第32話:フィオナの消滅、そして残された『黒い種』の謎
「あはは、あはははは! お姉様、お姉様ぁ! その綺麗な肌を頂戴! その温かい指を、私の喉に流し込ませてぇ!!」
玉座の間を埋め尽くすのは、少女の面影を無惨に引き裂いた多頭の蛇――フィオナであった「モノ」の絶叫でした。
無数に伸びる首が、血管が浮き出た粘膜を震わせ、涎を垂らしながら一斉に私へと牙を剥きます。
そのおぞましい突撃を、ゼフィロス様が右手の虚無で凪ぎ払いました。
シュッ、と音がするたびに、蛇の頭が数本、存在ごと消滅し、断面から黒い泥が噴き出します。
「寄るなと言ったはずだ。……エリアナ、お前は下がっていろ。こんな汚物、私の闇で塵一つ残さず消してやる」
「いいえ、陛下。……これは、私の『後片付け』ですわ」
私はゼフィロス様の背中から一歩前へ出ました。
手にした木ベラが、フィオナの放つ「腐敗のレシピ」の臭いに反応し、かつてないほど激しい黄金の魔力を放っています。
「フィオナ。……貴女、最後まで自分でお料理を完成させることができませんでしたわね。……自分の肉を煮込み、呪いをスパイスにし……挙句の果てに、食べることもできない『残飯の塊』になるなんて。料理人として、あまりにも三流ですわ」
「黙れぇ! 私は聖女よ! 殿下に愛される、唯一の料理番なのよぉ!!」
中央の巨大な頭が、裂けた口を限界まで広げて飛びかかってきました。
私は逃げません。
木ベラを天高く掲げ、その柄を強く握りしめました。
「おーっほっほっほ! 火力が足りなくてよ、フィオナ! 本物の『祝福』がどのような熱量か、その泥の身体に刻んで差し上げますわ! ――至聖の業火!!」
私が木ベラを振り下ろした瞬間、広間全体が太陽の爆発のような黄金の炎に包まれました。
それはただの火ではありません。
不純物を一切許さない、究極の「浄化」の熱。
「あ、熱い……! 嫌、嫌ぁぁ! お姉様、助けて! 殿下ぁ! ジュリアン様ぁ!!」
炎に焼かれ、フィオナの肉体がドロドロと溶け落ちていきます。
彼女が私から盗んだはずのレシピ、掠め取ったはずの賞賛……それらすべての「偽物」が、本物の光に晒され、醜い煤となって剥がれ落ちていきました。
溶けゆく泥の中から、一瞬だけ、かつての可愛らしい異母妹の顔が現れました。
けれど、その瞳に宿っているのは後悔ではなく、最後まで私への呪詛と嫉妬。
「……呪ってやる……。お姉様……貴女だけ、幸せになるなんて……許さな……っ」
断末魔の叫びと共に、巨大な肉塊は黄金の炎に飲み込まれ、一片の肉も残さず浄化されました。
後に残ったのは、玉座の間の床に転がる、光を吸い込むような一つの『黒い種』。
それは以前見たものよりも大きく、不気味に、まるで心臓のようにドクンドクンと脈打っていました。
「……終わりましたわ。……さようなら、フィオナ。貴女には、空腹すらもったいない」
私が木ベラを収めると、玉座の奥から、乾いた拍手の音が響きました。
ジュリアン様です。彼はフィオナが消滅した場所を眺め、冷酷な笑みを浮かべていました。
「素晴らしい。素晴らしいよ、エリアナ。やはり君の祝福は最高だ。……フィオナという『質の悪い出汁』が、君の炎のおかげで、これほどまでに芳醇に煮詰まるとはね」
「……ジュリアン殿下。貴方、自分の婚約者が灰になったというのに、その言い草ですの?」
「婚約者? ああ、あれはただの『つなぎ』だよ。……見てごらん。フィオナが残したあの黒い種……。あれは、彼女の妄執と、君の祝福が混ざり合って生まれた、究極の『果実』だ」
ジュリアン様が触手を伸ばし、床の黒い種を拾い上げました。
そして、それを躊躇いなく、自らの口へと放り込んだのです。
「な……っ!?」
ゼフィロス様が瞬時に間合いを詰め、右手を突き出しましたが、一瞬遅かった。
種を飲み込んだジュリアン様の身体が、ミシリ、メキメキと、生物とは思えない異音を立てて膨れ上がり始めました。
「ああ……、あああああ!! 満たされる……! エリアナ、お前の熱が、お前の光が、私の内側で暴れている! これだ……、これこそが、私が求めていた『最後の晩餐』だ!!」
彼の皮膚が弾け、中から漆黒の泥と、無数の不気味な瞳が溢れ出しました。
玉座の間全体が、彼の肉体と一体化するように蠢き始めます。
壁が、天井が、すべてが『胃袋の壁』へと変貌し、私たちは文字通り、巨大な怪物の胎内へと閉じ込められたのです。
「エリアナ……。下がっていろ。……こいつは、もうジュリアンですらない。……ただの『大食の化身』だ」
ゼフィロス様が私の前に立ち、右手の虚無を最大出力で解放しました。
けれど、ジュリアンが変貌した『肉の迷宮』は、彼の虚無すらも飲み込むように、際限なく増殖を続けていたのでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
フィオナ……ついに灰になってしまいましたわね。
「貴女に私の火加減は耐えられませんわ」なんて、エリアナ様の台詞、
痺れるほど格好良くて、わたくし扇子を振る手が止まりませんでしたわ!
偽物が本物の熱で溶ける……これこそが究極の「お掃除」ですわね。
でも、ジュリアン殿下。
フィオナを「出汁」扱いした挙句、あの黒い種を食べてしまうなんて……。
もう人間としてのプライドも捨てて、ただの「飢えた怪物」になってしまったようですわ。
次回、第33話。
「エリアナの逆襲:呪いのディナーを、祝福のデザートに」。
胃袋の中へと閉じ込められた二人。
絶体絶命のピンチを、エリアナ様が「内側からの調理」でどうひっくり返すのか!?
陛下の右腕と、エリアナ様の木ベラ。二つの「神の力」が、真の奇跡を起こしますわよ!
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