64話 祝福しろ
『――――開始!!』
開始の音が鳴り響くと同時に取り出し器具野は器具を肩に担ぎながら嗤う。
「おい下界人……俺は優しいんだ。
最初に一発だけ殴らせてやる」
「……何?」
「最初で最後のチャンスを与えてやるって言ってんだよマヌケ、どうせお前は俺に一撃だって入れられやしねえんだからな」
無い野はその言葉を聞くと構えを解き
同じく嗤った。
「そうか……では、遠慮なく行かせてもらおうか。」
「ククク……やってみろよ……」
歩脚身取り出し器具野が自身の神の気を解放し、自身に纏わせる。
「この俺の神鎧を破れるものならな。」
ドォッッッ!!!!
コロシアム外の翔馬達もその圧に警戒する。
――ドンッ!!
とんでもない圧が闘技場を叩き潰した。
神の気が爆発的に膨れ上がり、
床の石畳が悲鳴を上げる。
無い野は飛んできた石の破片を破壊し蒼の気を巡らせた。
「うおおおおお!!」
「来たぞ!!取り出し器具野の本気だ!!」
「一発なんて喰らってやる必要ねえ!!さっさとぶっ殺しちまえ!!」
観客席は狂乱だった。
(ククク……一撃なんて喰らってやる訳ねえだろ馬鹿が……意気揚々と近づいてきた所を不意打ちでぶっ殺してやるよ……)
取り出し器具野の甲殻が軋み、
脚部の器具が神の気を帯びて赤く光る。
「どうした下界人?早く来い、まさか腰が抜け――」
その言葉は最後まで出なかった。
無い野が消えた。
否、違う。
無い野そのものが最初から存在しなかったかのように世界から姿を消した。
「……?」
取り出し器具野が違和感に眉をひそめる。
ブチッッ。
生々しい音がコロシアム内に響き渡る。
「え……」
観客の誰かが無意識に声に出す。
無い野は既に取り出し器具野の背後に立っていた。
ゼロ距離。
回避も、防御も、思考すら許さない間合い。
無い野の右手が静かに下ろされている。
その手には――
取り出し器具野の首があった。
「……は?」
バシュッッ。
断面から勢いよく血が飛び散った。
神の気が白く霧散していく。
胴体が遅れて前に倒れる。
ズゥン……。
音だけがやけに大きかった。
コロシアムが完全に沈黙した。
『………』
司会者の声すら出ない。
無い野は興味なさげに首を見つめ、
それを放り出す。
転がるそれを一瞥し、淡々と告げた。
「このコロシアムの全員へ告ぐ……」
「祝福しろ……王の帰還を。」
次の瞬間。
観客席のあちこちから、
恐怖と熱狂が入り混じった叫びが噴き出した。
「な……何だ今の……」
「取り出し器具野が……一瞬で……」
「下界人……いや、あいつ……」
「無い野って……まさか……」
翔馬は拳を強く握り締めていた。
(あいつ……先生との戦いからまだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのにもうあんなに……)
無い野はすでに次を見据えていた。
沈黙がいつまでも続いた。
コロシアムの誰もが、
今起きた出来事を理解できていなかった。
司会席の神界人が喉を鳴らす。
マイクを握る手がはっきりと震えていた。
『……し、勝者……』
一度、言葉が途切れる。
『……勝者、無い野……!』
光の壁が闘技場から消失する。
終了の合図。
その瞬間。
歓声ではなく、ざわめきが闘技場を覆った。
「嘘だろ……」
「なぁ……あの無い野ってもしかして……始まり野一族……?」
「嘘だろ……じゃあ神界人って事か?何で神界人が下界人の味方してんだよ」
対戦相手の控えにいた残り四人は、
青ざめた顔で無い野を見ていた。
脚が震え、武器を握る手に力が入らない。
「お、おい……」
「どうする……!?つ、次……誰が……」
「ふざけんな!あいつが瞬殺されたんだぞ!俺らで敵う訳ねえだろ!」
誰も前に出ない。
無い野はため息を一つ吐いた。
そして――観客席ではなく、
対戦相手の四人だけを見据えて言う。
「……何をしている」
「早く、次を上げてこい」
その言葉が決定打だった。
「ヒッ……!」
一人が無意識に後ずさる。
だが逃げ場はない。
司会が動揺しながらも叫ぶ。
『つ、続行……!』
『先鋒無い野、連戦を――』
最後まで言い切る前に、四人は逃げ出していた。
「う、うわあぁぁぁぁ!!」
「無理だ!!逃げろ!!」
「お、おい!!ふざけんな!!待てよお前ら!!」
――ドン。
床が砕ける。
一人目。
「ギャッッ!!!」
影が交錯した次の瞬間、胴体が二つに裂けていた。
「面倒だ……残った奴まとめてかかってこい。」
司会は衝撃でマイクを地面に落とす。
「え……ちょっ……ルール……」
二人目。
悲鳴を上げる暇すらなく、頭部が消失する。
三人目。
神の気を張り、防御をしようとする素振りを見せたが無い野の一撃がそれを否定した。
――存在ごと削り取られる。
四人目。
「す、すいません……!!許し――」
膝をつき、命乞いの言葉を絞り出そうとしたその時。
「面汚しが。」
いつのまにか背後に立っていた多死Rossの指が、軽く触れた。
「ガッッ!!」
身体が弾け、爆散する。
「お前らごときにこの神聖なコロシアムに立つ資格はない。」
時間にして十数秒。
五人分の死体が闘技場に転がっていた。
司会は完全に声を失っている。
観客席もさっきまでの熱狂が嘘のように静まり返っていた。
――殺しを娯楽としてきた神界人達が、
見てはいけないものを見た顔をしていた。
無い野は血を被った自身の手を見下ろし、
淡々と呟く。
「多死Ross、貴様……まさかとは思うがこんな茶番に俺を付き合わせるつもりか?」
同じく血を被った多死Rossがそれに答える。
「安心しろ、こいつらが雑魚だっただけだ。
二回戦からはそれ相応の相手を出す。」
「哀れな勘違いだな、こいつらが雑魚なんじゃ無い、俺が圧倒的に強いだけだ。
多死Ross……お前よりもな。」
その背中を翔馬は黙って見つめていた。
(これが……本気の無い野……)
そしてコロシアム観客席上部。
絶句し静まり返る観客達に反比例し、その男は愉快そうに笑っていた。
「なるほど……あいつが噂の無い野か、確かに中々の気を持ってる。」
隣のフードを被った少女が無表情で反応する。
「……うん、それであっちが亜里野。」
「亜里野翔馬か、で?主人格はどっちなんだっけ。」
フードの少女、夢野は呆れながらその男の方を向いた。
「何回も言ってるじゃん、無い野が私達の元々の主人格。」
「あぁ、そうだそうだ……悪いね毎回。」
司会席の神界人が慌てて地面のマイクを拾う。
『けっ、決着です!勝者下界チーム!』
神界の運命が今この瞬間、変わろうとしていた。




