#66
「どうも―――こんにちは。」
「あっ、はい―――」
不意に、自分に声をかけてきた人物―――……その人物とは、“男性エルフ”でした。
その種属の特徴宜しく、“優美”で“嫋か”、“繊細”にして“儚げ”……
例え、“男性”であったとしても、“女性”であるかのように見える、その容貌……
それに、“声”にしても、いつしか自分に、甘ったるい声で囁きかけてきたヴァンパイアのよう……
いや、あのヴァンパイアよりは、危険性は感じられない―――とはした上でも、どこか女性にとっては、蕩けそうにもなる……そんな声色の持ち主だったのです。
けれどシルフィは、この男性エルフを、どこか知っていた―――
そう……本当の王女より、その“身代わり”を依頼された時、王国の城内でこの男性エルフをよく見かけていたのです。
だとすると―――そう……この男性エルフこそは……
「先程―――あなた様と、ご一緒されていた方は?」
「えっ? あ……ああ―――急に大切な用を思い出したと……」
「そうですか―――」
表情としては、とても“にこやか”―――そうだった……そうに、見えた―――……
けれど、どこか油断ならない―――そうも、感じていた……
だから―――
「あ、あの―――失礼します……」
そう言って、別れた……つもりだった―――
後を尾行つけられている―――?
どうして―――??
もしかしてこの人……私が王女様の“身代わり”を、していたと言う事を……?
それは、決して間違い―――と、言う訳ではなかった……
それと言うのも、あれから自分が本来の目的地へと辿り着くまでに、『方違へ』などをして行く先々を変更していた……にも拘らず―――
その先々で、待ち構えているかのようだった……
やはりこの人―――“身代わり”の事を……
いや―――シェラザード様の事を……付け狙っている―――
そう……“身代わり”をしていたシルフィなら、『エヴァグリムの城内でよく見かけていた』時点で、判っていた事でした。
この“男性エルフ”は、シェラザード様が“身中の蟲”達を粛清するに際し、粛清された者達のいずれかに当たる“爵位持ち”の一人に違いない……
その“予想”は、まさしく当たっていた―――
しかも、この“男性エルフ”の『爵位』と言うのは、就中……
「あら、お帰りなさい、シル―――……誰? その方。」
「つかぬ事をお伺いしますが、こちらに……“もうお一人”エルフの女性がいるはずですよね?」
「はあ? 何言ってんだ、あんた。 ここらじゃ見かけない顔なのに、どうしてオレ達の事を知ってる―――」
どんなに撒こうとしても撒け切れずに連れてきてしまった……
しかも自分達のクランの事は、事前に下調べをしていたモノと見え、自分を案内してくれたこの女性エルフとは“別の”女性エルフ―――
そう……つまりは―――
「質問に、お答えしてください―――こちらに、“もうお一人”、エルフの女性がいる―――そうで間違いありませんね?」
恰も知っていたかの如く、発せられる“その言葉”―――物腰は柔らかそうながらも、どこか強く思えてしまう……
「いえ、知りません―――あなたの勘違いでは?」
クシナダ―――? あなた……シェラザード様の事を……。
仲間内ならば、今、クシナダが証言ったことが、虚言だと判っていました。
しかし、なぜ―――?
