56話 絶対不可避
翔馬は止まらない。
一歩ごとに世界が途方もない彼方へ置いていかれる。
蒼気の視界に映る翔馬はもはや人の形すら保っていなかった。
重なり合う残像。
時間差で追いつく衝撃。
(全く見えない……!カウンターすらも空を切る……なら!)
蒼気は気を感知に回す。
視覚を捨て、気配と波動だけで位置を捕捉する。
――だが。
それすら追いつかない。
翔馬は加速し続けている。
一定の速度ではない。
上限が存在しない。
踏み込むたび、身体が悲鳴を上げるたび、それを超えていく。
翔馬の加速によって生じる自身を潰そうとする強烈なG(重力加速度)と空気との摩擦。
何重にもかけた蒼鎧でそれらを防御し、加速を更に加速させる。
最早世界の理ですら彼を縛る事は不可能。
無限の速度。
「くっ……!」
(速度に比例して威力も上がっている……!このままじゃどこかの一撃で即死!!)
蒼気の防御が全く追いつかない。
肘が脇腹に突き刺さる。
ドンッッ!!!!
空気が折れ、蒼気の身体が横に吹き飛ぶ。
「……ぐっ!!」
背後。
翔馬の拳がすでに振り抜かれていた。
「な――」
パンッッ!!!!!
衝撃。
背中から蒼が噴き出す。
(どこかで……どこかで限界がきて奴が止まる時が来る!!耐えろ!!堪えるんだ!!)
追いつけない、反応が遅れる。
蒼気もまた出力を上げる。
――それでも。
翔馬はさらに速い。
世界が翔馬の基準で進んでいる。
蒼気の動きが遅回しのように見え始める。
(馬鹿な……!final formの私が……!)
翔馬は蒼気の正面に立っていた。
いつの間にか。
「遅い。」
低い声。
蒼気は反射的に拳を前に突き出す。
だが翔馬は消え、拳は残像を捉えた。
次の瞬間。
蒼気の頬が、音もなく歪む。
衝撃は遅れて来た。
ドンッッッ!!!!!!
神を超越した一撃。
蒼気は地表へと叩き落とされる。
大地が割れ、蒼の爆煙が立ち上る。
翔馬は空中で静止する。
視線は落下地点へ。
蒼気は瓦礫の中で立ち上がろうとしていた。
だが――
膝が震える。
(……意識が……飛ぶ………!何という……パンチだ……!!)
蒼気の胸にはっきりとした焦りが宿った。
敗北。
その焦りは蒼気の中に恐怖と怒りを生み出す。
「……亜里野……翔……馬……!!」
次の瞬間。
翔馬の姿は再び消えた。
「……神界を……神を……舐めすぎだ……!!」
蒼気はゆっくりと両腕を広げた。
その瞬間、町全体の空気が沈む。
風が止まり、
音が死に、
蒼の気だけが世界を満たしていく。
足元の地面が、音もなく浮き上がる。
瓦礫、アスファルト、建物の破片――すべてが蒼の気に引き寄せられ、宙で崩壊していく。
(これは……!)
翔馬は直感した。
これは“攻撃”ではない。
殲滅だ。
町ごと、存在ごと消し飛ばすつもりだ。
「己の未熟さを知れ……!!」
蒼気の背後に、巨大な蒼の球体が形成されていく。
圧縮されたエネルギーの塊。
近づくだけで肉体が崩れる密度。
半径数百メートル。
触れれば原子レベルで分解される。
ドドドドドドドドド……!!!
その轟音に遠く離れてその様子を見守る無い野や無闘達も絶句する。
(蒼気の奴……あそこまでの余力を隠し持っていたのか……チッ、舐めやがって……)
無闘やF達は頭上を見上げ、その余りに強大な蒼の気に膝をつく。
「嘘だろ……こんなの……」
「それは違うでしょ……次元が……」
「これが避けれるか……!翔馬……!」
蒼気が轟音の中叫ぶ。
「この町と共に消えろ!」
蒼の球体が脈打つ。
町が悲鳴を上げた。
荒廃した建物の壁に亀裂が走り、ガラスが粉々に砕け、遥か遠くで人々の叫び声とサイレンがかすかに聞こえる。
(このまま撃たせたら……やばい!!)
翔馬は歯を食いしばる。
(町は……!俺が守る!)
逃げる選択肢はない。
蒼気の視線が翔馬を捉えた。
「……愚か!!!」
ドゥッッッ!!!!!
放たれた。
蒼の塊が翔馬に、地面へ向かって前進する。
進路上の空間が歪み、建物が触れる前に崩壊し、
大地が触れる前に衝撃で削り取られる。
直撃すれば町は確実に消滅する。
「――ッ!!」
翔馬は踏み込んだ。
限界を無視した加速。
筋肉が軋み、神経が焼ける。
それでも止まらない。
翔馬は蒼の塊の側面へ回り込む。
(押すしか……ない!!)
