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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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夢喰い

 病院を出ると外は薄暗くなっていた。医師から聞いた話が頭の中をぐるぐると回り重い気分で空を見上げる。


 そこに星明かりを見つけることはできず、緩やかに吹く風は微かな湿り気を帯びていて暗闇に沈みゆく空にはいつの間にか分厚い雲が少しずつ漂いはじめていた。


 なにか不自然だった。ナーガがフェアリクス病に侵されるほどフェアリーを吸収していることも、魔力が奪われたことであんなふうに苦しんでいたことも。


 あの力がいったいなんなのか、その正体を突き止めなくちゃならなかった。


 あいつの身に起きている異変は彼女が言っていた一族の秘術とやらが影響しているとしか思えなくなっていた。ナーガの持つ特異体質だけが唯一他の魔導士たちとは違う部分だ。


 普段から常人を遥かに上回る筋力を見せているが、ナーガの怪力が本領を発揮するときは決まって瞳が真紅に光っていた。


 もしもそれが魔力を利用した作用であるならナーガ自身も気づかないうちにフェアリーを吸収している恐れはある。


 恒常的なものであるならさっきの話もおかしなものではなかった。


 けれど本当にその考えで合っているのだろうか、とユーリは思った。


 方向性という意味ではなく、根本的に。


 あれが身体強化に通ずる魔力の使い方であるなら魔導術と違い体内で循環させてエネルギーを生みだすためフェアリーを吸収することはない。


 さすがにまったく同じものであるとは考えていないが、これまでナーガと一緒にいて不可解なフェアリーの揺らぎを感じ取ったことはなかったのだ。


 吸収しているはずのないフェアリー。それがあいつの中で結晶化している。


「ユーリくん」


 ぼんやりと考えごとをしながら敷地内を出ようとしていると急に呼びかけられ、そちらへ目を向けると妖精灯の下でベンチに座っていたユアリィが手を振っていた。その隣では元気のない表情で座りこむルルーナの姿もあり、ユーリは肩の力を抜くように小さくため息をつくと二人の方へ歩いていった。


「ナーガちゃん、大丈夫だった……?」


「まあ、いまのところは」


「そう……」


 ほっとしたようにうなずいたものの、微かに口元へ浮かべた笑みはどこか弱々しくその表情にはルルーナと同じ色をした不安が滲んでいた。


「お前らの方こそどうだったんだ?」


「さっきから試してたんだけど……」


 そう言って膝の上に置いていた手を返しユアリィはそこから魔力を放出させた。励起されたフェアリーが光となってふわりと周囲に現れたものの、ほんの少し辺りを淡く照らしただけですぐに消え去ってしまう。


 ユアリィはそのまましばらく手のひらを見つめ、やがてぎゅっと握りしめた。


「……魔力のほとんどがなくなったみたい。少しも回復しなくなってるの……」


「ルルーナは?」


 目を伏せたまま彼女はなにも答えず、代わりにユアリィが首を振った。


 間にあわなかった。


 ユーリはルルーナから目を逸らすと二人に聞こえないほど小さなため息をついた。


「……悪かったな。俺がもっと早く気づいてなくちゃならなかった」


「ユーリくんのせいじゃないわ。やめましょう、こんなときに誰が悪いかなんて」


 それでも。知っていたのに黙っていたのは俺の方なんだ。


 相手は転生者で、天使から与えられた武器によって魔力を奪っていると話していれば避けられていたかもしれない。


 迂闊だった。本当なら防御魔導が仕掛けてある時点で疑いを持たなくちゃならなかった。


 離れた場所から魔導術を操れるのに町中ではなくわざわざ森の中へ転移させていたのは奴の狙いがあくまで俺一人だけだからだ。


 いくらフェアリー結晶で居所が知られていてもピンポイントで狙い撃ちにすることはできない。いまもかなり大まかにこの辺りにいるという程度でしか感じ取れないはずだ。それに防御魔導と違って攻撃魔導は周辺のフェアリーの組成を偏らせるため強力なものになるほど解放させられる回数は少なくなる。


