#29
#29;“口 上”
未曽有の危機―――ダーク・エルフの王国、『ネガ・バウム』からの侵攻を、差し止めてくれた者がいました。
本来ならば、“その事”に関しては、喜ぶべき事柄なのでしたが……
この“機会”にと、この王国に蔓延る悪徳の芽―――
旧態依然とした、古キ慣習の吹き溜まりを払拭させるべく動いていた王女にとっては、余り希まない状況でもあったのです。
それに……その者は、自ら正体を暴くに、『鬼人』としたのですが……
自分達が知っている、『鬼人』の様には厳くなく、それどころか……まるで、自分達エルフのようであり―――まるで、人族の年頃の娘の様にも見えた……
ただ、それほどの美貌を持ちながらも、その本性は、まさしくの『鬼人』そのものでありました。
それと言うのも、今件の騒動鎮圧の褒賞を、金品や宝飾の類ではなく。
“生娘”を―――それも、この王国の“子女”たる、『姫』か『王女』の身柄を欲したのです。
「姫―――か…王女―――ですって??」
「ああ―――そう言った…… どうやら、私が見立てたところ、そなたがこの王国の王女―――で、相違ないな……。」
自分が見立てていた“最悪”よりも一転し―――より最悪になろうとしている……
それに、種属同士の関係―――『鬼人』と『エルフ』の関係を、知らなくは、ない……
まさに“より最悪”―――想定外の事態……
この行動に及ぶ前、様々な要因を考え、想定していた最悪を切り抜けられるだけの要素が見つかったから、早急に行動に踏み切った……
しかし、“これ”は想定してはいませんでした。
“まさか”自分達との関係上、『ゴブリン』『オーク』以上に“険悪”な、『鬼人』の介入を受けてしまうなんて……
王女は、ただ―――ただ―――愕然とするしかありませんでしたが、その動揺は、他の……“連中”も同じだった―――……
そんなエルフ達を尻目に、鬼人の美丈夫は、王女の近くまで歩み寄り……
“ヒョイ”と―――軽々と、自分の肩まで王女の身柄を抱え上げるのでした。
「では―――邪魔をしたな……」
「あっ?! なにをするの―――離せ…ッ!離しなさいよ!! お……お父様―――!」
「シェラ―――……」
―――――――――……………………
「うっ―――……」
自分が“攫う”事を公言し、それでいて“なにも発さない”……とは、『同意』と認めた証しでもある―――とでも言いたげに、鬼人の美丈夫は王女を抱え上げたまま、立ち去ろうとしました。
しかし、『このままではまずい』と思った王女から、最後の希望みを賭け、“父”を呼ぶのでしたが……
エルフの国王でもある父は、その呼び掛けには反応はするものの、鬼人の美丈夫からの一瞥に身が竦み、何も出来なくなってしまった……
それを目の前りとしてしまった王女は、憐れみにも似た感情を、その瞳に宿し、自分の最後の希望の灯火が消えてしまったことを、思い知るのでした。
そして―――今回の戦利品を手に、城内を闊歩する者の前に……
「よぉう―――いつ以来になるのかな……?」
「(……)何用だ―――【ベサリウス】…… 貴様、ここで何をしている。」
「(えっ―――?)」
入口の扉近くの柱に寄りかかり、今まさに城内から出ようとしている鬼人の美丈夫に声をかけた存在こそ、ある契機に『血の誓約』を立て、王女の支配下にあった、ヴァンパイアの公爵―――ヘレナでした。
しかし―――?そこでシェラザードは耳を疑ったのです。
どこか……この両者が、顔見知りであるかのような物言い―――?
それに……公爵ヘレナは、公爵ヘレナでしかないのに―――?
鬼人の美丈夫は、また違う名をして、呼んでいた―――?
いや……けれど………【ベサリウス】―――って??!
