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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第4章:神々の不味い聖域――「完璧」を焼き尽くす、死と再生のスペシャリテ

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第50話:神域大図書館の亡霊:初代美食聖女が教える『神を黙らせる隠し味』

――静寂。

 それは、音が消えたというより、空気が「知識」という重みに押し潰されているような、奇妙な圧迫感でした。


 神域大図書館。

 天界の全ての記憶が収められているというその場所は、書棚が雲の彼方まで続き、一冊一冊の書物が星のように淡く発光しています。

 私とゼフィロス様が足を踏み入れるたび、古い紙の匂いと、焦げた魔力の香りが混ざり合って鼻腔をくすぐりました。


「……エリアナ、私の側を離れるな。この場所は、生きた人間の精神を吸い取ろうとする『情報の澱』が溜まっている」


 ゼフィロス様が右腕の虚無を細く放射し、私たちの周囲を漆黒の帳で包み込みました。

 その闇を道標に、私は手にした黄金の木ベラが導く方へと歩を進めます。熱を帯びた木ベラは、もはや私の意志など関係なく、特定の「棚」を目指して震えていました。


 そして、最深部の、崩れかけた水晶の机の前で、それは止まりました。


『――あら、ようやく来たのね。……随分と生意気で、美味しそうな後継者さんだこと』


 透き通るような白銀のドレスを纏った一人の女性が、机に頬杖をついて座っていました。

 彼女の姿は、鏡を見ているのではないかと錯覚するほど私に似ていました。けれど、その瞳に宿る銀色の輝きは、数千年の時を越えてきた者だけが持つ、深く、残酷なまでの理性を湛えています。


「おーっほっほっほ! 随分とホコリを被ったご挨拶ですこと。……貴女が、この木ベラの最初の持ち主……初代美食聖女、リヴィア様かしら?」


『ふん、名前で呼ぶなんて。……今の地上じゃ、私の名前は教典の隅っこに追いやられていると思っていたけれど』


 リヴィア様と名乗る幽霊(あるいは思念体)は、ふわりと宙に浮き、私の木ベラを指先で弾きました。

 その瞬間、私の全身を凄まじい衝撃波が駆け抜けました。


『合格よ。私の木ベラを「ただの道具」としてではなく、「自分の誇り」として握り締めている。……でもね、エリアナ。貴女、三日後の晩餐会で、あのヴィクトリアに勝つつもり?』


「当然ですわ。私の辞書に敗北という文字はございませんの。……不味い料理と一緒に、歴史のゴミ箱へ捨てて差し上げましたわ」


『いい気概ね。でも無理よ。今の貴女の「祝福」じゃ、神のスパイスには勝てない。……神々は、変化を嫌う。貴女の料理は「変化」そのもの。彼らにとって、それはただの「劇物」なのよ』


 リヴィア様の瞳が、銀色から鋭い赤へと変わりました。

 図書館全体の書物が激しく震え、彼女の周囲に地上の四季を模した「幻影のフルコース」が展開されます。

 春の芽吹き、夏の情熱、秋の収穫、冬の死。それらが一瞬で繰り返され、あまりの情報量に私の視界が白く染まりかけました。


「……クッ、エリアナから離れろ、亡霊!」


 ゼフィロス様が虚無を振りかざそうとした瞬間、私はその腕を制しました。


「陛下、お待ちになって。……おーっほっほ! リヴィア様。……幻影の料理で私を脅かそうなんて、随分と古典的な演出ですわね。……四季の巡り? そんなもの、私の厨房じゃ一時間で表現して差し上げますわ!」


 私は黄金の木ベラを一閃しました。

 リヴィア様が放った情報の嵐を、まるで「焦げ付いたソースをこそげ落とす」かのように、鮮やかに削ぎ取ったのです。


『……っ! 私の概念魔法を、物理的に掃除したというの?』


「当然ですわ。料理人は、常に厨房を清潔に保たねばなりませんもの。……さて、ご先祖様。……隠し味を教えに来てくださったのでしょう? 出し惜しみは、美しい女性のすることではなくってよ」


 リヴィア様は一瞬呆然とした後、天を仰いで、私と同じ、高く気品のある声で笑い声を上げました。


『あはははは! 最高だわ! ……ええ、教えてあげる。……神々を黙らせる隠し味。それは、貴女が今持っている「愛」や「満足」じゃない。……それはね、『未完成の絶望』よ』


「絶望……?」


『神々は、完璧な存在。だから、彼らは「未来」を持たない。……でも、地上の料理は、食べれば減り、消え、また食べたいという「飢え」を生む。……その「不完全な循環」こそが、神々が最も恐れ、そして密かに求めている麻薬なの』


 リヴィア様が、私の耳元に唇を寄せました。


『ヴィクトリアは、貴女を食べて、地上のその「不完全な生命力」を天界の燃料にしようとしている。……そうなれば、地上は二度と味がしない、死の世界に変わるわ。……それを止める唯一の方法は、貴女の料理に、陛下の「虚無」を、隠し味ではなく「骨格」として組み込むこと』


「陛下の虚無を……骨格に?」


『そう。……食べて、死を感じ、その直後に「生」が爆発するような、究極の絶望の先の美味。……それが、神の心臓を止める最後の一滴よ』


 リヴィア様の姿が、淡い光となって消え始めました。

 

『三日後、神々の胃袋を、世界で一番贅沢な「死と再生のゆりかご」にしてやりなさい。……期待しているわよ、最高に高慢な美食皇妃様』


 リヴィア様が消えた後、図書館には再び重苦しい静寂が戻りました。

 私の手の中にある木ベラは、かつてないほど冷たく、鋭い輝きを放っています。


「……エリアナ。今の話、信じるのか。……私を、お前の料理の『骨』にするなど……」


「陛下。……おーっほっほっほ! 何を仰いますの。……貴方の闇がなければ、私の光はただ眩しいだけで、美しくありませんわ。……最高のメインディッシュは、光と闇のコントラストがあってこそ完成しますのよ」


 私はゼフィロス様の手に自分の手を重ね、最深部の扉を見据えました。

 神々を黙らせるための隠し味。

 それは、究極の「死」という絶望を、美味という名の「生」で包み込む禁断のフルコース。

 エリアナの木ベラが、ついに神々の支配という名の、最後の晩餐を書き換えるための最終工程へと入ったのでした。

最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!


第50話という記念すべき節目に、初代美食聖女リヴィア様が登場いたしましたわね!

エリアナ様とリヴィア様、二人並んでの「おーっほっほ!」……。

まさに天界を揺るがす高笑いの二重奏、わたくしも書いていて背筋が震えましたわ。


でも、彼女が残した「不完全な循環」と「絶望の骨格」。

神々を倒すためには、単なる美味しさだけでは足りない……。

陛下の虚無を、文字通りの「骨」として組み込んだ料理。

それは一体、どのような恐ろしくも甘美な味がするのかしら?


次回、第51話。

「神域晩餐会、開宴。エリアナ、白銀の皿に『死』を盛り付ける」。

いよいよ決戦の幕開けですわ!

神々を跪かせる、地上の究極の一皿……皆様、どうぞ心して、お召し上がりくださいませ。


続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、エリアナ様の最後の仕込みを応援してくださいませね!

あなたの応援が、神の心臓を射抜く「至高の隠し味」になるのですから!

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