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亜里野ストーリー  作者: 与志野 音色
2部神野ストーリー1章 神界トーナメント編
60/68

60話 出入り口


——翔馬。


誰かが名前を呼んだ。


返事をしようとした瞬間、気づく。

身体がまったく動かない。


指先も、瞼も、声帯すらも。

意識だけがハッキリしている。


——翔馬。


再び、声。

今度は少し近い。


低くも高くもない。

どこか幼く、澄んだ——小さな女の子の声。


(……誰だ……?)


そう思った刹那。


「……起きて」


囁きが耳元で弾けた。


——ハッ、と。

翔馬は上半身を跳ね起こした。


「……っ!」


荒く息を吐き、周囲を見回す。

見慣れた天井、自室。

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


「……夢か」


額に浮かんだ冷や汗を拭い、胸に手を当てる。

心臓はまだ速い。


蒼気との闘いから——約一ヶ月。


町は復興が進みつつあった。

崩れた建物は少しずつ撤去され、仮設の道路が引かれ初め、人の声も少しずつ戻ってきている。


だが。


テレビをつければ、どのチャンネルも同じ話題だ。


「原因不明の大規模消失」

「未曾有の災害」

「専門家による調査継続中」


真実には誰も触れない。


そして——神界高校。

翔馬たちの通うその学校は今も休校中だった。


「……まだ何も掴めてない、か」


呟きながらスマホを手に取る。

無闘達と共に、野神のいる“神界”について調べ続けているが、決定的な情報は未だ見つかっていない。


まるで世界そのものが意図的に隠しているかのようだった。


その時。


スマホが短く震えた。


「……?」


画面を見る。

発信者は——無闘。


ほぼ同時に、Fからも着信が入った。

嫌な予感が背筋を走る。


通話を繋ぐより早く、メッセージが表示された。


『翔馬、聞いてくれ』

『今、神界高校から妙な気配がする』


翔馬の指が止まる。


『休校中のはずなのに何かいる』


Fからの追撃。


『場所は校舎の中心部』

『嫌な感じがする、かなりだ』


翔馬は静かに息を吸った。

夢の中で聞いたあの声が脳裏をよぎる。


——起きて。


(……呼ばれてるってことかよ)


