第3話:ギルド受付嬢の視線と、男たちの無茶な連携
三日目の朝、アレン・ヴォルドはギルドの宿屋で目を覚ました。
体が少し重い。昨日までの回復魔法の連発で、精神力がまだ完全には回復していなかった。
それでも、道具ベルトを丁寧に巻き直し、小型のノートをポケットにしまう。
黒髪を軽く手で整え、茶色の瞳に決意を宿して部屋を出た。
ギルドの入り口では、すでに鉄の掟パーティーの三人が待っていた。
ガルドは大剣を背負い、赤毛を朝日に輝かせて大声を上げている。
「アレン! 今日もよろしくな! 今日は中ランクのクエストだぜ! 廃墟に巣食う『石牙のイノシシ』退治!」
レオンが銀髪を後ろで束ね、風魔法の杖を軽く回しながら皮肉っぽく笑う。
「ふっ、ガルドが『俺が一撃で倒す!』って張り切ってるだけだけどな。イノシシの突進はかなり厄介だ。回復、しっかり頼むぞ」
バーンは無精髭を撫でながら、のんびりと盾を担いでいる。
「アレン、昨日より肉多めに持ってきてくれたか? 戦った後は腹が減るからな」
アレンは小さく息を吐き、静かに言った。
「もうちょっと計画的にいきましょう。石牙のイノシシは皮膚が硬いので、弱点の側面や脚を狙うのがいいと思います。俺は後方から支援と回復を担当しますので、みんな無茶は控えてください」
ガルドが豪快に笑う。
「計画とか面倒くせえ! 突っ込んで、ぶっ飛ばして、勝てばいいんだよ! アレン、お前が回復してくれりゃ問題ねえ!」
クエスト受付カウンターでは、ミリアが明るい金髪ポニーテールを揺らして立っていた。
緑の瞳がアレンたちを捉え、いつもの笑顔が少し大きくなっているように見える。
「アレンさんたち、おはようございます! 今日も中ランククエストですね。石牙のイノシシは動きが素早いので、気をつけてください。……あの、もしよければ、戦闘の様子を後で教えてくれませんか? ギルドの報告書に参考にしたいんです」
ミリアの言葉に、アレンは少し驚いた。
勇者パーティー時代は、受付嬢からここまで積極的に声をかけられることはほとんどなかった。
「わかりました。終わったら、簡単に報告します」
ミリアは頷きながら、追加の地図と簡単な傷薬をカウンター越しに差し出した。
「これ、使ってくださいね。アレンさんたちのパーティー、なんだか目が離せなくて……応援してます!」
ガルドが胸を叩く。
「おう! アレンがいるから、今日は余裕だぜ!」
レオンがくすくす笑う。
「受付嬢にまで気に入られたな。アレン、お前意外と人気者じゃないか」
バーンがのんびり言う。
「まあ、飯の時間になったら教えてくれよ」
四人は馬車に乗り、廃墟のある丘陵地帯へと向かった。
エルトリア大陸の西部、貴族領に近い穏やかな丘が広がるエリアだ。
廃墟は古い砦の跡で、石の壁が崩れ、蔦が絡まっている。
廃墟に到着すると、地面が震えるような音が響いた。
巨大なイノシシが二頭、牙を石のように硬く尖らせて現れた。
体長は三メートル近くあり、突進の勢いはかなりのものだ。
「来たぞ! 俺が引きつける!」
ガルドが大剣を構えて突進した。
イノシシの一頭が即座に反応し、猛烈な突進でガルドにぶつかる。
ガルドは大剣で受け止めたが、衝撃で後ろに吹き飛ばされ、地面に転がった。
「ぐおっ! アレン、回復! 早く!」
「連打しろ! まだ来るぞ!」
アレンはすぐに軽い回復魔法を唱えた。
緑色の光がガルドの体を包み、打撲と切り傷を癒していく。
同時に支援魔法でガルドの力を強化し、動きを少し速くする。
「ガルドさん、側面を狙ってください! 正面は硬いです!」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねえ! 来いよ!」
ガルドは立ち上がり、再びイノシシに向かっていく。
レオンが後方から風の刃を連発し、イノシシの脚を狙う。
