第5話 済んだ空
教室に入ったとたんにオレ達は注目を浴びた。やっぱり校門の前でオレが真琴抱きつかれて倒れてるのを見られてたんだな。けど、よく考えてみれば男女がペアで歩いているせいだとも思う。
まあ、なんにしろオレ達は教室にいるやつら全員の視線を浴びていた。オレは視線に耐えられなくてその場から逃げ出そうとした。
けど、どうせこの教室には入らなければならない。それに、後に入れば入るほど視線の数が増えるわけだから今、入っていったほうが賢明だろう。
そう思ってオレは教室へと入っていく。真琴はちゃんといるのか?、と思ってちらりと後ろを見てみた。真琴は恥ずかしいのか俯きながらオレの背中に隠れるようにしてついてきている。
「そんなふうにオレに隠れてたら余計注目を浴びるだろ」
オレは小声で真琴にそう言う。
「だ、だって恥ずかしいんだもん。しかたないじゃん……」
羞恥からか少し赤くなった顔を上げて小声で言い返してくる。しかも、さっきよりオレに近づいてきてるような気がする。
言葉だけでこいつをオレから離すのは難しそうだ。だからといって力で無理やり距離を取らせたらオレの立場が危なくなりそうだ。だから、しかたなくそのまま歩いて窓際、それも教室の後ろの方に向かっていく。
教室の前の方にいるよりかは注目されにくいはずだ。
目的の場所についたときに教室の中をざっと見回してみた。
興味をなくしたのかもうすでにこちらを見ていない者、友達とのおしゃべりにもどったらしいがまだこちらが気になるのかちらちらと見てくる者。大体その二種類に大別されていた。言うまでもなく後者のほうが多いのだが。でも、とにかくこっちのことをずっと見ているような者はいなかった。
そのことに安心感を抱いてオレは再度教室を見回してみる。今度は教室そのものを見るために。
部屋そのものは出来たばかりの校舎ということもあって結構綺麗だ。小・中学校と見てきた教室と同じように部屋の中には机と椅子がたくさん並べられている。机の上に名前を書かれた紙が置かれているようだから自分の名前がある場所に座れ、と言うことだろう。
次は視線を下に向けてみる。床は中学校のときと同じフローリングだがこちらの方がいい木を使っているような気がする。素人目に見た適当な判断だけれど。
総合的に見て悪くはない感じだった。けど、この学校に馴染んだ頃には飽きてしまってそう思うこともないんだろうな。小学校のときも、中学校のときもそうだったから。
とりあえず、席があるならそこに座ろう。周りを見てみれば座っているやつも何人かいるみたいだから座るな、というわけではないようだ。
普通、こういうときは出席番号順だよな。そう思ってオレは自分の出席番号を思い出す。確か、オレは六番だったはずだ。心の中でよし、と頷いてオレは窓際の一番前が一番だと仮定して前から六番目――つまりは一番後ろの席、そして今オレ達がいる所から一番近い席を見る。
予想通り、そこにはオレの名前が書かれた紙が置かれていた。ついでにいうと、真琴の席はオレの前だった。
まあ、それも当たり前かあいつの出席番号、オレの一個前なんだし。
そんなことを考えながらオレは真琴に話しかける。
「真琴、立ってても疲れるだけだから座っとくか?」
「え?なになに?」
どうやら、窓の外を見ていたようでオレの声をちゃんと聞いてなかったようだ。何を見ていたんだろうか。
でも、聞かなくてもいいか、と思い先ほど言ったことを再度言う。
「だから、立ってても疲れるから座ろう、って言ったんだよ」
「あ、うん、そうだね。それで、どこに座るの?」
真琴は首を傾げながら聞き返してきた。
「あそこだ。名前が書かれた紙が置かれてるだろ?」
「あ、ほんとだ」
そう言いながら真琴は席の方へと近づいていく。それから物珍しそうに自分の席を観察している。
「なにしてんだよ」
「ん?中学校のときの机と違う場所がないかな、って調べてたんだよ」
真琴は机の横を見ながら答える。
「そうか」
オレはそう言って自分の席に座り、前で机を観察している真琴を眺める。
真琴は机の下を見たり中を覗いたりしている。こいつ、本当に魔王だったのだろうか。
でも、よく考えて見れば前世のオレが会ったあいつも魔王らしくなかった。目の前にいる真琴と同じで普通の少女にしか見えなかった。
もしかしたら、魔王っていうのは魔物を率いる存在ではなく魔物を創り出すことができるだけの存在だったのかもしれない。
彼女はただそれだけの能力を持っているからということで部下に捕らえられ無理やり魔物を作り出さされていたのだろう。というか、自分の作り出した存在に捕らえられるっていうのはどんだけ皮肉な話なんだ。
たぶん、真琴は絶望したんだと思う。苦しんだとも思う。裏切られことが哀しくて、独りが寂しくて泣いたとも思う。
オレは彼女の微笑みを、とても悲しそうな微笑みを思い出しながら、そう思った。
そんな絶望を味わったからこそ、今の彼女は無邪気で楽しそうなのかもしれないな。そんなことを思ってから意識を内側から外側に向けたら真琴が顔を近づけてきているのに気がついた。
「ねえ、涼樹。何か、考えてるの?」
そんなことを聞いてきた。一瞬、先ほどまで考えていたことを真琴に教えようと思った。けど、わざわざ真琴にとって辛い思い出を思い出させる必要なんかない、と思い返し言うのは止めた。
「お前が、さっき窓の外を見てたけど、何を見てたんだろうな、って考えてたんだよ」
そんな嘘をつく。でも、聞こう、とは思っていたことだ。
「空」
真琴は端的にそれだけを言う。
「空、って何か飛んでたか?」
「ううん、雲さえ飛んでなかったよ」
首を横に振りながら真琴は答える。
「だったら、なんで見てたんだよ」
「空が、好きだからだよ」
そう言った彼女は綺麗な微笑みを浮かべていた。一点の悲しみも絶望もなくそれはまるで――
「ほら、見てよ。今日の空、こんなに綺麗なんだよ。太陽がちょっと眩しいけどそれが余計に空の青を綺麗に見せてくれてる気がするんだ」
真琴は窓の方を向き空を眺める。オレもつられてそちらを向きおんなじようにして空を眺めた。
真琴の言うとおりに空には雲ひとつ浮かんでいなかった。広がるのは一面の青と白い太陽の光だけだ。なんだか気持ちをすぅ、とさせてくれるような空だった。
まるで、それはオレの隣にいる真琴が浮かべているような一点の悲しみもない綺麗に澄んだ微笑みのようだった。
オレは真琴の微笑みとこの空の光景、その二つに見惚れてしまう。真琴に何か言葉を返したいのにその言葉が思い浮かばない。
そうこうしているうちに真琴はこちらを向いていた。
「あたしは魔王でいた間はいろいろ辛いことがあったけど、今はこうして空を見ていることができるから幸せ、なんだよ」
今度の表情は微笑みではなく嬉しそうな笑顔、だった。




