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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第4章:神々の不味い聖域――「完璧」を焼き尽くす、死と再生のスペシャリテ

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第46話:空の裂け目と、傲慢な「神の給仕係」

「……まあ。せっかくの祝杯を、こんな無粋な光で薄めてしまうなんて」


 戴冠式の壇上。

 私の頭上で光り輝くはずの太陽が、今や天空に走った巨大な「裂け目」に呑み込まれようとしていました。

 空が割れる――。

 その物理的な崩壊の音は、耳を劈くような金属音となって、歓喜に沸いていたガストロノミアの街を瞬時に静まり返らせました。


 降り注ぐのは、雪のように白い、けれど触れれば肌を焼くほどの高純度な魔力の羽。

 民たちが恐怖に膝をつき、王たちが天を仰いで震える中、私の隣にいたゼフィロス様が、音もなく漆黒の魔力を解き放ちました。


「……何者だ。私のエリアナの戴冠を邪魔する不届き者は。……これ以上光を散らすなら、空ごと握り潰してやるぞ」


 彼の右腕。かつて虚無の神を殺したその手が、天界からの干渉を拒絶するように赤黒く明滅します。

 しかし、その殺気さえも真っ白な光が飲み込んでいきました。


 裂け目の中心から、ゆっくりと一人の男が降りてきました。


 透き通るような白金色の髪、四枚の巨大な翼。

 その姿は、教典に描かれる天使そのもの。けれど、その瞳に宿っているのは慈愛ではなく、虫ケラを見下ろすような冷酷なまでの選民思想でした。


「――地上に満ちた、不浄なる『満足』の臭い。……その根源は、この小娘か」


 男の声が、天空から直接脳内に響きました。

 彼は私の前で着地すると、手にしていた白銀の錫杖をカツンと石床に突き立てました。


「私は神域の給仕長、ラグエル。……主(あるじ)たちが、地上の料理人が騒がしいと仰せだ。……『毒にも薬にもならない安物の祝福を振りまくのは止めろ』とな」


 ガストロノミアの民たちが、そのあまりの威圧感に、泡を吹いて倒れ始めます。

 けれど、私は手にしていた黄金の木ベラを、そっと彼の喉元へ向けました。


「おーっほっほっほ! 神様の給仕係ですって? ……随分と、盛り付けのセンスが悪いご挨拶ですこと」


「……何だと?」


「私の祝福を『安物』と仰るなら、貴方たちの主は、さぞかし贅沢な偏食家(グルメ)なんですのね。……でも、これだけ人を不快にさせる光を撒き散らす方の味覚なんて、たかが知れていてよ」


 私は傍らのテーブルに置かれていた、戴冠式用の特製プチフールを一つ摘まみ上げました。

 それは、地上のあらゆる果実と、私の祝福を極限まで煮詰めた、至高の琥珀糖。


「ほら、これを一口召し上がれ。……貴方のその、カサカサに乾いた魂に『潤い』というものを教えて差し上げますわ」


「無礼な……! 神の使いに、地上の不浄な泥を食わせようと――」


 ラグエルが錫杖を振り上げようとした瞬間、ゼフィロス様の虚無の剣が、彼の首の皮一枚のところで止まりました。


「……食え。……エリアナが食えと言っているんだ。……さもなくば、その翼を根元から毟り取って、私の庭の肥やしにするぞ」


 陛下の、地獄の底から響くような声。

 ラグエルは屈辱に顔を歪めながらも、私の指先にある琥珀糖を、ひったくるようにして口に放り込みました。


「……っ!? …………な……、これは……」


 ラグエルの四枚の翼が、ビクリと震えました。

 彼の無機質だった瞳に、初めて「驚愕」という色彩が宿ります。


 甘い。けれど、ただの砂糖の甘さではない。

 大地が吸い込んだ雨の匂い、果実が耐え抜いた冬の厳しさ、そして料理人が注ぎ込んだ執念の熱量……。

 天界の「完全無欠だが変化のない」神糧(アンブロシア)しか知らなかった彼の魂に、地上の『生きた味』が雷鳴のように突き刺さったのです。


「……不、不浄な。……なんと、刺激が強く、騒がしい味だ。……こんなもの、神々が召し上がれば、その完璧な調律が狂ってしまう……!」


「あら、狂うのが怖くて美食が楽しめますこと? おーっほっほ! ラグエルさん。貴方、本当は『もっと食べたい』と魂が泣いていますわよ?」


 ラグエルは顔を真っ赤にし、震える手で懐から一通の、白銀に輝く招待状を取り出しました。


「……ふん、小癪な。……主がお前を呼んでいる。……天界で行われる『神々の晩餐会』。……そこで、お前のその泥臭い料理を、神々の法廷で裁いてやるというのだ」


 招待状が開かれた瞬間、中から溢れ出したのは、これまでのガストロノミアの呪いとは比較にならないほど巨大な、世界の理そのものを書き換えるようなプレッシャー。


「招待状……? いいえ、これは『公開処刑の呼び出し状』ですわね」


 私は招待状を、木ベラの先で弄びながら笑いました。


 神々の晩餐会。

 それは、地上の料理を「汚物」として排除するか、あるいは「餌」として支配するかを決める、絶対的な審判の場。


「エリアナ。……行く必要はない。……気に入らないなら、この招待状ごと天界を焼き払ってやる」


 ゼフィロス様が私の肩を抱き寄せましたが、私は彼の胸を優しく押し返しました。


「いいえ、陛下。……最高級の食材(神々)が、わざわざ自分たちから鍋の中に入りに来てくださるというのですもの。……料理人として、これを見逃す手はありませんわ!」


 私は、ラグエルを真っ向から見据え、最高に優雅なカーテシーを披露しました。


「おーっほっほっほ! ラグエルさん。……貴方の主に伝えておきなさいな。……『お口直しに、最高に高慢なデザートを用意して待っていなさい』と!」


 空の裂け目から、さらに巨大な光の柱が降り注ぎ、私たちの身体を包み込みました。

皆様、新章『神域編』へようこそ!


地上の王たちを跪かせたエリアナ様、休む間もなく今度は「神様」を料理しに行くことになりましたわ!

おーっほっほっほ! 天使様相手に琥珀糖を口に押し込む強引さ、さすがはわたくしのエリアナ様ですわね。

「神様を食材扱い」する彼女の不敵な笑みに、わたくしもゾクゾクしてしまいましたわ。


でも、神々の晩餐会。

それは地上の常識が一切通用しない、概念と理の戦場。

陛下もご一緒ですが、果たして天界の「味」とはどのようなものかしら?


次回はいよいよ雲の上の調理場でございます。

地上の火が、あちらでも同じように燃えるものかどうか。


天使様の口に琥珀糖を押し込む強引さに笑ってしまった方は、ブックマークを。神域でも、あの調子ですのよ。

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