「『ここで何をしている』……?w ご挨拶だなあ―――w ああ……もしかして、生理前で機嫌が悪い?」
――【緋鮮の覇王】――
「(えっ……ええっ―――??!)」
「貴様とは、以前……激しく死闘り合ったことがあるが、そのお道化たけた口調―――相変わらずのようだな……」
「まあ~待て待て……あんたからの、熱烈なラヴ・コールに応答てやっても構わないが――― この“オレ”も、今はご主人様付き―――な、もんでねぇ?」
「(……)ならば、“誠意”で以って、この私の前に示して見せろ―――『ベサリウス』…… いや―――“今”は『ヘレナ』……か。 貴様の言は信用がならん、この私からの“信”を得たくば、その行動で示して見せろ。」
「ハイハイ―――判ってますよ……。 ま、一応は、“それ”込みでの『誓約』なもんで―――ね。」
二人の会話……何を話しているのか、正直判らなかった―――
けど、【ベサリウス】に【ヴァーミリオン】て……
“彼”と“彼女”は本物なんだ―――
『緋鮮の記憶』での、【魔王軍総参謀】に【緋鮮の覇王】……?
えっ……じゃあ―――今、私を抱えている人って……!?
混乱をしながらも、徐々に自分を取り戻しつつある内―――
シェラザードは、自分を攫って行こうとする、この鬼人の美丈夫の事を、次第に気付き始めて行きました。
そう……『緋鮮の記憶』の内でも、特にお気に入りだった、登場人物――― その“ご本人”が―――??
けれど、不思議なことと言えば、そうした“正義の味方”だったような人が、どうして『自分を攫う』―――と言う、評価を貶めるような行為を……?
それはともかくとして―――なんと、この鬼人の美丈夫……
ササラも使っていた、あの魔法―――〖エビジョン・アクセラレート〗を、駆使し……?
こうして、一路城内より離脱をしてきた、王女と鬼人の美丈夫は……
「(ふ・う……)この辺りでよいか―――」
「(えっ、あっ……) …あの――――――」
「どうした―――……」
「いえ……あの、ありがとう―――」
「フッ……王女を攫ってきたと言うのに、よもやお礼を言われようとは、な―――」
「それより……あなた―――は…… もしかして『緋鮮の覇王』なのですか?!」
「(……)どうしてそのように思う―――」
「だって、“あいつ”―――ヘレナが、あなたの事を『緋鮮の覇王』……って―――」
「フフッ……ヤレヤレ、昔から口の減らないヤツだったからな――― ああそうだ……私はその昔、『緋鮮の覇王』を名乗っていた……。 だが、現在より200年以上も前に死んでしまってな。 現在、この姿でいられるのは、私と“ある種”の契約をした者の肉体を依り代にして、『英霊憑依』しているに過ぎないのだ。」
「(は……)そん―――な事が……出来るんですか……… あのぅ……私を、これからどうするんです?」
「うん? ああ―――あの“口上”は、ちょっとした演出だ。 そなたの事を、快く思っていない者達も多かろう……。 だが、そうした者達の前で『王女を攫う』―――それが、ああした者達の目にどう映るか……」
「けれど―――何もあなたの評価を下げなくたって……」
「私が、『緋鮮の覇王』であることを知っているのは、『私の依り代』と『その仲間の巫女』、『獣人族の少女術師』、そして『ベサリウス』に……今、正体を明かした『王女』しかいない。 その他の目から見れば、鬼人のしている事と、何ら変わりはしない――― それに、そなたの願い―――そしてローリエの願いも、『総てヘレナがやってくれる。』 そうした『誓約』を、あの者と交わしたのだろう?」
私の、“真の狙い”なんて、その直前まで明らかにしたことなんてなかったのに……
それを、恰も知っていたかのように述べてもらえた……
この人は、見てくれていたんだ……
それに、私の“願い”も、お母様の“願い”も、先祖であるローリエ様の“願い”も……
やっと叶えられる――――――
これで私も、やっと自由になれる――――――…………
自分を攫った存在の事を、終ぞ知ることとなったシェラザード……でしたが。
確かにヴァーミリオンから指摘された通り、『“連中”の粛清』はヘレナに依る処があり、その“願い”は、希望み通り叶えられる事となるのでした―――が……?
この後の成り行きは、王女自身が思ってもみなかった方向へと、向かう事となるのでした。
つづく




