65話 監禁
闘技場を包んでいた騒然がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃。
無い野が戻ってくると、
あの執事が既に待っていた。
「お疲れ様でございます、無い野様」
血と死の臭いがまだ残るコロシアムの中で、
その声だけが異様なほど穏やかだった。
「次の二回戦までおよそ三時間ほど空きます」
無い野は無言で執事の目を見る。
「どうぞ、休憩室へご案内いたしましょう」
翔馬は眉をひそめる。
「……休憩室?」
「ええ、下界から来られた皆様専用の控室でございます」
無い野は無言のまま歩き出し、
翔馬、花野、当て野、無闘もそれに続いた。
しばらく無機質な回廊を進む。
闘技場の喧騒が遠ざかるにつれ、
代わりに見えない視線が増えていく感覚があった。
翔馬はふと思い出したように口を開く。
「……そういえば」
執事の背中に問いかける。
「Fと田野は?」
一瞬だけ執事の足が止まった。
だがそれは本当に一瞬で、
すぐに何事もなかったかのように振り返る。
「ご安心ください」
微笑みを崩さず、淡々と告げる。
「お二人は――特等席で観戦しておられますよ」
「特等席ぃ?」
無闘が低く聞き返す。
「はい、多死Ross様の要望です。
招待した下界人は丁重に扱えと。」
「ふーん……いいなあいつらはよー、何もせずに応援してるだけなんて」
執事の言葉に翔馬は嫌な引っかかりを覚えた。
(丁重……?)
だが問い詰める前に通路の先が大きく開ける。
「こちらです」
扉の向こうには、闘技場とは対照的な空間が広がっていた。
柔らかな光。
整えられた椅子と机。
壁には神界の文様が刻まれている。
まるでVIP待遇のようだった。
「どうぞ、ご自由にお使いください」
執事はそう言って一礼する。
「三時間後、またお迎えに参ります」
扉が静かに閉まる。
その音がやけに大きく響いた。
花野が小さく息を吐く。
「……Fと田野、大丈夫かな」
「確かに執事がああ言ってるとは言え不安だな……探しに行くか?」
当て野が部屋を見回しながら言う。
無闘は部屋にあった菓子折りのようなものを凝視しながらそれに答える。
「Fが居るし大丈夫だろ、あいつも俺程じゃねえけど強いからな」
「無闘それ食うなよ、何が入ってるか分かんねえ」
翔馬が菓子折りを持った無闘の手を掴む。
無い野は壁にもたれかかり、目を閉じたまま言った。
「フン……あの女はともかく田野とかいう奴は殺されていてもおかしくないな」
「おい……無い野……」
翔馬は拳を握りしめる。
(多死Ross……もしもF達に手を出したら……)
ここでは命も、戦いもすべてが娯楽だ。
そして三時間後、
再び殺し合いの舞台に立たされる。
(次はどんな奴と戦わされるんだ……)
その頃。
重い金属音が静寂を引き裂いた。
――ガシャン。
Fはわずかに顔をしかめた。
両腕は背後で固定され、
椅子ごと床に縫い止められている。
「……チッ」
力を込めてもびくともしない。
隣では田野が荒く息を吐いていた。
「クソ……何だよここ……」
答えはすぐ目の前にあった。
巨大なガラス越しに広がる、
神界コロシアム全景。
闘技場を見下ろす最上階の観戦室。
装飾は豪奢で、床には神界特有の紋様が浮かび上がり、天井からは淡い光が降り注いでいる。
「田野!だから言ったじゃん!ノコノコ着いてくのは危ないって!」
「え!?早くしろって急かしてなかった……?」
その時、背後のドアが開いた。
「……特等席って訳?」
Fが吐き捨てる。
その声を待っていたかのように、
背後から拍手が響いた。
「ははは……いやぁいい反応だ。
どうだい?いい眺めだろ?」
ゆったりとした足取り。
振り返らずとも分かる
この場の“主”。
「退屈しないようにと思ってね」
田野の背筋が凍る。
「……誰だよ」
「おっと、失礼」
声の主はガラス張りの前に立ち、
闘技場を見下ろしながら名乗った。
「神界七天神所属――多死Rossだ」
その名を聞いた瞬間、
Fと田野は同時に息を呑んだ。
(七天神……!)
「安心してくれ」
多死Rossは肩をすくめる。
「君たちは観客だ、今のところはね」
「違う!本当に観客だと思ってんならこの鎖解け!」
Fが睨みつける。
多死Rossは振り返り、
楽しそうに微笑んだ。
「まあ落ち着いて観戦しようぜ、せっかくの特等席だ。」
そしてガラスの向こうを指差す。
「ほら、始まった」
その瞬間、闘技場に歓声が爆発する。
神界人同士の殺し合いが繰り広げられている。
田野の喉が鳴った。
「素晴らしいだろう?」
多死Rossは心底楽しそうに言った。
「俺が生まれるずっと前から代々受け継がれてきた神聖で野蛮な最高のshowだよ。」
Fは歯を食いしばる。
「あんたの代で終わりにしろよ、こんな腐った大会。」
「そういう訳にも行かないんだよな」
多死Rossは椅子に腰掛け、足を組む。
「もう言わなくても分かるとは思うが君達は保険だ」
Fと田野は多死Rossを睨みつけた。
「無いとは思うが無い野達がもし優勝してしまった場合のね」
まるでFと田野は眼中に無いようにガラス越しにアリーナを見つめる。
「勝ったとしてもあいつらはもう逃げられない……絶対にな。」
田野が震える声で叫ぶ。
「……ふざけんな……こんなの汚いぞ……!」
多死Rossはふっと表情を消した。
「勘違いするな」
声が低くなる。
「下界人ごときが俺達と対等に立ったつもりか?
ククク……吐き気がするな」
一瞬。
部屋の空気が歪んだ。
神の気が壁を、床を、椅子を軋ませる。
「これでも歩み寄ってやったつもりなんだぞ?それとも下界で暴れてやった方が良かったか?」
多死Rossは再び笑った。
「無い野め……堕天ごときが俺に生意気な口を聞きやがって……あいつの絶望する顔が楽しみだぜ。」
ガラス越しに次の死闘が始まろうとしている。
Fは拳を握りしめた。
(無闘……!翔馬……!)




