第149話 話はどこに向かっているのだろうか
「その週に一回来られるときは必ず私が出勤していた日でした」
そんな事言われても実は全く覚えていない。そう言われて見れば確かにいつも彼女は居たような気はするが、それがどうした?
「あれは私に会う為に来ておられたんですよね?」
「えっ?」
あまりにも意外な言葉に俺は思わずそう口走ってしまった。勿論そんなつもりで行っていた訳がない。
「あの、確かタツノさんには毎週木曜日に行ってたと思うんだが」
記憶を辿ってみて、それだけは思い出した。火・水曜日は事務所か休みだったので休み明けの木曜日に言っていたはずだった。
「そうです。私の出勤日は火・木・土でしたから」
それなら確かにいつも居ただろう。それが何故彼女に会う目的だと勘違いできるんだ?
「来られるたびにいつも私を誘ていたじゃないですか」
「えっと、それは」
確かにそうだったのかも知れない。毎回ではなかった筈だが行くところ行くところの事務員にはいつも「食事に行かないか?」的に事を言っていたかもしれない。一度も実現したことは無かったが。
「確かにそんな話をしたことはあったと思うけど、社交辞令だよ、そんなの。君も一度も乗ってこなかったじゃないか」
細かい話の内容は覚えてはいないが全部断られたことは間違いない。
「次はお誘いを受けようと決めていたんです。それなのにあなたは二度と来なかった」
ああ、それは転職したからだ。年下の上司と喧嘩して同業種他社に急に移籍することになって、どこにも挨拶できなかった。取引先を引き抜くつもりか、と言われたからだ。
「あれは転職したからもうタツノさんには用事が無かったからな」
「仕事だけで来ていたと?」
「勿論だが」
「それなのに毎回私を誘っていたの?」
当時俺は50を超えていた。それで使いっぱしりの様な仕事しか任されていなかった。取引先で従業員を揶揄うのは俺の癒しになっていたのは間違いない。ただ本気で誘っている風にも見えなかった筈なんだが。
当時の彼女は40歳には成って居なかった筈だ。ただ所謂お局さん的な存在ではあった。女性事務員で一番の古株だったのだ。
彼女が独身だったかどうかすら俺は知らない。本気で誘っていた訳ではないので既婚者かどうかなんて関係なかったのだ。




