#73
その場所は―――かつて、一人の英雄を輩出させた場所、『スオウ』。
その場所に、かつての装束を纏う、一人の戦士―――
「じゃ―――行ってくるよ。」
「姉御ォ―――お一人デ?」
「ああ……“あいつ”は今回、置いて行く―――お前達も手を焼くだろうが……」
「リリア―――! どこへ行くと言うのです?! この私を置き去りにして……!」
「今回は、さすがに生きて戻れる保証はない。 そんな場所に、お前を連れて行くわけにゃいかない……聞き分けてくれ、ホホヅキ―――」
「何を言うのですか! この私が、あなたの足手まといだと?」
かつての装束―――褪め上がった空の色の様な“蒼”をモティーフにし、『ミスリル銀』の“小手”“肩当”“胸当て”“腰鎧”“軍靴”……
そして、称づけられた【清廉の騎士】……
このスオウに籍を置き、現在では滋養満点の料理を供していた“食堂の女将”が、一体何の理由でかつての装束を纏い直したのか……
それに、清廉の騎士は、同じくスオウに籍を置いていた【神威】を、この地に置き去りにしようとしていた……
一体何の為に?
「ああ―――足手まといだ。 今回ばかりは、お前の生命まで護れる保証はない。」
「見損なわないで下さい……己の身は、己で護ってみせます!」
「聞き分けのない奴だ……いいだろう、この際だ―――判らせてやる……。」
突如始まる―――始まってしまう……英雄同士の闘争。
けれど結果は、呆気なくも無情に決まってしまう……
かつての仲間内で、リーダーを張っていた者に次ぐ武力の持ち主……
“気”で、“魔力”で練り上げられた“剣”と“盾”により、神威の身は地に沈みました。
「姉御ぉ―――!」
「“当て身”だ……これでしばらくは目を覚まさんだろう。 目覚めた後、とばっちりは喰らうかもしれんが……『無事帰ってくる』と伝えといてくれ。」
けれどそれは、生きてこの地を踏む確率は低い―――であろうことを、見送った鬼人達は誰しもがそう思ったのでした。
そして一方―――こちらでも……
「ギルドマスター?!」
「私はこれより“元”に戻ります……。 ヴァーミリオンに拾われる前の、“あの頃”に……。 他人の“生命”を、“財産”を軽んじ、奪い続けてきた―――『盗賊の首魁』としての、“あの頃”に!」
「(!?)お気を……確かに―――」
「しかし……ノエル様が―――また一体、なぜ?」
ヒヒイロカネやシェラザード達が所属している『ギルド』……。
その“マスター”であるノエルもまた、何かの機会をして復帰をしました。
そう……彼女自身、一番血を滾らせた“あの頃”―――『盗賊の首魁』としての彼女に……
しかし、周りの職員たちにはなぜこの時機に、温厚で人柄の好い、まさにギルドマスターとしての資質を兼ね備えたノエルが、この度の行動に逸ったのかが判らない……
ただ、清廉の騎士に韋駄天の二人には、“あるモノ”が届けられていた―――
“差出人”の名前がない、“届け先”の住所氏名だけが書かれてあった、『白紙の手紙』……
けれど二人は、それが誰から差し出されていたかは判っていた―――
そして、同士であるはずの神威には、その手紙は届けられていなかった……
かつての仲間―――その内で選抜された二人……
そして、その異変を知り、“こちら”でも―――……
「シェラザード様、少しお時間をよろしいでしょうか。」
「(……)どうしたの―――ササラ……それに、もう……」
「時間があまり残されていないので、手短にします。」
この時ササラは既に、己に課していた“縛り”を解き放ち、本来の姿へと戻っていました。
そう……成人の、黒豹人としての姿に……
「あなた様にはこれから、我が師に会って頂きます。」
「はい? あんたの師匠―――? そう言えば、確かあんたには……」
「けれど待って? 急にそんなことを言われても―――」
「そうだぜ? それにササラ……お前の師匠って、一体何者―――」
「諸々の説明は、現地に着いてからでも出来ます。 それでは―――よろしいですね。」
〖転移:ハーヴェリウス〗
その、転移すると言う場所を聞くなり、全員が共有した認識……
そう―――その場所こそは……
【昂魔】の?
