちゃんを眺めながら、当たり障りのない答えを返す。
私から見た感じ、お互いに少しは意識していると思う。
でも、それが何かまでは分からないから、何も言わない。
「そうなのね。それなら母として、全力で応援しないといけないわね」
……やっぱり見透かされてる。
そう言うとマミア様は私の手を引き、ルシアちゃんのもとへ向かった。
お母さん。息子の恋愛は温かく見守ってください。
「ルシアちゃん、いいのあった?」
「あ、はい。お陰さまで、良いのが揃いました」
「それならよかった。あら、ずいぶんシンプルなのね?」
マミア様が普通に話しかけると、ルシアちゃんは少し恐縮しながらもきちんと答える。
私たちのときとは少し違う。
これが本来のルシアちゃんなのかもしれない。
大人だと思える人には、ちゃんとする。
「あ、穂香。あんたさっき注目の的になってたけど、何やらかしたの?」
相変わらず、というより少し呆れた様子でため息までつかれる。
その言い方、酷くない?
「ちょっと、嬉しすぎちゃったね?」
「ふーん。こういうのが穂香の趣味なんだ。ファンシーね」
私に興味があるのかないのか。
かごに入れたマグカップを見ての、どこか冷めた感想。
ちなみにルシアちゃんが選んだものは、黒と白のモノトーンばかりで落ち着いている。
これがルシアちゃんのセンスなのか。
……確かにマグカップはファンシーだ。
エルヴィスさんがこれを使う。
……すごく可愛い。
「……っ」
何かツボに入ったらしい。
マミア様が口元を押さえ、笑いを漏らす。
「またお邪魔するわね」
「はい、いつでも来てください」
「なんかあたしが聞かされてる鬼軍曹とは、えらく違うんだけど……ひょっとして別人?」
ルシアちゃんは眉間にしわを寄せ、首をかしげる。
言い方は酷いけど、日常の彼を見ていたらそう思うのかもしれない。
「あってるわよ。可愛い彼女が出来たから変わったのよ」
「か、可愛い?」
聞き慣れない言葉に、思わず声が裏返る。
なのにマミア様は後ろから抱きついてきた。
「ええ。そして私の可愛い義妹よ」
まだ婚約していないのに、マミア様の中でももう確定事項らしい。
「穂香も大変ね」
ルシアちゃんの声は、どこか哀れみを含んでいた。
「これで一通りの買い物は終わったかしら」
「はい、あたしはもう十分です」
「私もです」
マミア様に問われ、私とルシアちゃんは同時に頷く。