彼女が“恋敵”の事を、偽証したのか……
今ここで、本当の事だけを述べてしまえば、“邪魔”は排除出来たモノを……
「勘違い―――そうでしたか……この私ともあろう者が。 それは大変失礼をいたしました、この無礼、どうかお許しを―――」
自分を誘ってくれた女性エルフの仲間から証言された事を真に受け、彼ら彼女が受けた不快を丁寧に謝罪する男性エルフ……
が……しかし―――
「そうですか、では早々に―――」
「そう言えば……もうお一つ聞いてよろしいでしょうか?」
「(……)なんですか、一体―――」
「この私の、“不祥の兄”から聞かされた話なのですが……」
「あなたの―――“兄”?」
「ええ―――……確か、この街に於いて、大変な不敬を働き、この街の住人……況してや、城内にいて、この街にはいないはずの、王女様の不興を買った、この私の“兄”の事です。」
その瞬間―――得体の知れない怖気が襲う……
ま……まさか、この人―――あの時、犬人族の子供に暴力を振るっていた―――
そう……それが本当ならば、この男性の“エルフの貴族”は―――
「ど……どうしてそれを―――?!」
「おや、不思議ですか? 私はそうは思いませんが……。 私の“当家”である、『侯爵家』嫡子が失態してしまった……その事を、同じ侯爵家の子弟である、この私が知っているのは、当然の事だとは思いませんか……?」
「(!)お―――おい、あんた……」
「ああ―――これは申し遅れました。 この私ともあろう者が、興奮のあまり冷静さを失い、礼節を忘れてしまうとは……私はこの度、“不祥の兄”が廃嫡されたことに伴い、新たに『侯爵』の地位を拝命した―――【グレヴィール】と、申し上げます。」
#66;『侯爵』グレヴィール
やはり……そう言う事だった―――
この“男性エルフ”こそは、『侯爵家』の人間―――
それに『侯爵』……この街に於いて、クシナダの前で、犬人族の子供に、暴力を振るっていた、あの……
あの時は、正義感に駆られ、獣人の子供に対し暴力を振るったエルフの男性を注意した、だけ―――だった……
だがしかし―――自分が注意したのは、図らずも身分が高い、爵位を持つ貴族の家の出身者だった……
その事を知ってからは、尻込みするのが判るくらいに腰が引けたものでしたが……
そこを救ってくれたのは、その長耳に『エヴァグリムの誇り』を着けた、“悪友”だった……
当時は、『エヴァグリムの誇り』の事など判らなかったため、なぜ急場が凌げたかが判りませんでしたが……
いや、そんな事より―――
あの出来事は、あの出来事だけでは収まらなかったことを、今になって思い知る……
「この度の、王女様による“大掃除”に伴い、国益を食い物にしてきた“身中の蟲”共の排除は成りました……それは、我が侯爵家とて同じ―――かの不祥事を起こした兄は、次期当主の資格を剥奪、それは現当主であった父も、“身中の蟲”に加担したかどで、粛清の対象にされました。 本来ならば、我が侯爵家は、その時を以て“断絶”―――されるべきでしたが……。 なんと言う幸運―――と、言ってよろしいのでしょうか。 この私と王女様とは、幼い頃から互いを知った仲……」
え―――?
待って……?
それ―――もしかしなくても……
その、エルフの男性―――『侯爵グレヴィール』……然しかしながら、その当家『侯爵家』も、事例に洩れず粛清の対象下になっていました。
けれど、この『グレヴィール』なる者は、父や兄の様に粛清の対象から除外をされていた……
その理由は、父や兄の様に、“身中の蟲”達の、謀議に加担しなかったから―――だけではなく、このグレヴィール自身の“出自”……
確かに“そう”言った―――『この私と王女様とは、幼い頃から互いを知った仲』……
その事を知り、行き着く処は、たった一つ―――……
「あ……あ、あ―――あなた……シェラの………………」
「おやおや―――“シェラ”とは一体どなたの事なのです? そちらの女性エルフの名は、確か“シルフィ”だったはず……」
しまっ―――た!
つい……口を滑らせて―――ッッ……
クシナダは、目の前の公爵から“もう一人の女性エルフ”の事を問われた時、『知らない』と言った―――言ってしまった―――……
けれど今、無意識の内に口から吐いて出てしまった言葉……
しかしその言葉は、何も仲間を売ろうとして吐いて出てしまった言葉ではない……
ただ―――自分の“悪友”と、この侯爵との、只ならぬ関係に気付いてしまった……
だけ――――――――………………
つづく




