55話 向かう先
――蒼気との戦いの少し前。
無い野と翔馬が死力を尽くして激突していた頃。
崩れた地面の先で、一人の男がうつ伏せに倒れていた。
大井死。
呼吸は荒く、指先は地面を掻いている。
――負けた。
無闘に、完全に。
「……クソ……」
立ち上がろうとして、力が入らない。
その時だった。
影が覆い被さる。
冷たい気配。
振り返るより先に大井死は悟った。
「……蒼気さん……」
蒼気は静かに立っていた。
いつもの穏やかな表情ではない。
任務を遂行する者の無機質な顔。
「……何処へ行っていた……!」
大井死は声を張り上げる。
「早く……無い野の所へ……!」
だが。
蒼気は動かなかった。
ただ一言。
「――野神様から、命令が下った。」
「……!!」
空気が凍る。
「無い野に紐づく人格その全てを抹殺せよ、とな。」
多い死の喉が鳴った。
言葉を失い、数秒。
そして――
「……なるほどな、どうやらあんたの方が……一枚上手だったらしい」
大井死は、乾いた笑いを零した。
「俺を……売ろうとしたな?」
蒼気の声は低い。
「……流石は元三剣神……」
大井死は否定しなかった。
しばらく沈黙した後、ぽつりと言う。
「……そもそもだ」
大井死は空を見上げる。
「無い野に野神様を殺させるなど不可能だ」
蒼気の視線が鋭くなる。
「……あんたが一番知ってるだろう……神界の七天神と三剣神……その強さ」
「俺らが何をしようと……勝ち目なんて最初から無い」
大井死はかすかに笑った。
「だから俺は……生き残れる方に賭けただけだ……」
沈黙。
蒼気は、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほどな」
大井死に一歩踏み出す。
「私と無い野を手土産にしてお前だけ神界へ戻るつもりだったわけか、だが……」
手を倒れた大井死へ向ける。
「お前は賭けに負けた」
大井死の瞳が揺れる。
「……最後に……息子に会いたかった。」
だが、蒼気はもう聞いていなかった。
掌に蒼の気が集束する。
「蒼気――」
バシュッッ。
言葉は最後まで届かなかった。
蒼の閃光。
大井死の存在が“削除”された。
「……無い野……」
自分に言い聞かせるように呟き、踵を返す。
向かう先は一つ。
無い野と翔馬。
⸻
ドンッッ!!!!
衝撃は音を置き去りにする。
爆風が遅れて広がり、
地面が何層にも剥ぎ取られていく。
蒼気は空中で体勢を立て直した。
(この威力……!本気の私と同格……いや!)
翔馬は追撃する。
瞬間移動ではない。
距離という概念を踏み潰すほどの超高速移動。
(それ以上!!)
蒼気は直感だけで回避した。
だが――
避けたはずの場所が、砕ける。
「……ッ!!」
蒼気の肩が抉られ、蒼が舞う。
蒼気の顔から余裕が消えた。
「くどい……!!」
蒼気は深く息を吸う。
蒼の気が身体の内側で圧縮されていく。
一点集中型の自己強化。
「ならば……」
地面を踏み抜く。
「私も……限界を超える!!」
次の瞬間。
ドクンッ。
蒼気の身体が、青白く発光した。
「MODE蒼天ッッ!!!」
ドドドドドドド……!!!
筋肉、骨格、神経。
すべてが蒼の気と完全に同調する。
自らの蒼の気を一定時間爆発的に増加させると共に肉体と蒼の気の完璧な調律を可能にし、無駄なエネルギーを一切使わず自身の全力以上の力を引き出す事ができる。
長年誰にも見せなかった“蒼の気の極致”。
翔馬がわずかに目を細める。
「……それがあんたの本気か」
蒼気は笑った。
「まあな……」
一瞬。
二人の姿が、同時に消える。
ドォォォッッッ!!!!!
拳、肘、蹴り、突進。
純粋な肉体戦。
だが一撃一撃が一帯を消し飛ばす威力を持つ。
無闘達は理解した。
(……これが神の戦い……)
蒼気の拳が翔馬の腹部にめり込む。
空間が折れ曲がり、
衝撃が何重にも遅延して炸裂する。
だが、翔馬は崩れない。
「グッ……ゔぅ……!!」
「なっ……!!?」
逆に、蒼気の胸元へ掌を当てた。
「あ、あんた……何がしたいんだよ……!」
静かな声。
「無い野を利用して……次は俺を利用しようとして……次はどっちも殺そうとして……!」
蒼気の瞳が揺れる。
「私は……野神様の望んだ世界を……」
「なら何で神界を壊そうとする……」
蒼気は明らかに動揺していた。
「十六年間俺を殺すチャンスがあったのに何で殺さなかった?人格分裂の時は?」
「黙れ……お前を殺して私は次へ進む……!私は――」
「もしも次へ進んだ時……それがあんたの望んだ世界じゃなかったら?」
蒼気が翔馬を凝視する。
「納得出来るのか……それとも妥協するのか?」
「ごちゃごちゃと……!!何が言いたい!?」
翔馬は拳を握りしめる。
「覚悟の話だよ……蒼気」
蒼の気がさらに圧縮される。
「もう油断も慢心もない……」
身体が限界を超えて軋む。
「ここで!!お前を殺す!!」
心臓が鼓動を加速させる。
思考を蒼が塗りつぶしていく。
ゴゴゴ……!!
