54話 一月三日
MODE昇天 神野。
“それ”を前に、蒼気は一歩も動けずにいた。
喉がごくりと鳴る。
(……似ている……)
その存在が放つ圧は、かつて王都の玉座に立っていた“あの人物”と同質だった。
――十六年前。
全ての始まり。
蒼気の脳裏に、忌まわしい記憶が強制的に呼び起こされる。
⸻
その日、王は死んだ。
戦でも病でもない。
何者かに暗殺されたのだ。
玉座の間は、沈黙に包まれていた。
王の亡骸の前に立っていたのは、まだ若き野神。
そして――亡骸の腕に抱かれた赤子。
無い野。
王の唯一の血。
野神は赤子を見下ろし、冷たく言い放った。
「……危険だ」
その言葉に空気が張り詰める。
「この赤子は不吉の前兆だ、現にこの子が生まれてから神界では不幸な事ばかり起こっている……そう思わないか?」
蒼気は思わず前に出た。
「……何を仰っているのか理解できません」
野神は感情を見せず続ける。
「今、ここで抹殺する……それが最も合理的だ」
――その瞬間。
蒼気の蒼が爆ぜた。
「ふざけるな……調子に乗るなよ野神!お前はまだ王でも何でもない!」
蒼気は野神の前に立ちはだかった。
「王の……!あの方の唯一の子だぞ……!!
それを“危険だから”で殺すと言うのか!」
玉座の間全体が軋む。
他に集まっていた七天神達は蒼気の圧に押される。
蒼気の隣に立っていたもう二人の三剣神も不安そうに蒼気を見つめる。
「おいおい蒼気さん大丈夫か……殺されるぞ……」
「シッ、黙ってろ……巻き添えを喰らうのはごめんだ」
蒼気の怒りは本物だった。
野神は蒼気に視線を向ける。
「……ならば代案を出せ」
蒼気は即座に言った。
「私が無い野を監視する。
それでこの子が何かをすれば私の責任だ……その時は……私がこの子を抹殺する。」
一瞬の沈黙。
そして野神は視線を横に逸らす。
「……では取引だ」
その視線の先にいたのは――無い野。
まだ幼く、何も知らぬ王の子。
「こいつは神界から消す」
「なっ……!?」
「いや、正確には……」
野神は淡々と告げる。
「無い野を下界へ追放する」
蒼気の瞳が見開かれる。
「無い野は殺さない。
だが、王族としての資格も立場も全て剥奪する」
蒼気は歯を食いしばった。
「……それが……妥協だと言うのか……!」
「これ以上はない」
野神ははっきりと言った。
「そして……」
蒼気を見る。
「お前は三剣神の座を降りろ」
その言葉は、雷の様に玉座の間へ響いた。
七天神達がざわつき始める。
「え……三剣神の座を降りる……?蒼気さんが?」
「まさか……冗談だろ?」
「そして、共に下界へ堕ちろ。
無い野と"奴"の監視役として」
蒼気は長い沈黙の末――膝をついた。
「……分かった」
澄んだ青空のはるか彼方にその赤子はいた。
追放された事などまるで知らないようにその赤子はぐっすりと眠りについていた。
一月三日。
彼の数奇な人生は始まった。
⸻
記憶が現在へと引き戻される。
蒼気は目の前の存在を見る。
翔馬だったもの。
神に至った存在。
(……そうか……)
蒼気の声は掠れていた。
「お前は……最初から……」
翔馬は静かに告げる。
「これはお前が望んだ未来……」
蒼気の胸に何かが突き刺さる。
「そして――」
一歩、前に出る。
「お前が、見誤った未来だ」
蒼気は構え直した。
震えはない。
だが、覚悟が変わった。
「私が……見誤るだと?馬鹿を言うなよ翔馬」
蒼の気が再び世界を満たす。
「王の血であろうと、神に至ろうと――
ここで終わらせる」
無い野は無理矢理立ち上がり、舌打ちする。
「……偽物が。」
翔馬は空を見上げる。
「……行くぞ」
二つの存在が同時に踏み込んだ。