『三柱』の一つである【昂魔】の??
それじゃ……ササラのお師匠って―――
これまでにも語られてきたように、この魔界には『三つ』もの『柱』なる存在がありました。
【神人】【聖霊】【昂魔】―――
前者の二つは、これまでにもどことなく語られてきたものでしたが、これまでに話題にすら昇らなかった―――昇ってこなかった【昂魔】……
一体、なぜ―――?
「私の師は、その称を【大魔導士】【死せる賢者】とも言われてきました。 けれど今一つ、有名にして師自身を分かり易く言い表せた称があるのです。」
その―――称こそ……
#73;【大悪魔】
今一つ……これまでにも、明確にされてこなかった『三柱』の【昂魔】。
その派閥を統べるのは『悪魔族』でした。
そして、その『悪魔族』の“長”こそ、【大悪魔】とまで称された人物……
しかも―――
「我が師は、これまでに5000年の刻ときを紡いでいます。」
「5000―――!」
そう、5000……これまでの、魔界の推移を見てこられた方……
その身は決して朽ちる事はなく、師よりも永く生きてこられた方も存在しえない……
あの、不死の王者と讃えられているヴァンパイアさえも凌駕しえ、魔界に於ける『魔法』の体系を創ってこられた方……。
ちょ―――ちょっと待ってよ……ササラ……
それって……じゃあ―――なぜ……
彼の方には、権力欲も自己顕示欲もない……それはまあ、ある意味では幸いだったのかもしれません。
ですから、そんな事に拘っている“私達”の事を、こう評していたのです。
『下らぬ―――』
……と。
この魔界の、誰よりも永く生き―――生きてきたからこそ、あらゆる“欲求”は充たされたからか、それ以上を望まなかった……そう―――“それ以上”を……
そして、“慾”の為に生きる者達の事を、『下らない』ものとして切り捨てた……
そんな“世捨て人”のような人物が、ならばどうして一つの派閥を纏めているのか……
それは―――……
「慾が無い―――と思われている我が師にも、たった一つだけ臨んだ“慾”があるのです。」
「その“慾”―――って、なに……?」
「シェラザード様、あなたも聞いたことがありませんか、耳にしたことがありませんか。 【グリマー】なる存在の事を。」
「グ―――【グリマー】??」
「そうです、そのグリマーなる存在こそが、我が師が“予言”し今代もその存在性をお認めになられたモノ。」
「(え……)じゃあ―――魔王様が、私を“勧誘”ったのも……でも待って? だったらなんで―――……」
「今の私が、たった一つだけ確実に言える事……。 もう、時間は残されていないのです。 正直を申し上げると、まだ猶予は残されているモノとばかり思っていたのですが―――」
「な……何―――? 何のことを言っているの?」
「あなた方も見たはずです……この魔界の、どこを探してもいない“超”獣のことを……。 あれは別次元に於いて、『オピニンクス』と呼ばれている、最も弱いと分類されている獣なのです。」
「(!)―――アレで?!」
「ようやく、事態の深刻さが判って頂いてなによりです。 ですが―――今回襲い来たのは……」
「ちょっと待ちなさいよ!? 『今回』……? 『今回襲い来た』?? 一体どこへ??」
「人族の都城……『マジェスティック』―――そこを襲い来たのは、その固有名を『ファフニール』と呼ばれている、巨大な竜……。 魔王様はこの事を重く鑑み、かつてご自分の意志に添ってくれた方の“再招集”をしたそうです。 その内には、当然私の母上も―――……」
突如として齎らされる、凶報中の凶報―――
自分達の知らない内に魔界が蹂躙され、その内の都市の一つが陥落されかけていると言うのです。
しかしこの事態を、いち早く察した魔王により、応急的な措置が取られ。
以前自らが頼った戦力を、その戦場に投入していたのです。
つづく