スマホを強く握りしめ、立ち上がる。


神界高校。

そこは始まりの場所。


翔馬は田野に連絡を入れ、簡単に状況を伝えた。

余計な説明は要らなかった。


『……わかった、すぐ準備する』


それだけで十分だった。

二人は合流し、神界高校へと向かう。


——本来なら、笑い声と部活の掛け声が響いているはずの通学路。


だが今は人影ひとつない。


校舎が見えてきた瞬間、空気が変わった。


「……ここか」


門の前には、すでに二人の姿があった。


無闘と否定者F。

どちらも腕を組み、校舎を睨みつけている。


「遅かったな」


無闘が振り返り、翔馬を見る。


「無い野は?」


その問いに、翔馬は首を横に振った。


「知らない、あいつなりに調べてるっぽいけど……連絡手段も無いし」


少し間を置いて苦笑する。


「当て野も花野もどこにいるんだか……」


「……そうか」


無闘はそれ以上追及しなかった。

代わりに校舎へと視線を戻す。


「とにかく、中に入って様子を見よう」


その言葉にFが小さく頷く。


その時。


「すみません……遅れました……」


背後から聞き覚えのある声が響いた。

全員が振り返る。


「え……フンペチ!?何で?」


翔馬が目を見開く。


そこにはかつての敵、フンペチの姿があった。


「私が呼んだ!」


Fが元気よく手を挙げる。


「人数は多いに越した事ないからね、皆んなで探そ!」


軽い調子で言い放つ。


翔馬はまだ少し驚いたままフンペチに視線を向けた。


「あれ……抹殺斗はいないのか?」


フンペチは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せる。


「抹殺斗さんは……まだ入院中なので……」


その言葉に横から田野が口を挟む。


「フンペチは治したんだけど……抹殺斗には拒否されちゃってさ」


肩をすくめる。


「まあ、あいつらしいっちゃらしいけどね」


無闘が一歩前に出る。

校舎を見据えたまま、短く言った。


「とりあえず行くか」


その一言に全員の空気が引き締まる。


「オッケー!」


Fが軽く答える。


静まり返った神界高校。

翔馬達の足音だけがやけに大きく響いた。


校門は閉まっている。

本来なら固く施錠されているはずだ。


だが無闘が触れた瞬間——


ギ……ィ……。


金属が擦れる音を立て、校門が簡単に開いた。


「あれ……開いてる……?」


「……歓迎されてる、ってわけか。」


田野が低く呟く。


無闘は気にする様子もなく、先に足を踏み入れた。


「"神界高校"………祝福の件といい分かっちゃいたが……やっと尻尾を見せてくれたな。」


五人は静かに校門を抜ける。

背後で校門が——


ガシャン、と重く閉まった。

逃げ道を断つように。


中は異様なほど静かだった。

いつもの生徒や先生達の賑やかな雰囲気は皆無。


なのに。


「……なんかいるね」


Fが確信をもって言った。


翔馬も感じていた。


視線の奥。


“見られている”。


だが、向こうの姿は見えない。

翔馬は無意識に拳を握る。


正面玄関に辿り着いた一同。

無機質なガラス扉の前で、無闘が手をかける。


ガチャ。


当然のように、びくともしない。


静まり返った校舎に、その音だけが虚しく響いた。


「そりゃそうか……どうする?」


無闘が軽く肩をすくめる。


「職員室に鍵あるじゃん!それ取ってきてよ!」


Fが即座に提案する。


「いや……職員室も閉まってんだろ、この状況じゃ先生も居ないだろうし」


無闘の現実的な指摘。


一瞬、沈黙が落ちる。


その時。


「私に任せて下さい……」


フンペチが一歩前に出た。

懐に手を入れ――


ジャラジャラ……


重たい音と共に、大量の鍵束を取り出す。


「え……その鍵何だ?」


翔馬が思わず聞く。


「合鍵です、ここの校舎の全ての」


さらっと言い切る。


「何でそんなの持ってんだよ……」


誰もが同じことを思っていた。


フンペチは気にする様子もなく、鍵の束から一本を選ぶ。


カチャ。


あっさりと鍵が回る。


ガチャリ、と音を立てて扉が開いた。


「開きました」


当然のように言う。


「いや、怖……」


田野が小声で呟く。


五人はそのまま校舎内へ足を踏み入れる。


下駄箱。

いつもなら靴が並び、生徒達の声が響く場所。


だが今は誰もいない。


靴も少なく、空気は重く淀んでいる。

五人の足音だけがやけに響いた。


静寂に包まれた校舎の中へ。


「手分けしよう」


下駄箱に着くなり、無闘がそう切り出した。


「この気配、校舎全体に広がってる。

固まって動くより三手に分かれた方が早い」


Fが即座に補足する。


「連絡はスマホで。

異常があればすぐ共有ね。」


翔馬と田野は顔を見合わせ、頷いた。


「じゃあ——」


「東校舎を俺と田野が行く」


翔馬が言うと、無闘は西校舎へ視線を向ける。


「フンペチとFは西だ、俺は校庭の方を探してみる。

無理はするなよ」


「こっちの台詞だよ」


短いやり取りの後、五人は背を向けた。

それぞれの校舎へと足音を分ける。



東校舎。


廊下は薄暗く、やけに空気が重い。


窓から差し込む光はあるはずなのに、どこか色が抜け落ちて見えた。


「静かすぎるね、当たり前だけど……何か怖いな」


田野が小さく言う。


「ああ」


翔馬は歩きながら、違和感を探っていた。


そしてふと、足を止める。


「……ここ」


翔馬は何気ない廊下の壁に手をかざした。

触れた瞬間、微かな震えが指先を走る。


「これ……」


目を閉じる。


集中すると感じ取れる。

空間に染みついた、淡い波動。


「……神の気?」


自分が蒼気と戦った時に纏っていたものとよく似ている。


だが、完全に同一ではない。


「神の気って……前に翔馬が使ってたあれ?」

「俺と同じ系統……でも、もっと古い感じだ」


残滓。

すでに主を失った力の名残。


「ってことは……」


 田野が息を呑む。


「ここに翔馬と同じ様な……神がいた?」


「間違いないな……」


(しかもこの感じ、今日や昨日じゃない……だいぶ前の残滓だ……相当気が濃かったのか?それとも……)


