第34話:王国の崩壊は、一口のタルトから始まった
『熱い……熱い、熱いぞエリアナ! 貴様の光が私の内側を焼き裂くというなら……、この国の家畜どもをすべて焚べろ! 魂を燃やせ! 私を維持するための薪になれ!!』
胃袋と化した玉座の間が、狂ったように脈打ち始めました。
壁のあちこちから不気味な管が伸び、捕らえられた王国の民たちから、その『命(魔力)』を無理やり吸い上げようとしています。
赤黒い血管がドクドクと不吉な輝きを増し、城全体が爆発寸前の巨大な高炉のような熱を発し始めました。
「……フン。死に際に見せるには、あまりにも見苦しい料理だ」
ゼフィロス様が冷酷に言い放ちました。
彼の右腕から溢れ出す漆黒の虚無が、迫りくる肉の触手を次々と消滅させていきますが、ジュリアンが民から奪い取ろうとする「呪いの業火」の勢いは止まりません。
「陛下。……このままでは、王国の民が『煮えすぎて』しまいますわね」
私は、ゼフィロス様の腕の中で静かに黄金の木ベラを構えました。
汗一つかかない私の肌に、陛下の熱い指先が触れ、私に「破壊」と「守護」の魔力を流し込みます。
「おーっほっほっほ! ジュリアン殿下。……貴方は、強火にすれば料理が美味しくなるとでも思っていらっしゃいますの? ……そんな下品な火加減、一流のシェフとしてお見せしてはいられませんわ!」
私は木ベラを振りかぶり、空中に光の魔法陣を描きました。
それは鍋の蓋を閉めるような、圧倒的な制圧の円。
「セリーナさん、ハンスさん! 陛下がお作りになった『無』の空間を、今すぐ私の『オーブン』に連結しなさい! ……焼き上げますわよ、王国のすべてを!」
私の叫びに呼応し、ゼフィロス様の闇が広場全体を包み込む「外枠」となりました。
閉じ込められた絶大なエネルギー。
ジュリアン様が民から奪った「生への執着」……その熱を、私はすべて自分の木ベラで受け止め、くるりと一回転させました。
「怨念を、香ばしいキャラメリゼに。絶望を、サクサクのパイ生地の熱に。……私の木ベラは、どんな地獄の火でも『黄金の焼き加減』に変えて差し上げますわ! ――終末の祝祭タルト(タルト・ド・アポカリプス)!!」
私が木ベラを肉壁の急所に叩きつけた瞬間。
ドォォォォン!! という、城そのものが咆哮を上げるような轟音が響きました。
けれど、それは破壊の音ではありません。
城全体を覆っていたドロドロとした肉壁が、一瞬にして……、香ばしい、焼きたての菓子の匂いを放つ「結晶」へと変わっていったのです。
『……ぁ、……何だ……。体が……、重い……。甘い、香りが……!?』
ジュリアン様の意識が混濁し始めます。
彼が民から奪い取った負の魔力が、私の祝福によって強制的に「良質な熱エネルギー」へと変換され、この呪われた『胃袋の城』を内側から焼き固め、無力化していきました。
血管は砂糖細工のように脆く砕け、粘膜は極上のタルト生地のように焼き上がって崩れ落ちます。
そして、その「お料理(浄化)」が完成した瞬間。
パキパキ、パリン!!
巨大な王城が、宝石が砕けるような音を立てて、光の粉へと変わりました。
王都を埋め尽くしていた「肉の沼」も、不気味な「血管の道」も、すべてが私の焼き上げた熱に飲み込まれ、浄化の風に吹かれて消えていきました。
気がつけば、私たちは、かつての「王都」だった場所の、ただの更地に立っていました。
空からは、呪いの雨の代わりに、黄金色の『祝福の粉雪』が静かに舞い落ちています。
そこには、もう城も、軍隊も、王国という名の歪な形骸も存在しませんでした。
ただ、呪いから解き放たれ、呆然と座り込む数万の民たちと。
そして。
瓦礫の山の中央で、泥にまみれ、全裸に近い無様な姿で震えている一人の男。
「……ぁ……、エリアナ……。お前……何を……、私の、私の王国を……っ」
ジュリアン様でした。
魔王の力も、王太子の威厳も、すべてを「焼き尽くされ(浄化され)」、残されたのは、かつて私が厨房で見ていたのと同じ……、いえ、それ以上に惨めで空っぽな、ただの「無能な男」の抜け殻。
「おーっほっほっほ! ジュリアン殿下。……焼き上がりは、お気に召しましたかしら?」
私は、ゼフィロス様のエスコートを受けながら、優雅に彼の前へと歩み寄りました。
汚い泥を踏まないよう、陛下が私の足元を氷の道で整えてくださいます。
「一口で崩れる、脆い王国。……これこそが、貴方に相応しい『最後のメニュー』ですわ」
私は、絶望に顔を歪めるジュリアン様を見下ろし、この世で最も冷酷で、最も美しい微笑みを向けたのでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
王城を「丸ごと焼き上げてタルトにする」だなんて、エリアナ様のスケール、もう人間を超越していらっしゃいますわね!
おーっほっほっほ! 呪いの城がサクサクと崩れ落ちるシーン、わたくしも書いていて最高の気分でしたわ。
民の命を燃料にするなんていう卑劣な真似を、逆手に取って浄化のエネルギーに変えてしまう……これこそが「本物」の料理人の力ですわね。
でも、ジュリアン殿下。
すべてを失って、瓦礫の中で震えるお姿……。
かつてエリアナ様を「無能」と呼んだあの日の傲慢さは、どこへ行ってしまいましたの?
次回、第2章・第2部、最終話。
「『もう、お帰りなさいとは言いませんわ』」。
いよいよ、かつての婚約者への最後通牒。
エリアナ様が、泥に這いつくばる彼に投げかける、本当の意味での「さようなら」とは……。
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あなたの星が、エリアナ様の新しい門出を祝う花吹雪になるのですから!




