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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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星空の下

 ベンチに座って水路を眺めていると扉の開く音がした。二人が出てきたのはさらに二十分ほど経った頃だった。


「申し訳ありません魔王様。お待たせしてしまいまして」


「えっらい長湯だったな……」


 すっかり湯冷めしてしまい呆れながら前に向き直る。微かに憮然とした表情を浮かべながら頬を上気させるナーガの隣でアイリスが涙目になっていた。


「……どうした?」


「ナーガちゃんに熱湯かけられた……」


「はあ?」


「この女が悪いんですよ。あんな劇薬塗りつけてくるだなんて神経を疑いますね。前世で毒殺でも繰り返していたのでは」


「目閉じないのが悪いんでしょー!? ひどいじゃないあんなに熱いお湯かけるなんて!」


「シャンプーの件はいいとしても懲りずに身体をべたべた撫で回してきたのは看過できません。もしかしてあなたはそっちの趣味があったんですか」


「んなわけないじゃんっ! ただ……赤ちゃんみたいにすごくすべすべしててきれいだなって思っただけで……ねえ、どうやってケアしてるの? クリームとか使ってる?」


「知りません」


「えぇ、教えてくれたっていいじゃない。あたしもつるつるになりたいっ」


「その話もうやめませんか」


「ナーガちゃんのけち」


「来てよかったよ。すっげー仲良くなってるみたいじゃん」


 心にもないことを口にしながら笑みを向ける。ナーガは不満そうにしていたがなにも言わずに渋々といった様子でうなずいていた。


「ていうかユーリくん、どこまで聞いてたのっ?」


「どこまでって?」


「先に出てたんでしょっ? 一言声かけてくれたっていいじゃないっ。あたしずっと話しかけてたんだから! 姫路城の話ちゃんと聞いてくれたの!?」


「姫路城ってなに? ……あ、日本の話?」


 アイリスはそれを訊くと絶句して拗ねたようにうつむいた。


「だから言ったじゃないですか。ナーガが湯に浸かったときにはもう魔王様は先に出ておられましたよ」


「めっちゃ最初じゃん! なんで止めてくれなかったの!?」


「ナーガは聞いてましたよ」


「そ、そう……?」


「あまり面白くなかったですが」


「心にしまっといてよそんな感想なら!」


「……なんか悪かったな、のぼせそうだったから」


「はあ……ユーリくんがそんな冷たい人だとは思わなかった……」


「たかだか風呂一つでそんながっかりするなよ……」


 ほんっと騒々しい奴だな。はじめて会ったときはあんなにおどおどしていたのにイメージ変わったのはこっちも同じだ。


「……もういいよ、今度聞いてもらうから。それよりこれあげる」


 そうしてアイリスは気を取り直したように小さくため息をつくと後ろ手に隠し持っていた瓶を差しだしてきた。


「なんで泥水なんか汲んでるんですか」


「コーヒー牛乳っていうんだよ。けっこうおいしいぞ」


「風呂上がりの定番だよね」


「でも金はどうしたんだ?」


「ブーツに入れてたお金使ったの。ぴったりだったよ」


「ああ、あれか」


 その金で食べものを買うという発想には至らなかったらしい。けれどあんまりにもにこにこと嬉しそうにしているので口には出せなかった。正論と感情の行き先は往々にして遠ざかっていくものだ。


「アイリス、この町でいい寝床知らないか?」


 ふたを開けて口をつける前に訊ねてみると、腰に手を当ててぐびぐびと一気飲みをしていたアイリスがぷはっと一息つきながら憂いげな顔でこちらを見た。


「ほんとにどこにも泊まれないの?」


「泊まれるわけないだろ金もないのに。お前ここで数日ホームレス生活してたんだろ? 案内してくれよ」


「でもあたし心細くて眠れなかったから……夜は海に行って星眺めたりして時間潰してたの。外で寝るならどこもたいして変わらないと思うよ」


「じゃあ適当にどこか寝れそうな場所探すか……」


「魔王様、泊まる場所についてでしたらナーガに名案がありますよ」


「ほんとか?」


「はい。アイリス、力を貸していただけますか」


「え、あたし?」


「あなたの力が必要になるんです」


「はあ……まあ、いいけど……」


 うろんげにうなずきながらアイリスがこちらを見る。なんだろう。まったく見当もつかず首を振ると意気揚々と歩きだしたナーガについていくことにした。

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