プロローグ
世界が終わったのは、一つの放送からだった。
『資源管理権を放棄しろ。』
海の向こうの軍事国家《アストロ帝国》は、それだけを全世界へ通達した。
交渉も、猶予もなかった。
そして三日後――俺たちの国は侵略された。
◆
最初に落ちたのは港湾都市だった。
次に発電施設。
通信塔。
空港。
政府中枢。
あまりにも早かった。
ニュースでは「現在も防衛軍が応戦中です」と繰り返していたが、誰も信じていなかった。
街中に黒煙が上がっていたから。
夜になっても、空が赤かったから。
道路には壊れた車が放置され、逃げ遅れた人間が、その横で死んでいたから。
俺たちは、“負けている”んじゃなかった。
ただ一方的に、狩られていた。
◆
敵兵は、人間だった。
同時に人間でもなかった。
全身を黒い装甲で覆った
戦闘兵器――《リンクスーツ》。
身長も体格も普通の兵士と変わらない。
なのに、そいつらは戦車を素手で破壊し、銃弾の雨の中を走り、十メートル以上を一瞬で跳躍した。
装甲の隙間から青白い光が漏れている。
機械音と共に呼吸するその姿は、まるで鋼鉄の亡霊だった。
神経接続型強化外骨格。
脳とスーツを直結し、人間の反応速度と筋力を極限まで引き上げる、帝国の最新兵器。
だが、その代償に耐えられる人間は少ない。
適合できなかった兵士は、神経を焼かれ、廃人になるらしい。
――それでも、帝国はリンクスーツを量産した。
人間を、“兵器”に変えるために。
◆
国境陥落から半年。
俺たちは地下施設や廃墟を転々としながら生きていた。
食料は足りない。
薬もない。
昨日まで一緒にいた奴が、朝には死んでいる。
そんな毎日だった。
誰も笑わない。
未来なんて言葉を口にする奴もいない。
生きることより、“今日死なないこと”だけを考えていた。
……だから、その日も同じだと思っていた。
俺たちを追ってきた二機のリンクスーツに、全員殺されて終わる。
そう思っていたんだ。
瓦礫の下で、“あれ”を見つけるまでは。
◆
「……はぁっ……はっ……!」
肺が焼けるみたいに痛かった。
崩れたビルの隙間を、俺は必死に走っていた。
後ろから聞こえるのは、重い足音じゃない。
もっと軽い。
もっと速い。
金属がアスファルトを擦る、高い駆動音。
リンクスーツだ。
しかも二機。
最悪だった。
「カイっ! まだかよ!?」
後ろを走るレオが叫ぶ。
肩で息をしながら、片腕を押さえていた。
さっき瓦礫に吹き飛ばされた時にやったんだろう。
血が止まっていない。
「黙って走れ!!」
怒鳴り返す。
そうでもしないと、自分の恐怖を誤魔化せなかった。
空気が震える。
次の瞬間。
――ガァン!!
すぐ横の廃車が、爆発したみたいに吹き飛んだ。
「ッ!?」
熱風が頬を掠める。
銃撃。
リンクスーツ用の電磁加速弾。
生身で当たれば、人間なんて肉片になる。
「遊ばれてる……!」
レオの声が震えていた。
分かってる。
あいつら、本気じゃない。
その気になれば、
とっくに俺たちは死んでる。
まるで獲物を追い回すみたいに、
少しずつ逃げ道を潰してるんだ。
クソったれ。
息が苦しい。
足も限界だった。
三日まともに食ってない。
水だって足りてない。
だけど止まれない。
止まった瞬間、殺される。
◆
細い路地へ飛び込む。
薄暗い。
湿った臭い。
昔は飲食店街だった場所だ。
今はもう、死体と瓦礫しかない。
「こっちだ!」
俺は半分崩れたシャッターを蹴り飛ばし、中へ転がり込んだ。
レオも続く。
暗闇。
静寂。
荒い呼吸だけが響く。
「……撒いた、か?」
レオが壁にもたれながら呟く。
その瞬間だった。
――ピピッ。
機械音。
背筋が凍る。
赤い光が、暗闇の奥で点滅していた。
「……なんだ、あれ」
瓦礫の山。
その下から、
青白い火花が散っている。
そして。
黒い装甲の“腕”が、ゆっくりと姿を現した。
黒い腕が、瓦礫の下からゆっくりと引きずり出される。
金属が擦れる音じゃない。
まるで、生き物が呼吸するみたいな音だった。
「……なんだよ、これ」
レオが一歩下がる。
俺は動けなかった。
怖い、とかじゃない。
理解できなかった。
そこにあるのは、兵器のはずだった。
なのに――
“死んでいない”ように見えた。
◆
瓦礫を押しのけるたびに、青白い光が強くなる。
暗闇の中で、それだけが脈打っていた。
心臓みたいに。
「おい、カイ……やめとけって」
レオの声が遠い。
でも俺は、目を逸らせなかった。
逃げ続けてきた半年間。
何も守れなかった半年間。
その全部が、この瞬間に重なっていた。
――このまま終わるのか?
何もできずに。
誰にも抗えずに。
ただ、狩られて死ぬだけで。
「……ふざけんな」
気づいたら、口が動いていた。
瓦礫に手を突っ込む。
熱い。
いや、冷たい。
感覚がぐちゃぐちゃになる。
それでも、掴んだ。
金属の、何かを。
◆
――その瞬間だった。
視界が、赤く染まる。
耳の奥で、機械音が鳴った。
《神経接続プロトコル:起動》
《適合者確認》
《リンク開始》
「……は?」
身体が、動かない。
いや、正確には“別の何か”が身体の中に入ってくる感覚だった。
頭の奥が焼ける。
世界が、ひっくり返る。
レオの叫びが聞こえる。
でも意味が入ってこない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
――この兵器は、“まだ動ける”。
そして今、
俺に反応している。