 もしも仕留めることができなければ警戒され今度は向こうがランタンを封じられてしまう。そこに現れるとわかっていれば魔力の波動から転移してきた瞬間に攻撃をするのは難しい話じゃない。


 だからランタンを転移させてきたことにそれ以上の危機感を抱かなかった。戦いに備えて魔力を温存するためだとばかり考えていた。


 奴の本当の狙いはランタンの存在に気づかせることだったのだろう。


 唐突に現れた上に別の空間転移術の紋章陣を解放させようとしているランタンがあれば放っておくわけにはいかない。強力な防御魔導が施されていればそうしなくてはならないだけの理由があると考えるのも妥当な流れだ。


 けれど、そうして防御魔導を無効化させることができるのは魔力を持った魔導士たちだけだ。そこでランタンの能力を使えばアンスリムにいる戦力の大半を沈黙させられる。


 完全に相手の罠にかかってしまっていた。それどころか手助けをしてしまったと言ってもいい。


 ヴィオラのおかげで魔力のすべてを奪われる事態は避けることができたが致命傷には変わりないだろう。ユアリィたち以外の魔導士たちにどれほどの魔力が残されているかはわからないが、きっと満足に戦えるほどではない。


 とても危うい状況に陥っていた。


「ずっと、夢だったんです……」


 そのとき、押し黙ったままうつむいていたルルーナが不意に小さな声で言った。


「魔導士になって、たくさんの人を救いたいって……勉強は難しいし魔導術の訓練もつらかったけど、必死で頑張ったんです……」


 膝の上で固く握りしめていた拳の上にぽたりと涙が零れ落ちていく。うつむいたまま袖で目元を拭うルルーナの肩は微かに震えていた。


「でも、魔導術……使えなく、なっちゃったんです……ユーリ様……わたし、これからどうすればいいですかっ……? どうしたら町の人たちを救えますかっ……? このままじゃ、誰もっ……」


 涙で腫れた目ですがるようにこちらを見上げたルルーナの頭をユアリィが抱きしめた。そこに額を押し当てて彼女も堪えるように目を閉じながら涙を滲ませていく。


 奪われたのは魔力だけじゃない。彼女たちと同じように多くの魔導士たちが抱き続けた夢を奪われていた。


 魔導士は簡単に志せるほど楽な道のりではない。あれだけの魔導術を扱えるようになるまで本当に血の滲むような努力を積み重ねてきたのだろう。


 ユーリにはそれが痛いほど伝わった。


「……あいつは俺がかならず止める。だから心配するな」


「でも、どうするの……? ユーリくんだって魔力を奪われてるし……あんなのが相手じゃ魔導術が通用しないでしょ……?」


 大半の魔導士がまともに戦えなくなったいま、戦力として数えられるのはほとんど無傷で済んだアイリスとヴィオラの二人だけだ。兵士たちを加えればそれなりの人数にはなるが相手も魔導術を使ってくる可能性を考慮すると白兵戦要員では太刀打ちできなかった。


「絶望するのは死んだあとでいい」


 それでも、振り払うための腕はまだ残っている。


「お前らはすぐに市民に避難指示を出してくれ。嘆いてるひまがあるなら他にやれることがあるはずだ」


 転生者の持つ能力についてこれまでは一度に多くの人数から魔力を奪えないのだと思っていたがどうやらそれは間違いらしい。ただ、わかったことはもう一つあった。


 魔力を奪える力はその効果範囲に制限がある。


 これまで各地の町で起こしてきた事件でも奴は魔導士たちに目撃されるほどの距離まで近づいていた。こんな回りくどい方法を使ってアンスリムの魔導士たちを無力化させたことからも奴の能力はそれほど遠くまでは及ばない。


 むしろ好都合だ。それならアイリスの魔力だけでも守りきることができる。


 けれど、その前に。


 ナーガの杖を握りしめ、ユーリはそこに残る彼女の体温を探すように目を閉じた。


 どうしても思いださなくちゃならないことがあるような気がした。そうしなければとても大事なものを永久に喪失してしまう予感がする。


 忘れてしまった記憶のかけら。


 もしもその中のどこかに答えがあるのだとしたら、いまナーガが苦しんでいるのは俺のせいだ。

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