第29話:セリーナの剣舞、影から這い出る王国の毒虫を狩る
「……まあ、なんて不作法な。お嬢様がせっかく焼いたスコーンの香りが、下劣な殺気で台無しですわ」
帝国の豪華な魔導馬車の中。
王国へと続く国境沿いの森を疾走する車内で、セリーナさんが静かに眼鏡のブリッジを押し上げました。
私は、ゼフィロス様の膝の上という「いつもの特等席」に座り、彼に一口サイズのスコーンを差し出していたところでした。
「エリアナ。……動くな。ハエが数匹、まとわりついてきたようだ」
ゼフィロス様が、私の腰を抱く手に力を込めました。
彼の右手が不吉な魔力を放とうとしたその時、セリーナさんが優雅に一礼して立ち上がりました。
「陛下、お嬢様。……どうぞ、そのままお楽しみくださいませ。……お嬢様のドレスに返り血が一滴でも飛ぶのは、侍女として最大の屈辱。……不潔なゴミの掃除は、私一人の手で十分ですわ」
セリーナさんはそう言うと、走行中の馬車のドアを音もなく開き、時速百キロを超える風の中へと、羽毛のように軽やかに飛び出していきました。
「……セリーナさん!?」
私が驚いて窓の外を見ると、そこには異様な光景が広がっていました。
森の木々の影から、王国の紋章を黒く塗りつぶした暗殺者たちが、数十人規模で飛び出してきていたのです。
彼らは人間としての理性を失っているのか、四足歩行で地面を駆け、その肌はフィオナの呪いと同じく、土気色の泥に覆われていました。
「ギギッ……! 殺セ! エリアナ様ヲ、奪イ返セ……!」
泥の暗殺者たちが、腐った魔力を帯びた刃を手に、馬車へ肉薄します。
けれど、その刃が馬車に届くことはありませんでした。
シュン、シュシュン!
空気を切り裂く、細く鋭い音。
着地したセリーナさんの両手には、いつの間にか、調理用の糸よりも細い「極細の鋼線」が握られていました。
「おーっほっほっほ! 泥を被って這い回るのがお似合いですわね、不潔な毒虫さんたち。……まずはその汚い足から、お掃除して差し上げましょうか」
セリーナさんが舞うように一回転すると、鋼線が不可視の円陣を描きました。
次の瞬間、最前列を走っていた暗殺者たちの両足が、まるでバターでも切るかのように音もなく切断され、彼らは無様に泥の中へと転がりました。
「ア……ガッ、アガガガッ!?」
「騒がないで。……お嬢様の耳に、貴方たちの下劣な悲鳴を届けたくありませんの」
セリーナさんは、流れるような動作でエプロンの下から数本の「ペティナイフ」を取り出しました。
それはただのナイフではありません。エリアナが祝福を込めて磨き上げた、呪いを断ち切る聖なる調理器具。
彼女がナイフを投じるたび、泥の怪物たちは浄化の光に焼かれ、塵となって消えていきます。
暗殺者の一人が、最後にあがきとして自爆を試み、どす黒い瘴気を撒き散らそうとしました。
「……あら、そんな『腐ったスパイス』の散布は、私のキッチンでは許可しておりませんわ」
セリーナさんは瞬時に間合いを詰めると、男の喉元に手を添え、強制的にその魔力を内側へと封じ込めました。
そして、冷徹な微笑みを湛えたまま、耳元で囁きました。
「……お嬢様を捨てた報い、地獄のメニューに書き加えておきますわね」
ドサリ、と物言わぬ肉の塊が地面に落ちます。
数十人の精鋭暗殺部隊を、彼女はわずか数分――紅茶が飲み頃の温度に下がるまでの時間で、完膚なきまでに「掃除」してしまったのです。
セリーナさんは再び走行中の馬車へと音もなく戻ってくると、乱れた髪一つなく、再び深々と一礼しました。
「お待たせいたしました。……ゴミの処理は完了いたしましたわ」
「……セリーナさん、貴女、本当にお強いのですわね」
「おーっほっほ! お嬢様。……美味しいお料理を作るには、まずは厨房の害虫を駆除するのが基本ですもの。……当然のことですわ」
ゼフィロス様が、フンと鼻で笑い、私の唇に自分のスコーンを押し当ててきました。
「……言っただろう。私の部下に無能はいない。……特に、お前の世話を任せている者はな」
幸せなティータイム。
けれど、馬車が王国の国境にある大橋に差し掛かった時。
窓の外の景色が一変しました。
「……なっ、何ですの、これは……!」
私の絶叫に近い声。
かつて美しい緑に包まれていた王国の国境線。
そこにあったはずの街も、砦も、森も――すべてが消え失せていました。
代わりにそこにあるのは、うごめく漆黒の「肉の沼」。
大地そのものが、まるで巨大な胃袋のように脈打ち、立ち上る瘴気が空を赤黒く染めています。
そして、その沼のいたるところから、かつての王国の民たちが、泥に飲み込まれたまま、空虚な目でこちらを見つめていました。
「……王国は、もうありませんわ。……これは、国そのものが『魔王の胃袋』に成り果てていますのね」
セリーナさんの声から、余裕が消えました。
私たちは、招待状の送り主が待つ「最後の晩餐会」の会場が、もはやこの世の理を超えた、地獄の祭壇であることを悟らされたのです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
セリーナさんの「お掃除」シーン……!
おーっほっほっほ! 調理器具と糸だけで暗殺部隊を翻弄する姿、
まさに「最強の侍女」に相応しい格好良さですわね。
エリアナ様のドレスを汚さないという執念、わたくし尊敬してしまいますわ。
でも、目の前に広がる変貌した王国。
「肉の沼」に変わってしまった故郷だなんて、ジュリアン殿下、
どれだけ悪食を極めれば気が済むのかしら!
いよいよ、第2章・第2部の最終決戦、王都へと足を踏み入れますわよ。
次回、第30話。
「陛下の右手の包帯が解ける時――『神殺しの罪』の全貌」。
地獄と化した王国で、ゼフィロス様が隠し続けてきた「禁忌の力」を完全に解禁します。
エリアナ様の『祝福』と、陛下の『破壊』。
二つの力が重なる時、本当の「ざまぁ」の幕が上がりますわ!
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あなたの応援が、彼女の鋼線をさらに鋭くするのですから!