両腕に全身の力を集中させる。
蒼の気ではない。
転生によって得た、別の“存在の力”。
神の気。
翔馬は気づかずともその力を無意識に使いこなしていた。
「止まれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
拳が、蒼の塊に触れた瞬間――
世界が弾けた。
ドッッッッッッッッ!!!!!!!
「ぐっ……ああああああッ!!」
ジュゥゥゥゥゥゥ……!!!!
肉体が悲鳴を上げる。
皮膚が裂け、血が蒸発する。
それでも翔馬は、押した。
「ぐぅぅぅぅ………ァァァア!!!!」
進路をわずかに、ほんの数度逸らす。
蒼の塊は町の中心を外れ、空へと軌道を変える。
次の瞬間、遥か上空で蒼が爆ぜた。
ドオオオオオォォォォォ!!!!!!
太陽が二つ生まれたかのような閃光。
衝撃波が町を包み、建物が一斉に揺れる。
無闘達はその光と衝撃に瞬きすら出来なかった。
「うわっ――」
(Flower Garden!!!)
花野が衝撃が届く刹那、なけなしの蒼の気を使い切り、植物のシェルターを創り出す。
ゴォォォォォォォ!!!!!!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「皆んな!!残ってる蒼の気で防御しろぉ!!」
近くにいた翔馬はその衝撃に耐える。
「ぐっ……!!」
ゴォォォォォォォ……。
そして爆音と光は消える。
町は残った。
「……はぁ……はぁ……」
翔馬の身体は限界を超えていた。
その時。
遅れてきた衝撃が翔馬を襲う。
「二発目だ……!!」
「!!しまっ――!」
蒼の塊の背後に蒼気が事前に作っておいた保険。
それは小さな蒼の集合体。
先程の塊に比べると限りなく小さい。
だが、それは今の翔馬の意表をつくには充分すぎた。
時間差のニ重の衝撃。
ドォッッッッ!!!
「――ッ!!」
翔馬の身体が宙を舞った。
音速を超える速度で地平線の彼方へと吹き飛ばされる。
瓦礫を貫き、空気が火を噴く。
意識が遠のく。
(……蒼……気……)
その思考を最後に、翔馬の視界は白に染まった。
一方、町の瓦礫の中。
蒼気は上空を見上げていた。
息が切れ、苦しそうに呼吸している。
(……まだ……死んではいないか……)
その思考にはわずかな苛立ちが混じっていた。
町は消えていない。
「ハァ……ハァ……あれを……弾き飛ばすとは……ハァ……保険をかけていて良かった……」
蒼気は地面へ着地し、静かに歩き出す。
吹き飛ばされた先――はるか彼方へ。
終わらせるために。
その時。
「……?」
何かが来る。
――視界が反転する。
空。
翔馬は仰向けで倒れ、じっと空を見つめていた。
音はもう存在しない。
(……綺麗だ。)
意識は途切れていなかった。
翔馬は瓦礫を退かし、立ち上がる。
身体は限界を超え、感覚は焼き切れ、
普通なら既に“死”に至っている。
だが、翔馬は笑った。
(――最高だ)
蒼気の放った圧倒的エネルギー。
吹き飛ばされ、
蒼気と翔馬の間に出来た明確な距離。
(助走は……十分すぎる)
翔馬は身体を捻った。
蒼気のいる方角へ――身体を向ける。
深呼吸をし、次の瞬間。
翔馬は足を踏み込んだ。
空間そのものを蹴るように。
「ハッッ!!!」
ドンッ!!
加速。
吹き飛ばされ続けた距離、蓄積された速度、
そして今ここからの能動的加速。
すべてが重なり合う。
世界が線になる。
視界は消え、時間が追いつかず、因果だけが遅れてついてくる。
(これが……俺の限界……!)
否。
(限界の“先”だ!)
翔馬の存在がもはや人としての形を保てなくなっていく。
それでも止まらない。
蒼気は異変に気づいた。
(……まずい!!!)
あり得ない速度で何かがこちらへ迫ってくる。
全細胞が警鐘を鳴らす。
気づいてから一瞬にも満たない速度で蒼気は即座に防御態勢へ移行する。
蒼の気を全身に纏い、空間歪曲による緩衝を展開。
だが――間に合わない。
「―――ゴハッッッ!!」
衝突。
翔馬の拳が、蒼気の防御を貫通した。
蒼の気が悲鳴を上げる。
空間歪曲が砕け、防御層が剥がされ、
蒼気の身体に、直接――
衝撃が叩き込まれる。
「〜〜ッッ!!!」
蒼気の身体がくの字に折れる。
音は後から来た。
ドッッッッッ!!!!!!!!
世界そのものが叩かれる音。
衝撃波が円状に拡散し、雲を吹き飛ばし、遠くの山々を揺らす。
蒼気はとてつもない速度で地平線へ吹き飛ばされると共に地面へと叩き落とされた。
何度も跳ね、何度も削られ、最後に深く地面に埋まる。
静寂。
翔馬は空中で止まった。
全身から蒸気のように気が漏れている。
立っているのが不思議なほど身体は壊れかけていた。
「ハァ……ハァ……身体痛……」
翔馬は決着へ向かって歩き出した。




