第6話 もう一つの再会
入学式は無事終わった。全校生徒が同時に移動を開始したせいで体育館の前は人で溢れかえっていた。
オレはそれを人の流れのない所から眺めている。
「ねえ、涼樹。教室に戻らないの?」
オレの隣にいる真琴がそう聞いてくる。真琴もオレと同じようにして人の流れを眺めている。
「人ごみの中に入って流されるのがいやなんだよ。だからここで人が少なくなるまで待ってるんだ」
「確かにそうだよね。人ごみの中って暑いし狭っ苦しいし自由に動けないしでいいことなんかないよね」
人ごみの中に入ったときを想像したのか嫌そうな表情を浮かべる。
「それに人がたくさんいるっていうのもあんまり好きじゃないんだ」
「そうなのか?」
「うん」
少し意外だと思った。こいつほど明るい性格なら人がたくさんいる方が好きだ、って言いそうな気がしたから。
「一人でいるのもあんまり好きじゃないけど、たくさん人がいる方がもっといやだよ。あたしはあたしをちゃんと見ている人が一人か、二人ぐらいいるときが一番いいな」
それから、小さく笑顔を浮かべて「ちょうど今みたいにね」と付け足すように言った。
気がつくと人の数は減っていて喧騒が遠くのものとなっていた。
「そうだな、オレもそれぐらいがちょうどいいと思う。……さてと、そろそろ戻るか」
オレはそう言って真琴の方を見る。
「うん」
真琴は頷く。オレはそれを確認すると歩き始めようとした。
「そこの二人、ちょっと待ってくれるかしら」
一歩踏み出したところで誰かに呼び止められた。誰の声かはわからないが聞いたことがあるような気がした。
オレと真琴はほとんど同時に後ろを振り返った。
そこにいたのは受け付けをしていた上級生だった。
「えっと、何か、用ですか?」
オレは何で話しかけられたんだ?、と思いながらそう聞く。真琴も何で呼び止められたのかわからないようで困惑しているようだ。
「そんな他人行儀な話し方しなくていいじゃない。まあ、わたしが誰だかわかっていないようだから仕方ないけど」
彼女の口調は受け付けをしていたときとは違い、だいぶくだけた口調だった。
この人はどうやらオレのことを知っているようだ。それも、オレがこの学校に来る前から。
「イリヤ、って名前ぐらいは覚えてるわよね」
「……お前まで、前世の記憶を受け継いでたのか?」
何故だかあまり驚きはしなかった。多分、真琴、という前例がいたせいかもしれない。
「なんだかあんまり驚いてないわね」
イリヤだったという上級生は少し残念そうな表情を浮かべる。もしかして、オレを驚かせたかったのか?
「まあ、いいわ。わたしはあんたを驚かせたくて話しかけたんじゃないんだから。そうだ、わたしの名前を教えないといけないわね。わたしの今の名前は柳川魅月よ」
「わかった、魅月だな」
そう言ってオレの中でイリヤ、という名と魅月、という名を置き換えた。それから、オレは自分の名前を言おうとした。
「オレの今の名前は――」
「知ってるわ。北沼涼樹、でしょ」
オレが自分の名前を言う前に魅月に言われてしまった。
「それで、そっちの子が神川真琴。魔王の記憶を受け継いでるんでしょ?」
そういえば、彼女は受け付けをしていた。だから、オレ達の名前を覚えていて当然だろう。というか、彼女の場合、受付に来た一年生の名前と顔を覚えているような気がする。なんといったって彼女はかなり、記憶力がよかったから。
けど、なんで真琴が魔王の記憶を受け継いでいるということがわかったのだろうか。オレはそのことについて聞こうと思ったがやっぱりどうでもいいか、と思い直し、聞くのはやめた。
そんなことを思っていると魅月は話を進める。
「あんたの様子が気になってわざわざ前世の記憶を引き継ぐ魔法を使ったんだけど心配、なかったみたいね」
「なんのことだ?」
なにを心配していたのだろうか。それに、魅月の口ぶりからするとオレが前世の記憶を受け継いでいるということを知っているようだった。
「えっとね、わたしは――」
魅月が喋りだそうとしたそのときにチャイムが鳴った。
「っと、そろそろ戻らないとやばいわね。それじゃ、話の続きは放課後になったらするからあんたたちは教室で待ってなさいよね」
そう言って魅月は急ぎ足でその場から去っていった。
なんだか前世のときの感じとは全然違う。彼女はあんなにさばけた感じの性格ではなかった。
前世の彼女はどこかとっつきにくいところが多々あった。けど、一緒にいるうちにそれは薄れてきていたと思う。それでも、今ほどさばけてはいなかったはずだ。
第二の人生の中でみんな変わったんだな、とオレは思った。それと同時にオレは前世から何が変わったんだろうか、とも思った。
オレの変わったところ、それはなんだろうか。素直に笑えるようになったそれがオレの変わったところ、だろうか。
前世のオレが浮かべる笑みといったら皮肉めいた笑みか、自嘲めいた笑みくらいなものだった。楽しいことがあっても表情はほとんど動いていなかった。
けど、今は楽しいことがあればちゃんと笑える。まあ、でも、あのときは楽しいこと自体がないに等しかったしな。
「涼樹、早く教室に戻ろうよ」
考え事をしていたオレに真琴が話しかけてきた。
「そうだな」
オレは真琴の言葉に頷く。それから、オレ達は教室へと向かっていった。




