#63
今代の魔王が“居る”という庵に入り、小一時間して出てきた時……自分の知っている“悪友”の表情ではなかった―――
まるで“何かに畏れを抱き”、まるで“何かに怯えて”いるかのようだった……
一体庵内で、何が話されたのだろう……
あなたほどの度胸の据わった人が、一体何に怯え、何に畏れを抱いたのだろう……
もしかすると、あなたは―――……
庵に入る前とは、全く違う表情を見せた悪友……その後に、その御姿を見せた魔王―――カルブンクリス。
その美貌もさながらに、自分の覚醒めを待ってくれた者達に対し、心から労う言葉……
クシナダも、シルフィも、今代の魔王に拝謁したのは、初めてでした。
その“威厳”に、“威光”に呑まれ、自然と頭は下がる……
だからこそ、判った様な気がする……
シェラ……あなたほどの人が、あんなにまで憔悴した理由―――“こう言う事”だったの?
あの時、ミカさんが言ってくれていた事とは……
実は、シェラザードは、魔王と接見する前に、『自分も王族なのだから……』と、どこか多寡を括ったような言動をしていました。
すると、それを否定したのは、自分達のクランに、昔から所属している、吟遊詩人のミカだった……
ただ―――その時までは……
ミカさんは、私の母様やヒィ君の母様、それにササラの母様と一緒に戦場を駆けてきた……
だから、その昔、前代魔王のルベリウスを討伐する際、会った事があったから、あのような言葉を……?
それは、半分“正解”で―――半分“不正解”
ただ、シェラザードは、“その”真相に気付いてしまった……
だとて今は、混乱しきっている頭では、その真相は語られる事は―――ない……
それからと言うものは、魔王城まで足労してくれたことに及び、歓待の席が設けられたものでしたが……
「―――どうしたの? あなたが豪華な料理を前に、遠慮するなんて……」
「―――要らない……欲しけりゃ、あげるよ……」
どこからしくない言葉―――
このエルフの女性は食い意地が張ってて、自分達のクランの財政に多大な損害を負わせてきたのに……
すると、エルフの女性は、供された料理に手をつけるでもなく、やにわに席を立ち―――
「あっ……シェラザード様―――?」
「シェラ―――?!」
どこか気分でも優れないのか―――足早に、会食の席を抜け出してしまった……
それを、もう一人のエルフの女性と、エルフの女性とは“悪友”としての関係を構築させていた者は、同時にその後を追い―――
「お待ちになってください―――シルフィさん。」
「(え……?)ササラ様―――?」
「今は、追うべきではありません。」
「ですが……ではどうしてクシナダは―――」
「あの人に任せるべき……と、私がそう判断したまでです。」
二人同時に、シェラザードの後を追おう―――としたところ、なぜかササラは、クシナダだけに後を追わせ、シルフィには留まるよう促せたのです。
その理由―――と言うのも……
あなたなら、王女の本質を判っているはず……
任せましたよ―――……
ササラは、シェラザードとクシナダの二人が、日頃は火花を散らし合うまでの仲―――だったとはしても、その深い処では繋がっている事を感じていました。
だからこそ“託した”……
今―――王女が何に惑い、何に怯えているのかを、その心情を信じ合える者に吐露る、その機を……
「どうしたの―――シェラ……あなた、先程から、少し変よ?」
するとクシナダは、そこで王女の……本質を目にしてしまう―――
#63;王女の本質
「どうしよう……クシナダ―――私……判らないよ…… ねえ、教えてよ! 私どうしたらいいんだろう!!」
何を……おかしなことを―――
クシナダは、魔王が居ると言う、庵の内には入っていませんでした。
だからそこで
何のやり取りが交わされたか―――判らない……
何が話されたか―――判らない……
だとて―――日頃は判断力に富み、果断即決である、このエルフの王女が……
「何が―――判らないって言うの? いつもはあなた……」
「私……誘われたんだ―――今代の魔王様の、その政権の中枢を担ってくれないか……って。」
『それは大変名誉なこと』―――と、言いかけようとした時、同時に気付いたものだった……
それは、つまり―――
エルフの国か、魔界の政権かの、“二者選択”を迫られた……?