しかし、イノシシの皮膚は硬く、魔法の威力も通りにくい。
「アレン! 俺にも強化を! 魔法が弾かれてる!」
レオンが叫ぶ。
アレンは即座にレオンへも支援魔法をかけ、続けてガルドの回復を連発した。
精神力がじわじわと消耗していくのを感じる。
バーンが盾を構えてイノシシの突進を正面から受け止め、斧で反撃を加える。
「バーンさん、脚を狙って!」
「了解だ。アレン、回復ありがとうな」
戦闘は激しく続いた。
イノシシの突進がバーンを吹き飛ばし、ガルドが再び傷を負う。
アレンは後方から必死に回復魔法を連打しながら、皆の位置を確認し、支援をかけ続ける。
汗が額を伝い、息が少し荒くなる。
「アレン、もっと! まだ痛え!」
「了解です……回復、かけます!」
緑色の光が何度も閃く。
アレンの魔法がなければ、ガルドはとっくに戦闘不能になっていただろう。
レオンがようやくイノシシの脚を切り裂き、動きを鈍らせる。
バーンがその隙に斧を振り下ろし、一頭を仕留めた。
残る一頭がアレンに向かって突進を始めた。
「危ない!」
ガルドが叫びながら横から飛び込み、大剣でイノシシの側面を斬る。
アレンは慌てて後ろに下がりながら、ガルドに回復を追加でかけた。
「ガルドさん、無茶です!」
「無茶が鉄の掟だろ! お前がいるから大丈夫だ!」
最後のイノシシがレオンの風魔法とバーンの斧で倒れた。
廃墟に静けさが戻る。
ガルドが地面に座り込み、大笑いした。
「ははっ! 勝ったぜ! アレン、お前の回復、最高だったぞ! 連打されて、痛みが飛んでった!」
レオンが息を整えながらアレンの肩を叩く。
「ふっ、さすが回復役。精神力の消耗が激しそうだが、よく耐えたな」
バーンがのんびり笑う。
「アレン、今日も飯奢るぞ。肉、たっぷりだ」
アレンは汗を拭いながら、軽く微笑んだ。
「みんな、無事でよかったです……でも、もう少し連携を意識しましょう。俺一人で回復を連打し続けるのは、少しきついです」
ガルドが立ち上がり、アレンの背中を軽く叩いた。
「わかってるよ! でも、お前がいるおかげで俺たちはもっと無茶できるんだ。鉄の掟パーティー、悪くねえだろ?」
アレンは静かに頷いた。
追放されたばかりの自分が、こんなに早く仲間と呼べる存在ができたことが、少し不思議だった。
男ばかりで、計画性は低く、声も大きい。
でも、誰もアレンを置き去りにしなかった。
ギルドに戻ると、ミリアがカウンターから飛び出してくる勢いで迎えた。
「アレンさんたち、おかえりなさい! クエスト成功おめでとうございます! 傷は大丈夫ですか? 報告、聞かせてください!」
ミリアの緑の瞳が輝いている。
アレンが簡単に戦闘の流れを説明すると、彼女は真剣にメモを取りながら何度も頷いた。
「すごいですね……アレンさんの回復魔法がみんなを支えてるんですね。なんだか、このパーティー、応援したくなってきます! 次も良いクエスト、優先的に回しますね」
ガルドが笑う。
「おう! ミリアちゃん、ありがとうな!」
レオンが皮肉っぽく言う。
「受付嬢にまで推されるとはな。アレン、お前の回復が効いてるぞ」
バーンがのんびり頷く。
「アレン、今日もよく頑張ったな」
その夜、『鉄の杯』で四人はいつものように酒を飲んだ。
ガルドが大きなジョッキを掲げ、レオンが軽口を叩き、バーンが飯の話を始める。
アレンは麦酒をゆっくり飲みながら、仲間たちの顔を見回した。
ミリアの積極的な視線が、ふと頭に浮かぶ。
ギルド受付嬢の彼女が、なぜか鉄の掟パーティーを気にかけてくれている。
まだ小さな変化だが、何かが動き始めているような気がした。
アレンはノートに今日の戦闘をメモしながら、静かに思った。
回復魔法を連打する日々は、まだ始まったばかりだ。
でも、この男臭いバカたちと一緒なら、続けていけそうな予感がした。
鉄の掟パーティーの、三日目が静かに終わろうとしていた。




