第29話:霧の古城と、揺らぐ光
霧の古城の入り口に馬車が止まったとき、アレン・ヴォルドは軽く深呼吸をした。
二十九日目。無頼の牙パーティーは今日、霧の古城の調査クエストを受けていた。
ここ数日、回復魔法を連発する負担が体に蓄積し、朝の目覚めが重く感じる日が続いていた。
ガルドが大剣を肩に担いだまま、赤毛を風に揺らしながら元気よく言った。
「よし、今日は古城の中だ! 霧が濃いらしいぜ。アレン、回復頼むな!」
レオンが銀髪を軽くかき上げながら、皮肉っぽく笑った。
「ははっ、ガルド、お前はいつも同じセリフだな。アレン、顔色があまり良くないぞ。無理してないか?」
バーンは無精髭を撫でながら、のんびりとした足取りで盾を担いでいた。
「アレン、今日は肉を多めに持ってきてくれたか? 古城の中は冷えるからな。戦いが終わったら温かい飯にしようぜ」
アレンは少し微笑んで答えた。
「みんな、霧が濃いそうです。回復をこまめにかけながら、声で位置を確認し合いましょう。……少し負担が大きいかもしれませんが、頑張ります」
ガルドが豪快に笑った。
「慎重はいいけどな! 無頼の牙は勢いだ! お前がいるからこそ、俺たちは無茶できるんだぜ」
四人が古城の奥に進むと、濃い霧の中で亡霊の騎士たちが動き出した。
青白い光を放ち、剣を振り上げて襲いかかってくる。
「よし、来い!」
ガルドが大剣を振り回して突進した。
亡霊騎士の剣がガルドの腕を切り裂き、冷たい痛みが走る。
濃い霧が回復魔法の光を激しく散らし、効果が思うように乗らない。
「アレン、傷が痛え! 癒してくれ!」
アレンはすぐに回復魔法を唱えた。
しかし、霧が光を乱し、回復が遅れる。
ガルドの傷がなかなか塞がらず、血が滴り落ちる。
「ガルドさん、霧が魔法を散らしてます! 声で位置を伝え合いながら……」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねえ! 無頼の牙は勢いでぶち破る!」
レオンが後方から風の刃を連発し、霧を少し散らした。
「おいおい、霧が邪魔すぎるぞ! アレン、強化も頼む!」
バーンが盾で剣攻撃を受け止め、斧で亡霊騎士の脚を狙った。
「アレン、こっちも来てるぞ!」
アレンは汗を浮かべ、精神力を振り絞って回復魔法を懸命に連発した。
頭の奥がずきずきと痛み、視界が少し狭くなってきたが、必死に光を維持し続けた。
戦闘は濃い霧の中で長引いた。
亡霊騎士の群れが次々と現れ、ガルドとバーンが何度も傷を負う。
アレンは息を荒げながら、回復と支援を交互に繰り返した。
限界を感じる中でも、仲間たちの傷を一つずつ癒し続けた。
ようやく親騎士を倒した時、アレンは壁に手をついて大きく息を吐いた。
ガルドが息を荒げながら笑った。
「ははっ……勝ったな。アレン、今日はお前もかなりキツそうだったぜ」
レオンがアレンの背中を軽く支えながら言った。
「ふっ、霧が魔法の邪魔をしてたな。アレン、よく持ちこたえた」
バーンがのんびりとした声で言った。
「アレン、今日は少し休め。飯は俺が多めに作るから」
帰りの馬車の中は、いつもより少し静かだった。
ガルドが珍しく声を落として言った。
「アレン、お前が倒れたら俺たち終わりだぞ。無理すんなよ」
レオンが窓の外を見ながら続ける。
「ははっ、認めるのは癪だが……お前がいなかったら、今頃俺たちはもっと苦労してただろうな」
バーンがのんびり言う。
「アレン、感謝してるぜ。これからもよろしくな」
アレンは小さく微笑んだ。
「みんな……ありがとうございます」
ギルドに戻ると、ミリアがカウンターから少し心配そうな顔で声をかけてきた。
「無頼の牙のみなさん、おかえりなさい! ……アレンさん、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
アレンが報告を終えると、ミリアは優しく言った。
「霧の古城は冷たくて視界が悪いですよね。無理はしないでくださいね。このパーティー、どんどん目立ってほしいんですけど……みんなが元気でいてくれるのが一番です」
その夜、『鉄の杯』では四人がいつものテーブルに座っていた。
今日は霧の冷たい疲れが残る中、静かに酒を飲んでいた。
ガルドがジョッキを掲げたが、トーンは少し低めだった。
「無頼の牙に乾杯……今日はみんな、お疲れ」
レオンがワインを注ぎながらアレンを見た。
「アレン、今日は特に負担が大きかったな。少しペースを落としてもいいんじゃないか?」
バーンが肉を焼きながらのんびり言う。
「アレン、今日はゆっくり休め。俺が飯を多めに作ったから、たくさん食え」
アレンはジョッキを手に、静かに言った。
「みんな、ありがとうございます。まだ大丈夫です。でも、気遣ってくれて嬉しいです」
四人は静かに酒を飲み、今日の戦いの話を少しずつ交わした。
霧の古城での苦戦。
回復を連発する日々の積み重ね。
そして、仲間たちが自分を気遣ってくれる温かさ。
アレンは麦酒を一口飲み、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
追放されてから二十九日。
無頼の牙での日々は、試練を増やしつつ、確実に「仲間」というものを教えてくれていた。




