#83
「クシナダさんの内に巣食う“あなた”―――“あなた”の内部は澱んでしまっている。 それも、自己処理が出来ないまでの激しい怨恨に……。」
「ええ、全く以てその通りよ―――“わたくし”は、“あやつ”の事を激しく憎んでいる。」
かつて“わたくし”は、“わたくし”の世界では『夜の世界を統べし女王』として君臨していた【ニュクス】なる者。
だが“わたくし”の世界で、世界を『我が物』としたい物欲の権化に簒奪せしめられてしまった。
“わたくし”の世界では、魔界と変わらぬくらいに数多くの種属が在し、繁栄をしていたが。
“あやつ”の前に悉く膝を折ってしまってな―――
だが“わたくし”達は最後まで抵抗を試みた……
しかし、力及ばず他と同じになってしまった―――……。
……まさか―――“あなた”が魔界にいると言う理由……。
判るか―――……
そう言う事だ……
最後まで抵抗し続けた“わたくし”に下りた命が、勝手判らぬ『別世界を侵略せよ』―――だったのだ。
そこで語られた……350年前、この魔界の侵略を担当した“本人”からの証言……。
この魔界一の強者である魔王を、その“武”だけではなく“知”でも圧倒し、屈させたほどの実力者を、それをまだ更に上回る実力の持ち主の存在……。
ただ、それだけでも強張る理由には、事足りました―――が……
「なるほど……つまり“それ”が、あの時に語られなかった、お前の動機―――」
「判るか? 竜吉公主……。 お前と、同等の実力を保有する“わたくし”が、『捨て駒』の様に扱われた、この恥辱……。」
ああ―――そうだ……“わたくし”は、我慢がならなかったのだ!
最後まで“あやつ”に抗ったその代償として、別世界を侵略する為の足掛かりとなるよう、そこで『死ね』と言われたのだ!!
“わたくし”は―――っっ……
そう言う事……ね。
あの時、お前が語っていた、お前自身は私達の敵ではない―――“これ”が『最後の抵抗』―――
つまりお前は……『敵の敵は味方』―――そう言う事でいいのね……。
“今”にして、ようやく判明した、ニュクスのあの不可解な言動―――
ニュクスほどの実力者を屈させるほどの実力の持ち主から、強制的に『犠牲になれ』と命令された―――
完全なる敗北を認めた上でさえも、最後までその存在に抗った事の代償はそう安くはなく……
別世界―――つまりはこの魔界を、その存在自身の『我が物』とせんが為に尖兵になるよう命が下りた……。
けれど、ニュクスに味方はいない―――
況してや、援軍など希めやしない……
これは、体の好い『公開処刑』の様なもの―――
自分の眷属達を護るため、已む無く膝を折ったと言うのに……
これでは意味がない―――
当時の魔界側からすれば、ニュクスは未知の脅威ではありましたが。
片やニュクスの方でも、勝手の判らない別世界で、自分の眷属達が次々と斃れて逝くのを見てさすがに思う処となってしまった……。
許さぬ……
わたくしは、こんな処で―――
こんな……未ず知らずの場所で―――
狗死にをする為に、折たくもない膝を折ったのではない―――!
見ておれよ……この怨恨必ずや―――!!
#83;怨恨骨髄
「残念だけれど……同情は出来ないわ。」
「構わぬ……同情なぞ、元より求めてもいない―――もう“わたくし”は、『死んでいる』も同然なのだからな。」
「『死んでいる』? それはどうして……」
「『リンクを断つ』―――そう言う事ですよ。 自己の意思であるにしろ、他者の意思であるにしろ、この人の元いた世界との繋がりを断てば、その時点でこの人の一応の役割は終わったのでしょう……。 そこを―――この人は逆手に取ったのです。 この人の種属に犠牲を強しいた者に、復讐をする為に……。」
“敵”の“敵”は―――“味方”……
ニュクスは本来、魔界の敵ではありましたが、自分達に無理強いさせた者への怨恨は、度を越えてしまった……
だから、あと少しで―――魔界の一部……どころか、魔界の王自体を跪づかせる一歩手前まで行ったと言うのに、降伏をしてしまった……。
あの不可解な一連の言動の裏側には、そうした理由が詰まっていたのです。
……が―――
話せるだけの事は話した後、一つ―――頬を張る音がしました。
現在に至るまでの動機を話してもらった―――とはしていても、ある一つの事に関して納得いかなかった人物が、クシナダの頬を―――張っ……た?
「ふっっ……ざけてんじゃないわよ! だからと言って、こいつの身体を乗っ取ろうなんて、意味が分かんない! だってクシナダは……あんたの怨恨とかには、関係がないじゃない……なのに、どうして―――!!」
「実に……良いモノを持っているようだな―――『グリマー』……」
「(!)なぜ―――“それ”を?」
「知って? いるわよ……なぜなら、350年前にもいたのだもの。」
「(!)ローリエ様……」
「あの者が持つ“光”は、確かに強かった。 これならば、“わたくし”の本懐も遂げられる……と、思ったのだが。 あの者よりもさらに強い“光”を持てる者が顕れるのを、“わたくし”は予見たのだ。 “それ”が―――そなた……と、言う事だ、今の『グリマー』よ。」
「しかし……それではクシナダを取り込む理由がありませんが―――」
「“光”が強ければ、“闇”もまた色濃く影響を受ける……」
「(!)まさか―――……」
「光と闇は、拮抗し合わなければならぬ。 その一方だけか強まれば、弱いものは呑まれてしまう。 だが、拮抗した“力”と“力”の均衡が取れれば、一つの“力”は相乗効果を齎す。」
「『乾坤』―――」
「そう言う事だ、竜吉公主……。 “わたくし”は、この機会を待っていたのだ。 この、強力な“光”と同等の“闇”を抱くこの存在……フ・フ・フ……想像しただけでも、この身の震えが止まらぬ―――! 今回の侵略は、“わたくし”の時とは比較にならないだろう―――だが、ここで強力な光と闇が交流る事により、“あやつ”の主戦力はここで壊滅をするのだ!!」
『乾坤』の権能―――それがなんなのかは、竜吉公主には判っていました。
その大意も理解していました。
けれど、それは理論上のものでしかない―――と、思っていただけに、今のこの世に『乾坤』を体現できる者達がいる事など半信半疑だったのです。
しかし……今一つ判らない事と言えば―――
「先程からお前は、“あやつ”などと、存在性をぼかしているけど……何者なの?」
「それは、おそらく【神】の事だろうねえ―――」
「大天使長ミカエル様―――!」
「(あわわ……はわわ……)―――て……か、【神】ィ?」
「魔界とは違う『別世界』にも、『夜の世界を統べし女王』などと称乗る存在がいるのだ。 そんな者を屈させられる程の実力の保有者ともなれば、“そこ”しか考えられない―――どうかね? ボクのこの推理に誤ちは。」
「中々食えぬものだな―――さすがは、魔界こちらでも【神人】なる派閥を統括する者だ。」
「けれど……【神】―――って……」
「いくら神とは言っても、“善良”なる存在ばかりではない。 そう言う事なのだよ……。」
それまでは明言されてこなかった“あやつ”なる存在―――
すると、一体いつからこの場所にいたのか、大天使長ミカエルが、その存在についての言及をしたのです。
その存在こそ、奇しくも【神】……しかし神にも、様々な存在があると言う事を、ミカエルは仄めかせていたのです。
つづく