それはつまり、どちらかを切り捨てなければいけないと―――……
シェラザードは、エルフの王国、『エヴァグリム』の王女―――
とどのつまりは、将来は約束されている……次代の、『エヴァグリムの女王』として。
しかし今―――今代の魔王より、その政権の中枢を担うよう……盤石のものとするよう、“勧誘”なわれた……
もし、現政権の方を取ってしまえば、折角立ち直りかけているエルフの王国を、見放すことに成り得てしまう……
? ?? ???
もしシェラザードが、何の柵もない、自分達と同じ様な一般庶民だったなら、迷うことなく快く諾けた事だろう……
けれど王女は、自分の王国の次代―――
その事が判ってしまった時、クシナダを“安堵”と“同情”が包み込む……
なんだ……この人、意外な一面を見せるじゃない―――
日頃は傲慢で、強情で、意地っ張りで……そんな面しか見せてこなかったのに―――
でも、“それ”があなたの本質―――
『王女』であるあなたを知った時に、気付いておくべきだった……
“孤独”……あなたは常に孤独だった―――
魔窟な様な処で、味方の一人もいない状態で……さぞかしあなたは、寂しかったのだろう―――
けれど、その寂しさを唯一紛らわせてくれた存在……『緋鮮の記憶』―――あの英雄譚だけが、あなたの唯一の支えだった……
そして、その嘱望が叶い、自由を得た時―――あの英雄譚は“創作物”ではなくなった……
あなたは、どんなにか慶んだ事だろう……
本来なら、エルフの王国に蔓延る“悪徳”を粛清した時点で、あなたは『王女』に戻らなければならなかった……
けれど今は、私達と一緒にいる……
そして今―――自分の国か現政権かの二者選択を迫られている……
けれど、それが判ってしまった処で、私には返答の仕様がない……
なぜなら私は、所詮あなたの様な“王族”ではないのだから……
クシナダは、シェラザードが今にして迷い惑っている事に、共感は持てながらも、返答は明確にはしませんでした。
いや……出来ませんでした。
しかしシェラザードは、そんなクシナダを、決して責めたりはしなかった。
それどころか逆に、自分の胸にしまっておいた大きな蟠りを、打ち明けることが出来た―――
そんな安心感が、その表情に少しだけ現れた……
そうなのよね……あなたは『王女』じゃない―――」
私達と同じ存在……
私達と、ほんの少しだけ違うのは、ほんの少しだけ政治的な判断が出来るだけ……
“それ”以外では、普通の女の子―――なのよね……。
結局―――その日は、気分が優れないからと、先にマナカクリムへと戻る事にし。
クシナダには皆への謝罪を伝えてくれるよう、お願いしたのです。
* * * *
それから数日―――例の一件が尾を引いてか、周囲とも……またクランの仲間とも、交流を中断した王女は―――
皆には……申し訳ない事をしている―――
そんな事は、判り切ってる……
けれど、魔王様からの“勧誘”を、軽々しくは考えたくない―――
こんな悩みを……打ち明けられる人が―――いたらなあ……
何も、する気が起こらない―――
ただ、その胸の内に滞るは空虚感だけ……
ほんの少し前に、信じ合えている者に吐露は出来ていたからか、引き篭もっているようなことはしなかった。
ただ、『何もする気が起こらない』と言うのは、まさにその通りで、仲間内でも何かをする気も起らなかった……
だから―――いつもは依頼の“打ち上げ”で集まっている、『待合い喫茶のラウンジ』に、“ぽつり”と居座っていただけ―――
すると……
「ぷあ~♪ 今日も今日とて、依頼の達成S取った後の“一杯”―――って、至福にゃり~ん☆」
どこか気の抜けた……間の抜けたような言動を醸す声―――
けれど王女は知っている。
その、“自称”天使騎士こそは、剽軽者などではなく―――知性豊かにして、しっかり者であることを。
つづく




