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亜里野ストーリー  作者: 与志野 音色
4章 蒼の気を持つ者編
57/68

57話 轟く。


胸の奥が妙に静かだった。


戦いの熱も、痛みも、一瞬だけ遠のく。


――記憶が、浮かび上がる。


小学生の頃。

その日は保護者合同下校の日だった。


校内放送が流れ、教室の扉が次々と開き、

子ども達は親の元へ駆け寄っていく。


「ママー!」

「お迎えありがと!」


笑い声。

手を引かれる音。


翔馬は席に座ったままそれを眺めていた。

隣の席には、与志野。


二人とも立たない。

立てない。


迎えに来るはずの人が――いないからだ。


時間が少しずつ過ぎていく。


教室の人数が減るたび、

胸の奥に何かが沈んでいく。


(……来る訳ないか……)


翔馬は分かっていた。


今日も。

明日も。

これから先も。


いくら待とうと来る事はない。

自分は捨てられたのだから。


与志野も同じだった。


二人は何も言わず、ただ机に手を置いていた。


やがて。


教室には二人だけが残った。

夕方の光が床を長く伸ばしている。


その時。


「……翔馬くん、与志野くん」


担任の先生が心配そうに声をかけた。


「よかったら……先生と一緒に帰ろうか」


無理に明るくした声。


二人は同時に顔を上げた。


――その瞬間。


「遅くなったな」


教室の扉が開いた。

そこには背の高い男が立っていた。


少し乱れた髪。

優しそうで、どこか疲れた目。


青木だった。


「……え?」


翔馬が目を瞬かせる。

与志野も、固まったまま蒼気を見る。


「迎えに来た」


青木はそう言って微笑んだ。


「二人共、帰ろう」


帰り道。

夕焼けの中、三人で並んで歩いていた。


青木は二人のランドセルを持っている。


「……先生」


翔馬がぽつりと口を開いた。


「今日は……ありがとう」


与志野も小さく頭を下げる。


「迎えに来てくれて……」


青木は少し困ったように笑った。


「当たり前だ、今は私が保護者みたいなもんだからね」


児童養護施設の前に着いた時。


翔馬は思わず本音をこぼした。


「……親が……」


言葉が詰まる。

与志野が続けた。


「青木先生だったら……よかったのに」


一瞬、沈黙。


青木は二人の頭に手を置いた。


「……そう言われるのは、嬉しいがな」


少しだけ声が低くなった。


──


翔馬は瓦礫の中に立っていた。


地面は抉れ、アスファルトは砕け、

建物だったものは影すら残っていない。


視界の端から端までただの破壊跡。

町だった痕跡はほとんど消え失せていた。


「……ハァ……ハァ……」


翔馬は、荒い呼吸を整えながら周囲を見渡す。


違和感はあった。

だが――それが何かは分からない。


既視感のようで記憶に引っかからない曖昧な感覚。


(……気のせいか……)


今はそんなことを考えている余裕はない。


少し離れた場所、クレーターの中心で蒼気も立ち上がっていた。


全身は傷だらけ。

蒼の気は、ほとんど底をついている。


(……まさかMODE蒼天が解除されるとはな……)


蒼気もまた周囲を一瞥するが、すぐに視線を翔馬へ戻した。


「……随分、吹き飛ばしたな」


それだけ。


この場所に特別な意味があるとは――

誰も思っていない。


かつて、夕暮れの中を三人で歩いた道。


ランドセルを背負い、

他愛もない話をしながら帰ったあの帰り道。


今はもう木っ端微塵に砕け散り、

原型すら失っている。


記憶と結びつくものは何一つ残っていなかった。


だから――


翔馬も。

蒼気も。


ここがかつて共に歩いた場所だとは気づかない。

ただ、互いに理解しているのは一つだけ。


――次が、最後だ。


翔馬は拳を握る。

蒼気も、静かに構えを取る。


互いに満身創痍。

蒼の気も、身体も限界の一歩先。


次の一撃にもう“その先”はない。


瓦礫の中、無言で二人は向き合う。


夕焼けも、帰り道も

もう思い出されることはないまま――


息を吸うだけで肺が軋み、

一歩動けば肉体が崩れ落ちそうになる。


それでも――


二人は構えを解かない。


瓦礫の上。

砕けた地面を挟み、翔馬と蒼気は向かい合う。


距離は数歩。


蒼気は、静かに拳を構えながら、

視線だけで翔馬を捉える。


(私の最後に残った(ちり)のごとき蒼の気……その全てを指に収束させ、攻撃を仕掛けてきた翔馬の喉を掻っ切る)


そのはずだった。


だが。

脳裏に声が蘇る。


――あんた……何がしたいんだよ。


翔馬の声。

問い。


蒼気は歯を食いしばる。


(何故今チラつく……それは……捨てた筈だ………!)


思考をかき消し、無理やり集中させる。

迷いは命取り。


――だが。


問いは消えない。

何度も何度も反復される。


(私は……野神様の為に……)


(私は……)


翔馬の目が細くなる。

呼吸が変わった。


(……全てを出し切る……ここで……殺す!!)


確実に勝てる保証はない。


ただそこにあるのは――殺意と死の覚悟。


足に力を込める。


蒼気もまた、踏み出した。


数センチの距離――


ドンッ!!!


激突。


拳と拳が交差する。


浅い。

両者は拳を紙一重で避け、致命傷を回避する。


互いに届かない。

だが、それでいい。


次が最後だ。


刹那。

翔馬の身体に電流が走る。


「――ッッ!?」


とんでもない激痛。

MODE昇天の弊害。


翔馬の身体が時が止まったように停止した。


蒼気が先に動いた。

残された蒼の気をすべて右腕へ。


カウンター、確実に勝つ為の保険を捨て勝機に突っ込む。


渾身の一撃。


速度も、威力も、かつての蒼気には程遠い。


それでも――当たれば終わる。


「――ッ!」


拳が翔馬の胸元を直撃した。


ゴッッッ!!!


衝撃。


骨が悲鳴を上げ、内臓が揺さぶられる。

翔馬の身体が後ろへ弾かれる。

 

大量の吐血。


「ゴハッッ……!!」


膝をつきながらも、翔馬は倒れなかった。


――生きている。


「ゴホッ……ハァ……ハァ……!!」


蒼の気がほとんど乗っていなかった。

蒼気は拳を見つめる。


(……何故……私は……!!)


その瞬間。

再び問いが浮かぶ。


――あんた……何がしたいんだよ。


今度は消えなかった。


(私の……望んだ世界……)


脳裏に光景が広がる。


夕焼け。

並んで歩く、小さな背中。


青木、翔馬、与志野。


他愛もない話をしながら、笑いながらただ帰っていく。


(……そうか)


蒼気は理解してしまった。


(私は……あの世界を……)


その瞬間。


翔馬が足を動かす。

もう力は残っていない。


意識も朦朧としていた。


――それでも。


胸の奥から、最後の一欠片を絞り出す。

覚悟と決意。


翔馬の拳が光を帯びる。


小さい。

脆い。

だが確かに“意思”を宿した光。


翔馬は前へ踏み出す。


蒼気は動かなかった。

避けなかった。


防御もしなかった。


ただ、静かに――翔馬を見ていた。


ドシュッッ。


光が、轟く。


翔馬の拳は蒼気の身体を――


一撃。

だが、それでも確実に。


蒼気を貫いていた。


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