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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第3章:美食皇妃の戴冠――世界から「満足」が消えても、私の食卓は不滅です

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第39話:五感を奪う白銀の牢獄。エリアナ、瞳を閉じて『心』で味付けをする

――ふっ、と。

 世界から、すべての「色」と「音」が剥がれ落ちました。


 さきほどまで鼻腔をくすぐっていた、香ばしい海獣の脂とサフランの香りが、まるでもとから存在しなかったかのように消え失せました。

 目の前にいたはずのセリーナさんの姿も、荒れ狂う波の音も、自分の呼吸の音さえも。

 そこにあるのは、ただどこまでも続く、粘り気のある真っ白な「無」の霧だけ。


(……おーっほっほっほ! 随分と、お行儀の悪いお出迎えですわね)


 私は心の中で高笑いしました。

 声を出しているつもりでも、自分の声が鼓膜に届きません。

 けれど、腰を抱きしめる強烈な熱量と、肌を焼くような独占欲だけは、この暗闇の中でも鮮明に伝わってきました。


「エリアナ……。……離れるな。……私の心臓の音だけを……聴け……」


 耳元で、かすかにゼフィロス様の声が響いた気がしました。

 いいえ、それは「音」ではありません。

 彼の右腕から溢れ出す漆黒の虚無が、この「白の虚無」を無理やり食い破り、私との間にだけかすかな感覚のパスを繋ぎ止めているのです。


 甲板のあちこちから、騎士たちの崩れ落ちる気配がしました。

 五感を奪われるということは、自分が存在しているという実感を奪われるということ。

 「今、何を食べているのか」「自分は今、生きているのか」――。

 ガストロノミアの国境を守るこの霧は、人の魂から『満足の記憶』を吸い出し、ただの抜け殻に変えてしまう、最悪の「絶食の檻」でした。


(……なるほど。五感が使えないなら、使わなければよろしいのですわ)


 私は、そっと瞳を閉じました。

 

 料理人にとって、味覚や嗅覚は道具に過ぎません。

 真に美味しいものを作るために必要なのは、素材が持つ「物語」を読み解く力。

 私は、黄金の木ベラをゆっくりと前に突き出しました。

 

 視覚に頼らず、魔力の流れを『舌』で、空気の揺らぎを『歯ごたえ』で、霧の厚さを『喉越し』として捉える。

 すると、真っ白だった世界が、次第に複雑な層を持った「不味そうなスープ」に見えてきました。

 

「陛下。……この霧、少し『塩気』が足りなくてよ。……私が、最高の色彩を振りかけて差し上げますわ」


 私は木ベラを、宙で大きく回しました。

 それは、鍋の底に沈んだ旨味を掬い上げるような、優雅で力強い動作。


「魂の出汁を、輝きに変えて。……失われた記憶を、極上のソースに。……思い出させなさい、世界に『喜び』があったことを! ――概念の晩餐コンセプチュアル・ダイニング!!」


 黄金の魔力が、木ベラの先から放射状に爆発しました。

 

 ――刹那。

 

 真っ白な霧の中に、鮮烈な「赤」が、鮮やかな「緑」が、眩しい「青」が、ペンキをぶちまけたように描き出されました。

 それは色であると同時に、強烈な「味」の波動。

 

 イチゴの甘酸っぱさが視界を焼き、ハーブの清涼感が鼓膜を突き抜け、焼きたてのパンの温もりが肌を包み込む。

 五感を奪おうとする霧に対し、私は「五感そのものを創り出す」ことで対抗したのです。


「ああ……。……味がする……! 俺は、生きている!」

「暖かい……。母さんが作ってくれた、あのシチューの味がする……!」


 甲板の騎士たちが、次々と正気を取り戻し、涙を流して立ち上がりました。

 

 ゼフィロス様が、私の肩を力強く抱き寄せ、その闇の右腕を霧の向こう側へと振り抜きました。

 

「……いい火加減だ、エリアナ。……お前が道を照らすなら、私はその邪魔者をすべて、無の果てへ追放してやろう」


 ズォォォン!! という衝撃波が走り、エリアナの祝福で「味付け」された霧が、内側から弾け飛びました。

 

 視界が開けます。

 そこに広がっていたのは、もはやこれまでの世界とは一線を画す、幻想的で歪な光景でした。

 

 海そのものが、まるで溶けたクリスタルのように透明に透き通り、

 空からは宝石のような雨が降り、

 そして水平線の先には、純白の磁器で作られたような、美しくも冷酷な巨大な城塞都市。

 

 美食大国、ガストロノミア。

 

 けれど、その美しい街並みに、生命の力強さは感じられませんでした。

 立ち並ぶ人々は皆、あまりにも完璧な造形をしていながら、その瞳には一滴の光もなく、ただ機械のように「儀式的な食事」を繰り返している。


「……陛下。あの方たち、食べていらっしゃいますけれど……、ちっとも『美味しそう』ではありませんわね」


 私が扇で口元を隠し、不快そうに眉を寄せたその時。

 

 城塞の最上階から、一筋の清廉な、けれど背筋を凍らせるような冷たい風が吹き抜けました。

 

『……あら。私の「白いスープ」を、こんなに派手に味付けしちゃうなんて。……貴女が、噂の「食べられる皇妃」様かしら?』


 霧の向こうから現れたのは、真っ白な法衣を纏った一人の少女。

 ミラベル。

 彼女は、何も置かれていない銀の皿の上を、透明なナイフで切り分けながら、無邪気で残酷な笑みを浮かべていました。


「おーっほっほっほ! ミラベル様。……他人のスープに注文をつける前に、まずはご自分のその『空っぽの皿』をどうにかしてはいかがかしら?」


 エリアナとミラベル。

 与える聖女と、奪う聖女。

 ついに、新大陸の地を踏んだ一行の前に、ガストロノミアの「歪んだ正義」がその姿を現したのです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!


「五感がないなら創ればいい」……エリアナ様のこの発想、まさに王者の風格ですわね!

真っ白な世界に「イチゴの赤」や「ハーブの緑」を叩き込んでいくシーン、わたくしも書いていて胸が躍りましたわ。

陛下の「俺の心臓の音だけを聴け」という囁きも……ああ、もう、耳が溶けてしまいそうですわよ!


けれど、ついに目の前に現れた美食大国ガストロノミア。

完璧すぎて不気味なその街並みと、空の皿を切り分けるミラベル様。

彼女たちの「美食」は、一体何を糧に成り立っているのかしら?


次回、第40話。

「ガストロノミアの歓迎会:銀のナイフと、味のしない奇跡」。

いきなりの直接対決!?

ミラベルが用意した「完璧な毒膳」に対し、エリアナ様がどんな『最高のお返し』を振る舞うのか。

どうぞ、お楽しみに!


続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、エリアナ様への補給をお願いいたしますわ。

皆様の応援が、彼女の木ベラにさらなる「魂の隠し味」を宿すのですから!

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