蒼気は翔馬を真っ直ぐ見据える。
「神を殺すか……翔馬……」
蒼の気が臨界を超える。
(私は野神様の為……いや、違う……私は……)
蒼気の身体が光に包まれた。
それは自己崩壊寸前の兆候。
(私の……望んだ世界……)
無闘の喉が鳴る。
「あの光……まさか蒼気は……!」
蒼気は振り返らなかった。
ただ前を見る。
翔馬だけを。
そして――
蒼気もまた一歩、前へ踏み出した。
「final form。」
その言葉と同時に、周囲の空間が悲鳴を上げた。
蒼の気が物理法則を押し潰す。
翔馬は正面からそれを受け止める。
否。
受け止めた筈だった。
次の瞬間、翔馬の背後。
拳が、振り抜かれた。
――衝突。
空が割れる。
ドォッッッ!!!!!
翔馬は吹き飛ばされるが、
即座に空間を蹴り、体勢を立て直す。
(翔馬の鎧が一段と分厚くなっている……だが問題ない!この程度ならば再び物量で!!)
(さっきより数段速い……でもMODEとfinal formの同時発動!!反動はデカい!!)
翔馬もまたギアを上げ、踏み込む。
両者の速度が重なる。
正面衝突。
衝撃波が何重にも連なって爆散する。
蒼気は両腕を大きく広げた。
体内に蓄えた全ての蒼の気が外へと解き放たれる。
――圧。
空間そのものが押し潰され、
地平線が歪む。
ドォォォォォォォォォ!!!
「私の全力を……ここで開放する!!」
蒼気の声が轟音に掻き消える。
蒼の奔流が波ではなく“壁”となって翔馬へと押し寄せた。
逃げ場はない。
「来い!!来てみろ翔馬!!」
だが翔馬は踏み込んだ。
否、消えた。
次の瞬間、蒼の壁の内側に無数の残像が走る。
(馬鹿な……!速すぎる!)
蒼気の認識が追いつかない。
翔馬は止まらない。
加速、加速、加速。
蒼の圧力を踏み台にし、
衝撃を推進力へと変換する。
「――まだ……!」
翔馬の身体が光を引き裂く。
空間が歪み、時間が遅れる。
翔馬はさらに、圧倒的に速くなる。
(……ダメだ!見えん!)
蒼気は歯を食いしばった。
「なら……!」
蒼気は自らの身体を“核”にした。
蒼の気を拡散ではなく収束。
爆発寸前まで圧縮されたエネルギーが、
身体の輪郭を失わせる。
「ハァァアァァァ!!!」
その瞬間。
翔馬は蒼気の懐へ入った。
「なっ……!?」
「――関係ない!」
拳が、振り抜かれる。
蒼気のエネルギーと翔馬の速度が正面衝突する。
世界が一瞬無音になった。
次いで――空が砕けた。
ドッッッッッ!!!!!!
衝撃波が円形に広がり、雲が裂け、地表がめくれ上がる。
蒼気は吹き飛ばされるも何とか空中で体勢を整える。
「……っ!」
身体から蒼の光が零れ落ちた。
翔馬も蒼の気の爆発により逆の方向、遥か彼方に弾き飛ばされた。
だが翔馬もまたすぐさま体勢を立て直し、速度の中に姿を消した。
翔馬は止まらない。
もう一歩、さらに一歩。
速度が思考を追い越す。
(まだだ……!止まるな……!)
ゴォッッ!!!
「――ッ!?」
体勢を立て直し、地面に着地した蒼気の背後で風を切る音。
パンッッ!!!!
次いで聞こえたのは衝撃音。
蒼鎧があるとはいえノーガードの背中に鞭の様に翔馬の拳が叩き込まれた。
「がっ!!?」
「まだまだ!!」
ドドドドドドドドドド!!!!
無数の連撃が蒼気に猛威を振るう。
だが蒼気は退かない。
「……ッッ!この程度……!」
蒼の気が再び膨張する。
出力の限界を無視した解放。
二人は同時に踏み込んだ。
速度と出力。
互いの存在を消し去るための真正面衝突。




