第31話:ジュリアン王太子、狂気の果てに『魔王』の契約を交わす
「……エリアナ、助け、て……。お前は……私の娘、だろう……っ」
王都の門に埋まり、血管と粘膜に縛り付けられた「かつての父」が、血の涙を流しながら私に手を伸ばしました。ヴェスタ公爵。かつては王国の重鎮として威厳を誇っていたその男は、今や魔王に捧げられた『生きた防壁』の一部。
ゼフィロス様が不快そうに目を細め、右手の漆黒の魔力を高めようとしました。
「エリアナ。……お前の気分を害するなら、今すぐこの門ごと、原子レベルで消し飛ばしてやろう」
「お待ちなさい、陛下。……このような『不衛生なゴミ』のために、貴方の尊い魔力を浪費なさることはありませんわ」
私は微笑み、一歩、父の前へ進みました。
木ベラを軽く振ると、黄金の祝福が火花となって散り、父の周りの粘膜をチリチリと焼き払います。一瞬だけ痛みが和らいだのか、父の瞳に「助かる」という卑屈な希望が宿りました。
「ああ、エリアナ……! さあ、私をここから引き抜いてくれ! ジュリアン様は狂ってしまった。フィオナも……もう人間ではない! お前が戻れば、この国はまた……」
「おーっほっほっほ! お父様、勘違いなさらないで」
私は扇で口元を隠し、冷たく見下ろしました。
「私は貴方を助けに来たのではありませんわ。……料理人として、厨房の入り口にある『腐った残飯』を片付けに来ただけ。……貴方は、私が灰を被って働いていた時、一度でも私に手を差し伸べましたか?」
「そ、それは……お前が、無能だったから……」
「ええ。今の貴方も、私にとっては『無能』どころか、目障りな汚れでしかありませんわ。……さようなら。地獄の釜で、せいぜい自分の罪を煮込んでいらして」
私が木ベラを父の胸元に突き立て、『祝福』を逆流させました。
熱い黄金の光が内側から父を焼き、彼は絶叫と共に、光の塵となって消滅しました。後に残ったのは、魔王の呪いが浄化された、ただの空虚な門だけ。
「……一滴の涙も流さないのだな」
ゼフィロス様が、私の腰を再び抱き寄せ、その強さに安堵を含ませて囁きました。
「私の涙は、陛下のスープに塩味を添えるためだけのものですわ。……あのような者のために使う雫など、一滴も持ち合わせておりません」
私たちは、肉が脈打つ回廊を進み、王城の中枢――玉座の間へと辿り着きました。
かつて私が、汚れた膝をついて追放を言い渡されたあの場所。
けれど、扉を開けた先にあったのは、豪華な王宮の面影ではありませんでした。
天井からは無数の「肉のシャンデリア」が垂れ下がり、床には赤黒い血の海が広がり、壁一面には、王国の貴族や騎士たちが『食材』のように吊るされていました。
そして、その玉座の中央。
人々の叫び声と肉が焼ける臭いの中で、一人の男が優雅に、けれど異様な姿勢で座っていました。
「……遅かったね、エリアナ。もうデザートの時間かと思っていたよ」
ジュリアン様。
かつての婚約者は、もう服を着ていませんでした。
彼の肌はどす黒い鱗に覆われ、背中からは数本の「肉の触手」が伸び、その先で生きたままの料理人を貪っています。彼の瞳は、もはや人間のものではなく、光を吸い込む漆黒の虚無。
「……ジュリアン殿下。随分と『悪食』を極められましたのね。おーっほっほっほ! そのような汚い食べ方、淑女としては見ていられませんわ」
「ははは……! 食べ方? 形式なんてどうでもいい。……私は気づいたんだよ。お前の『祝福』を手に入れるには、お前を連れ戻すだけでは足りない。……お前を喰らい、お前の肉、お前の魂、すべてを私の血肉に変えてこそ、私は真の『神』になれるのだと!」
ジュリアン様が立ち上がると、王城全体が心臓のように激しく鼓動しました。
彼の背後から、泥のような闇が溢れ出し、それがフィオナの変わり果てた姿――巨大な、多頭の蛇のような肉塊へと形を変えていきます。
「お姉様……お姉様ぁ!! 欲しい! お姉様の腕! 足! 全部、私の鍋に入れて煮込んであげる!!」
フィオナだったモノが、耳を劈くような高周波で叫びました。
「ゼフィロス。……お前はもう、お腹いっぱいだろう? その女は、私が予約していた『最高級のメインディッシュ』だ。……さあ、エリアナ。私の胃袋の中で、永遠に愛を囁かせてあげるよ」
ジュリアン様の触手が、一斉にこちらを向きました。
ゼフィロス様の右手が、かつてないほどの『虚無』を放ち、周囲の肉壁を消滅させます。
「……フン。私の心臓を『皿に乗せる』と言ったか。……貴様には、塵になることすら許さん。永遠に、無の中で空腹に喘ぎ続けるがいい」
王国の滅亡と、新世界の誕生。
二人の怪物に狙われた、帝国の至宝エリアナ。
彼女は、黄金の木ベラを不敵に構え、最高に優雅な笑みを浮かべました。
「おーっほっほっほ! 陛下、今日のメニューは『王国のゴミのフルコース』にいたしましょう。……じっくり、完膚なきまでに、焼き尽くして差し上げますわ!」
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございますわ!
「お父様、さようなら」……エリアナ様のあの冷徹な一喝、最高にスカッといたしましたわね!
おーっほっほっほ! 自分の罪を地獄で煮込んでいなさいだなんて、料理人らしい素敵な別れの挨拶ですわ。
でも、玉座の間のジュリアン殿下……。
もう人間としてのパーツを探す方が難しいほど、おぞましい姿になってしまいましたわ。
エリアナ様を「メインディッシュ」だなんて……。
陛下が帝国をまるごと氷漬けにしかねないほどの怒り、わたくしまで震えてしまいますわ!
次回、第32話。
「フィオナの消滅、そして残された『黒い種』の謎」。
まずは蛇の怪物となったフィオナとの、血塗られた姉妹対決!
エリアナ様の木ベラが、偽聖女の妄執をどう「お料理」するのか!?
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あなたの応援が、王国の呪いを黄金の炎で焼き尽くすのですから!




