第47話:星の輝きを隠し味に。エリアナ、天界で鍋を振るう
「……まあ。これが『神の食卓』ですの? まるでお掃除が行き届きすぎて、魂まで漂白されてしまいそうですわ」
眩いばかりの純白の雲の上に建つ、水晶の宮殿。
天界の給仕長ラグエルに導かれた先には、どこまでも続く長いテーブルと、そこに並ぶ「完璧な造形」をした神々が座していました。
けれど、彼らの前に並んでいるのは、湯気もなければ香りもない、ただ淡く発光するだけの「色とりどりの立方体」でした。
「エリアナ。……これは食い物ではないな。ただの魔力の塊だ。……不愉快だ、吸い込むだけで腹が膨れて、心が全く動かん」
ゼフィロス様が、私の腰を抱き寄せながら不快そうに目を細めました。
彼の「虚無」の右腕が、神域のあまりにも純粋すぎる魔力に反応し、火花を散らしています。
「おーっほっほっほ! 陛下、仰る通りですわ。……ラグエルさん、貴方たちは数千年もこんな『味のしない積み木』を食べていらしたの? ……憐れすぎて、涙も出ませんわ」
「無礼な! これこそが不純物を一切排した至高の神糧『アンブロシア』だ! 地上の、ドロドロと腐敗していく肉や野菜などとは次元が違うのだよ!」
ラグエルが錫杖を鳴らし、誇らしげにその立方体を掲げました。
神々はそれを、儀式的に口へと運びます。
咀嚼の音もしない。ただ、光が身体に溶け込んでいくだけ。
そこに「美味しい」という歓喜も、「もっと食べたい」という渇望もありません。ただ、システムとして栄養が充填されているだけの、虚無の光景。
「……いいえ。料理人として、こんな『静止画』のような食卓は許せませんわ」
私は、ゼフィロス様の手をそっと離し、会場の端にある調理場――とは名ばかりの、ただの水晶の台へと歩み寄りました。
そこには、天界の食材とされる『星の欠片』や『月の雫』、そして『雲の胞子』が、これまた無機質に並んでいました。
「エリアナ様、よろしいのですか? 神域の素材は、地上の火では燃えず、地上の水では洗えませんわ」
セリーナさんが眼鏡を光らせ、周囲を警戒しながらも懸念を口にしました。
「ええ。……だからこそ、私の『火加減』の出番ではありませんか」
私は、黄金の木ベラを抜き放ちました。
まずは『星の欠片』を手に取ります。
それはダイヤモンドよりも硬く、冷たい光。……けれど、私の祝福を注ぎ込めば、それは完熟した果実よりも柔らかく、熱い情熱を宿し始めます。
「冷たい星々に、夜明けの熱を。……透き通る雲に、大地の重みを。……思い出させなさい、神の舌に『焼ける』という悦楽を! ――天界のロースト・スター(アストラル・フランベ)!!」
木ベラを一振りした瞬間、調理場から爆発的な黄金の炎が立ち上りました。
ジュゥゥゥッ!!
神域の歴史が始まって以来、一度も響いたことのない「焼ける音」。
そして――。
ふわり、と。
水晶の宮殿全体を包み込むように、香ばしいキャラメルと、焦がしたバター、そして深紅のスパイスが混ざり合ったような、暴力的なまでに芳醇な「香り」が吹き抜けました。
「な……っ!? なんだ、この、鼻を突くような……しかし、抗いがたい刺激は!」
ラグエルが錫杖を落とし、鼻を抑えてよろめきました。
神糧を食べていた神々が、一斉に首を巡らせました。
立方体を口に運ぶ手が止まり、彼らの美しい、けれど空虚だった瞳に、初めて「飢え」という名の光が灯りました。
「おーっほっほっほ! 皆様、驚くのはまだ早くてよ? ……これが、地上の知恵と神の素材がマリアージュした、最高に不遜な一皿ですわ!」
皿の上に現れたのは、星の欠片を薄くスライスし、月の雫で煮詰め、仕上げに雲の胞子をカリッと焼き上げた『銀河のキャラメリゼ』。
私はそれを、最も近くで呆然としていた女神の一人に差し出しました。
彼女は震える指でそれを口にし――。
――刹那。
彼女の全身から、眩いばかりの虹色の光が噴き出しました。
それは、ただの魔力の充填ではありません。
数千年の停滞を焼き切り、細胞ひとつひとつが「歓喜」に震える、魂の絶頂。
「……あ、ああ……! ……何、これ……。……身体が、溶ける……。……私、……今、生きている……っ!」
女神がその場に崩れ落ち、涙を流しながらお代わりを求めて手を伸ばしました。
静かだった晩餐会は、一瞬にして阿鼻叫喚の――いいえ、至福の争奪戦へと変わりました。
「フン。……やはりお前の料理は、神さえも堕落させる毒だな。……エリアナ、最高だ」
ゼフィロス様が、熱狂する神々を冷ややかに見下ろし、私の首筋に深く、独占欲に満ちた口づけを落としました。
しかし。
その熱狂を切り裂くように、頭上の空座から、冷徹で高貴な「鈴の音」のような声が響きました。
『……騒がしいわね。……私の庭で、こんなに下品で、魅力的な匂いをさせているのは誰かしら?』
神々の群れが割れ、一人の女性が降りてきました。
十二枚の黄金の翼を背負い、その手には宝石を散りばめた『神の調味料入れ』を握った、美食の女神ヴィクトリア。
彼女は、エリアナが作った皿をじっと見つめ、不敵な、そして残酷な笑みを浮かべました。
「おーっほっほっほ! ヴィクトリア様。……ようやく、まともに『空腹』なお客様が現れましたわね」
地上の皇妃と、天界の女神。
神域の調理場を賭けた、究極の「おもてなし」バトルが、今まさに火を噴こうとしていたのでした。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございますわ!
神域の「味のしない積み木」を、一瞬で「銀河のキャラメリゼ」に変えてしまうエリアナ様……。
おーっほっほっほ! 神域に初めて「焼ける匂い」を届けただなんて、
まさに歴史を塗り替える一皿ですわね!
女神様が泣き崩れるシーン、わたくしも書いていて最高の気分でしたわ。
でも、現れた美食の女神ヴィクトリア様。
神様のスパイス入れ……一体、どんな非常識な調味料が入っているのかしら?
エリアナ様の木ベラと、女神様のスパイス。
どちらが神々の胃袋を支配するのか、目が離せませんわ!
次回、第48話。
「陛下、神様相手に嫉妬して世界を壊さないでくださいまし!」。
ヴィクトリア様の誘惑(?)に、ゼフィロス様の独占欲が爆発!?
さらに過激に、さらに甘美な神域編をお届けいたしますわよ!
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あなたの応援が、天界を焼き尽くす「至高の隠し味」になるのですから!




