第1話 起動。
――耳の奥で、音がした。
金属が呼吸するような、低い振動。
「……っ、なんだよこれ」
カイは膝をついたまま、瓦礫の中で息を荒げていた。
視界の端で、青白い光が脈打っている。
あの“壊れたはずの兵器”。
リンクスーツ。
◆
背後では、まだ足音が続いていた。
一定で、冷たいリズム。
アストロ帝国の追撃部隊。
黒い装甲が、この街そのものを“狩場”に変えている。
レオの声が遠い。
「カイ……逃げろって言ってんだろ!!」
「逃げる場所なんて、もうねぇよ……!」
その言葉を吐いた瞬間、
目の前のリンクスーツが――動いた。
◆
カチ。 何かが噛み合う音。
それは機械音じゃない。
“神経”が繋がる音だった。
《神経接続プロトコル:起動》
《適合確認》
《リンク開始》
「は……?」
視界が一気に歪む。
世界が“上書き”される感覚。
カイの腕が、勝手に動いた。
いや……正確には――
“何かがカイの体を使っている”。
「やめろ……っ!」
叫んでも止まらない。
リンクスーツの外装が、瓦礫の中から引き剥がされるように起き上がる。
青白い光が全身を走る。
◆
その瞬間だった。
敵リンクスーツが射撃態勢に入る。
――ガンッ!!
弾丸が空気を裂く。
だが。
当たらない。
“当たる未来そのもの”がズレている。
カイの身体は、理解していなかった。
なのに避けていた。
「……嘘だろ」
レオの声が震える。
「お前……それ動かしてんのか……!?」
カイは答えられなかった。
ただ一つ分かるのは、
この力は“人間の延長じゃない”ということ。
◆
敵が距離を詰める。
一瞬で。
黒い装甲が目の前に現れる。
殺意だけの圧力。
その瞬間――
カイの中で、何かが“切れた”。
「……うるせぇ」
低い声だった。
自分の声じゃないみたいだった。
リンクスーツの腕が動く。
ただの一撃。
それだけで、敵の装甲が“沈んだ”。
遅れて爆音。
地面が割れ、廃墟は消し飛んだ。
◆
静寂。
風だけが残る。
カイは荒い呼吸のまま立っていた。
手が震えている。
いや――“身体全体”が震えている。
「……俺、今、何を」
言いかけて、気づく。
倒れている敵の向こうで、
まだ“別の足音”が近づいていることに。
そしてその瞬間、
リンクスーツの中で、機械音が鳴った
《追加適合者確認》
《戦闘モード継続》
カイは息を呑む。
この力は――
まだ、終わっていない。
◆
もう一機。
黒い装甲が、瓦礫の煙の向こうから現れる。
赤い単眼が、静かにこちらを捉えていた。
《対象脅威度上昇》
《戦闘行動を再構築》
機械音声。
敵のリンクスーツが、姿勢を低くする。
次の瞬間。
――消えた。
「カイ!!」
レオの叫び。
反応するより先に、衝撃が来た。
轟音。
視界が揺れる。
カイの身体は吹き飛び、崩れた壁を何枚も突き破った。
肺から空気が消える。
「が……ッ!!」
痛い。
なのに。
動ける。
普通なら死んでる。
リンクスーツが衝撃を吸収していた。
◆
敵がゆっくり歩いてくる。
処刑みたいな足取りだった。
「対象確認」
「未登録機体を確認」
「回収対象へ変更」
スピーカー越しの声。
感情がない。
人間を見ている声じゃない。
「……カイ、逃げろ」
レオが血を吐きながら立ち上がる。
震える手で鉄パイプを握っていた。
勝てるわけがない。
それでも前に出る。
「レオ、やめ――」
瞬間。
敵が動いた。
速すぎる。
見えない。
レオが殺される。
そう思った瞬間。
カイの視界が“加速”した。
◆
世界が、止まって見えた。
瓦礫の落下。
火花。
敵装甲の駆動。
全部が見える。
頭に直接、情報が流れ込んでくる。
《強制同期率上昇》
《戦闘補助開始》
知らないはずの動きが、身体に浮かぶ。
カイは踏み込んだ。
地面が砕ける。
敵の懐へ。
そして――
拳を叩き込む。
爆音。
黒い装甲が、横殴りに吹き飛んだ。
車両を巻き込みながら激突し、火花を撒き散らす。
「……え」
レオが呆然と呟く。
カイ自身も、何をしたのか分かっていなかった。
◆
静寂。
煙の中で、
敵リンクスーツがゆっくりと崩れ落ちる。
動かない。
完全停止。
カイはその場で膝をついた。
呼吸が荒い。
頭が焼けるみたいに痛い。
視界も滲む。
すると。
リンクスーツの内側で、機械音声が静かに響いた。
《適合者コード確認》
《識別開始》
《……コード:KAI》
その瞬間。
カイの背筋に、冷たいものが走った。
――なぜ、俺の名前を知っている?




