第43話:ガストロノミアの神の正体。エリアナ、世界そのものを『再加熱』する
「……く、っ……あああああ!!」
ゼフィロス様が、その場に膝をつきました。
右腕を縛る見えない鎖が弾け飛ぶような音がして、彼の腕から溢れ出す漆黒の『虚無』が、周囲の空間を物理的に削り取っていきます。
原因は、目の前で脈打つ巨大なクリスタルの心臓。
ガストロノミアの深部で、この国の偽りの美食を支え続けてきた動力源が、陛下の魔力に呼応して、血のような紅い輝きを放っていました。
「……ゼフィロス、懐かしいでしょう? 貴方がかつて握りつぶした『虚無の神』の心臓よ。……死んだと思った? いいえ、神様はね、この国でずっと『食事』を続けていたの。……世界中の『満足』を吸い取って、またあの頃のように、すべてを無に帰すための力を蓄えていたのよ!」
ミラベルが狂ったように笑いながら、心臓の鼓動に合わせて踊るように手足を動かしました。
「……エリアナ、離れろ……! 私の腕が……奴を、呼び戻そうとしている……っ。……この腕は、もともと奴の一部だったのだ……!」
ゼフィロス様の瞳が、闇に飲み込まれようとしていました。
神を殺した代償として彼に刻まれた呪い。それは、殺した神を内側に飼い続けているのと同じこと。
「陛下。……そんなに苦しそうな顔をなさらないで」
私は迷わず、ゼフィロス様の背中に抱きつきました。
右腕から漏れ出す「無」の波動が私の肌を焼き、意識を遠のかせようとします。けれど、私はその闇を恐れるどころか、愛おしいスープの湯気を浴びるように、深く吸い込みました。
「おーっほっほっほ! 虚無の神ですって? 笑わせないで。……陛下、この心臓から漂ってくるのは、ただの『保存状態の悪い古びた肉』の臭いだけですわよ?」
「……え、エリアナ……?」
「セリーナさん、ハンスさん! 陛下をお支えなさい! ……この心臓、ずっと冷たいまま放置されていたせいで、随分と味が濁っておりますわ。……私が、根底から『再加熱』して差し上げます!」
私はゼフィロス様の右手に、自分の黄金の木ベラを重ねました。
闇と光。
消滅と生成。
相反する二つの力が激しく衝突し、地下空間全体が崩壊しそうなほどの衝撃波が走ります。
ミラベルが「馬鹿な!? 虚無に触れて、なぜ消えないの!」と絶叫しましたが、私は無視しました。
「料理人にとって、過ぎ去った過去なんて『出汁を取った後のガラ』に過ぎませんわ。……陛下、貴方が殺した神は、もう貴方を苦しめる存在ではありません。……これからは、私の料理を美味しく煮込むための『炭』になってもらいますわよ!」
私は木ベラを心臓の核へと突き立てました。
「凍てついた虚無に、私の体温を。……死んだ時間に、明日の香りを。……思い出させなさい、世界はまだ『未完成のレシピ』であることを! ――至高の再沸騰!!」
木ベラから放たれた黄金の祝福が、漆黒の心臓を内側から焼き上げました。
ドクン!!
心臓が、今までとは全く違う、力強くも温かい鼓動を打ちました。
赤黒かった光は、エリアナの祝福を食べて、透き通った琥珀色へと変質していきます。
同時に、ゼフィロス様の右腕の痛みが消え、その闇が「制御可能な熱量」へと落ち着いていきました。
「……ふふ、あはははは! 面白い! 本当に面白いわ、エリアナ! ……神の心臓に、そんなに『熱』を与えちゃうなんて。……見て、奴が目を覚ますわよ。……満足を奪う神じゃない、満足そのものを『喰らう』真の姿に!」
琥珀色に変わった心臓が、今度はエリアナの魔力を吸い込んで、不気味に膨張し始めました。
心臓の外殻がひび割れ、中から溢れ出したのは、黄金の蜜。
その蜜を浴びたミラベルの身体が、陶器のような肌を脱ぎ捨て、よりおぞましく、より美しく、世界を飲み込む「巨大な器」へと変貌を開始しました。
「陛下、火加減を強めなさい。……どうやら、少しだけ『煮込みすぎ』てしまったようですわ」
「……ああ。……お前の望む通りに、すべてを焼き尽くしてやろう。……エリアナ、お前は本当に、私の救世主だな」
ゼフィロス様が不敵な笑みを浮かべ、闇と光が混ざり合う、見たこともないほど美しい漆黒の剣を右腕から生み出しました。
神の心臓を台座に、ガストロノミアの絶望を隠し味にした「最後の晩餐」が、ついにそのメインディッシュの姿を現そうとしていました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
「神の呪いを炭にする」だなんて、エリアナ様のあのセリフ!
おーっほっほっほ! 陛下の過去をまるごと抱きしめて、料理の燃料にしてしまうなんて、
これ以上の愛の告白がありまして? わたくし、胸がいっぱいですわ。
陛下も「私のシェフ」だなんて……ああ、もう、ご馳走様ですわね!
でも、ミラベル様。
エリアナ様の熱量を吸い取って、とんでもない姿に変貌しようとしていますわ。
「満足を喰らう神」……ガストロノミアの真の恐怖は、ここからが本番のようです。
次回、第44話。
「世界を喰らうミラベル。エリアナ、究極の『空腹』を調理する」。
いよいよガストロノミア編、最高潮のバトルへ!
エリアナ様の木ベラが、神の胃袋をどう「満腹」にさせて差し上げるのか!?
続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、二人の共闘に最大限の火力(星)を添えてくださいませね!
あなたの応援が、神の心臓を焼き上げる至高の魔力になるのですから!




