第42話:断頭台の包丁対、黄金の木ベラ。ゼフィロス、怒りの『フルコース』を予約する
――ガツンッ!!
鼓膜を揺らすような金属音が、湿った地下迷宮に響き渡りました。
私の鼻先数センチの場所を、人の背丈ほどもある巨大な刃――『断頭台の包丁』が通り過ぎ、石床を深く抉りました。
「……おーっほっほっほ! 随分と重たいカトラリーをお使いですわね。ですが、そんなに振り回しては、せっかくの繊細な『魂のスープ』に埃が入ってしまいますわよ?」
私は黄金の木ベラを構え、扇で口元を隠しながら優雅にステップを踏みました。
目の前には、白装束に身を包んだ三人の巨漢。処刑調理師と名乗る彼らは、感情の欠片もない冷徹な瞳で私を、そして背後に立つゼフィロス様を凝視しています。
「沈黙こそが至高のスパイス。騒がしい侵入者の肉を、神の皿に捧げる」
三人が同時に、その巨大な包丁を振り上げました。
重力さえも断ち切るような鋭い斬撃が、死角から迫る――。
「……私のエリアナを『具材』扱いした罪、万死に値するぞ。……貴様らのような泥人形に、この女の味を理解させる必要はない。ただ、塵となって消えろ」
私の腰に回されたゼフィロス様の右腕が、猛烈な「虚無」の拍動を上げました。
彼が軽く手を振るっただけで、大気を切り裂いて迫っていた巨大な刃が、まるで見えない壁にぶつかったかのようにピタリと停止しました。
パキパキ、と。
神の鋼で作られたはずの包丁に、真っ黒な亀裂が走り始めます。
「な……!? 神の沈黙が、押し返される……!?」
「お黙りなさい。……陛下、少しお待ちになって。この方たちの包丁、なんだか『火が通りやすそう』ですわよ」
私はゼフィロス様の腕の中からふわりと抜け出し、亀裂の入った巨大な刃に、黄金の木ベラをそっと添えました。
「鉄は熱いうちに打て、と言いますわ。……ですが、私の祝福は、打つのではなく『煮込む』のです。……冷え切った殺意を、完膚なきまでに蕩かして差し上げますわ! ――至聖の焼き付け(セイント・ソテー)!!」
木ベラから放たれた黄金の熱量が、冷徹な包丁に一気に流れ込みました。
ジュゥゥゥッ!!
迷宮内に、鉄が溶ける凄まじい音と、何故か「最高級のステーキを焼くような」香ばしい香りが立ち込めました。
凍てついていた処刑調理師たちの包丁が、赤熱化し、飴細工のようにぐにゃりと曲がっていく。
「あ……が、あああ! 手が、手が焼ける……!」
「おーっほっほっほ! あら、調理師なら火の扱いに慣れていなくては。……見てご覧なさい、貴方たちの掲げる『沈黙』が、私の熱でこんなに饒舌に悲鳴を上げていますわよ?」
私は木ベラを一振りし、溶けた鉄の滴を、魔法の力で弾丸のように撃ち返しました。
ドォォォォン!!
処刑調理師たちが、自らの武器であった鉄の熱に焼かれ、壁へと吹き飛ばされました。
ゼフィロス様がその隙を逃さず、右手の闇を最大出力で解放しました。
「――デザートの時間だ。虚無の底で、永遠に何も食わぬ孤独を楽しめ」
漆黒の渦が処刑調理師たちを飲み込み、その存在を概念ごと消し去っていきます。
迷宮を支配していた冷徹な殺気は、瞬く間に私の「祝福」と陛下の「虚無」によって、不快な燃えカスさえ残さず片付けられました。
「ふぅ。……後片付けも、料理のうちですわね、陛下」
「……ああ。……だが、エリアナ。あまり無茶はするな。私の右腕が、お前への独占欲で今にも世界を飲み込みそうだ」
ゼフィロス様が、荒々しく私の唇を奪いました。
戦闘の余韻と、彼の漆黒の魔力。
けれど、その情熱的な抱擁を遮るように、迷宮のさらに奥深くから、ドクン、ドクンという、巨大な『心臓』の鼓動が響いてきました。
それと同時に。
ゼフィロス様の右手の包帯が、これまでにないほど激しく焼け焦げ、黄金の火花を散らし始めました。
「……っ!? これは……」
「陛下、右腕が……!?」
陛下の「神殺しの呪い」が、地下最深部にある『何か』に呼応している。
私たちは、倒れた犠牲者たちをセリーナさんたちに任せ、光と闇が混ざり合う最深部の扉を開けました。
そこに鎮座していたのは、数万人の『満足』を燃料にして脈打つ、巨大なクリスタルの心臓――ガストロノミアの核。
そして、その心臓の前に立ち、私たちの到着を待っていたのは、もはや聖女の仮面すら投げ捨てた、真っ赤な瞳を輝かせるミラベルでした。
「……ふふ、あははは! ついに来たわね、最高級の隠し味! ……ゼフィロス、貴方のその『消滅の右腕』。……そしてエリアナ、貴方の『生成の祝福』。……その二つが混ざり合った時、ガストロノミアの神は、ついに『本当の味』を手に入れるのよ!」
ミラベルが手をかざすと、巨大な心臓が血のような紅い光を放ち、私たちの魔力を強引に吸い寄せ始めました。
王国の因縁を超えた、世界の理を巡る「最後の晩餐」が、今まさに供されようとしていました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
巨大な包丁を「ステーキのように焼き付けて」しまうエリアナ様……。
おーっほっほっほ! 「鉄は熱いうちに煮込め」だなんて、
まさに美食皇妃にしか許されない名言ですわね!
陛下の虚無とエリアナ様の祝福、この二人が揃えば、処刑人なんてバターナイフ以下の存在ですわ。
でも、陛下の右腕が共鳴し始めた「神の心臓」。
ミラベル様、二人の力を混ぜて「神に味を教える」だなんて……。
そんな勝手なレシピ、エリアナ様が許すはずがありませんわ!
次回、第43話。
「ガストロノミアの神の正体。エリアナ、世界そのものを『再加熱』する」。
ついに明かされる、この国の神の正体と、陛下の過去の繋がり。
エリアナ様の木ベラが、世界の不味い因縁を、根底から書き換えますわよ!
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