翔馬は廊下を見渡した。


よく見ると、同じ感覚は一箇所だけじゃない。

教室の前、階段の手すり、天井の梁——


点在している。


「一時的じゃない。

長期間、ここにあった感じだ」


「マジか……何で今まで気づかなかったんだろ」


「蒼の気とはまた気配が違うからな……すぐそこにあっても分からなかったんだ」


その瞬間、翔馬のスマホが振動した。



一方、西校舎。


フンペチとFもまた同じ異変に行き当たっていた。


「……やっぱり」


Fは拳を握る。


「ここにも濃いのが残ってる」


フンペチが周囲を見回しながら言う。


「これが神の気なんですか……確かに違和感はあったけど……気づきませんでした……」


Fは、ある可能性に辿り着く。


「ここは……神界と下界の“接点”なんじゃない?」


フンペチが静かに驚きの表情を見せる。


「もしかして……私達に突然祝福が発現したのは……」



「神界高校、か……」


校庭、体育倉庫内。

フンペチの合鍵で扉を開けた無闘は鼻で笑う。


「ふざけた名前だと思ってたが……成る程な」


倉庫内を見回しながら思考を続ける。


(神界側の連中が下界との中継の為に意図的に作った場所……神界への入り口がある!)


無闘がそう結論づけたその時、スマホが鳴った。


《こっちも同じだ》

《神の気の残滓が校舎中にある》


翔馬からのメッセージだった。

無闘は短く返信する。


《やっぱりな》

《ここは普通の学校じゃない》


画面を閉じ、無闘は体育倉庫内にある掃除用具入れを見据えた。


数ある中でも特にここに染みついた神の気の残滓。


「……となると」



「とりあえず神界への出入り口を探さないとね」


Fの言葉にフンペチはゆっくりと頷いた。


「神界ですか……何だか現実味がありませんでしたが……本当に……」


――コツ。


乾いた音が廊下の奥で鳴る。

瞬時に翔馬は振り返った。


「ん……?」


翔馬は確かに見た。


薄暗い廊下の先、

小さな影が角を曲がっていくのを。


「……今の……」


反射的に声が漏れる。


背丈は低い。

小学生、いやそれより幼いかもしれない。


白っぽいワンピース。

短いおかっぱの黒髪。


不自然なほど、この場所に合っていない存在。


「こんなところに……?」


翔馬の胸に言いようのない既視感が走る。


知っている。

――会ったことがある。


だが、思い出せない。


翔馬は隣にいた田野を見る。


「なあ、今の……見たか?」


「……え?」


田野は、きょとんとした顔で首を傾げた。


「今のって……何?」


その瞬間背筋が冷えた。


「……小さい女の子がいたろ、今奥に行った」


「はぁ?こんな所にいる訳ないだろ」


田野の声が少しだけ低くなる。


沈黙。


翔馬はもう一度廊下の奥を見る。

当然そこには誰もいない。


だが――


(……気のせいじゃない)


確信だけが残っていた。


「……追うぞ」


「おい、ちょっと待て――」


田野の制止を振り切り、

翔馬は廊下の奥へ走り出す。


「翔馬!どこ行くんだよ!」


田野も後を追った。


角を曲がり、さらに奥。


そこはかつて文化祭でサメが壊し、急遽建て直さ     れた仮校舎。


足音がやけに響く。


――その時。


ふっと、空気が変わった。


重い。


空間そのものが沈み込んだような感覚。

翔馬は無意識に立ち止まる。


(……神の気……?)


微弱だが、確かに感じる。


それも――

自分と似ているが、決定的に違う質。


底が見えない。


「……ここだ」


翔馬の視線の先。

古い教室の扉がわずかに開いていた。


一方その頃。


フンペチとFは西校舎ニ階にいた。


「……ねえ、気づいた?」


Fが小声で言う。


「はい……」


フンペチも同じものを見ていた。


男子トイレ。

確かに人影が入った。


だが――足音が消えた。


「……妙ですね……」

「慎重に行こっか」


二人は息を殺して近づく。

フンペチがゆっくりとトイレの扉に手をかける。


ギィ……。


軋む音。


中は薄暗く、個室が並び水滴の音だけが響いている。


「誰かいる〜?」

「ちょっ……Fさん……」


無音。

返事は、ない。


Fが一歩、踏み込んだ瞬間。


――ピチャ。


足元に冷たい感触。


「……水?」


違う。


床に広がるそれは窓から当たる日光を浴び、赤黒く光っていた。


(血………!)


「……Fさん……」


「分かってる……」


Fは確信する。


(ここ……繋がってる)


下界とどこか別の層。


神界高校。

その名が初めて現実味を帯びた。


Fは拳を握る。


(ここに答えがある……)


その瞬間。


個室の一つが、

――内側からコン、と叩かれた。


二人は同時に構える。


次の瞬間。


ギィィ……。


扉がひとりでに開いた。


誰かいる。


Fとフンペチは息を呑む。


神界高校の最大の謎が今、解き明かされようとしていた。


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