50話 必中必殺
蒼気の影が倒れた二人を覆う。
蒼の爆撃がようやく止んだ頃、空に漂うのは砕けた瓦礫と焦げた蒼の残滓。
蒼気は一度、肩で息をした。
「ハァ……チッ」
ほんの一瞬。
だが確かに――消耗している。
(大技を撃ちすぎたか……)
その時。
瓦礫の山の向こうから一人の足音が響いた。
「随分と派手な技だったな……少しは消耗したか?」
蒼気が視線を向ける。
「……まだいたのか」
そこに立っていたのは――当て野。
蒼気は鼻で笑う。
「何か用か?当て野」
当て野は、ゆっくりと拳を握る。
「わざわざ聞くまでも無いだろう」
一歩、前へ。
蒼気の蒼が再び揺らぐ。
「フフ……これは意外だったな……冗談を言うタイプには見えなかったが」
当て野は静かに言い切った。
「……俺は冗談は言わん」
瞬間、当て野の蒼の気が深まる。
身体の中へ。
蒼が全身を駆け上がる。
(……これは……!?)
「――MODE反転。」
蒼が、当て野の身体を包み込む。
次の瞬間――
当て野の輪郭が、曖昧になった。
消えたわけじゃない。
そこにいるのに、焦点が合わない。
蒼気は即座に攻撃に移る。
瞬時に自らの気から創り出した蒼の槍。
直線最速の一撃。
――だが。
スカッッ。
当たらない。
槍は確実に当て野を貫く軌道だった。
だが、当たる寸前で――
当て野が"そこにいない"。
「……!?何だと……?」
蒼気は間髪入れずに連撃を放つ。
波動。
刃。
弾幕。
だが、全てが当たらない。
避けているのではない。
反応しているわけでもない。
攻撃が“当たるという結果”に辿り着かない。
(どういう事だ……まさか……)
その瞬間。
ドゴッ!!
蒼気の腹部に衝撃。
「……ッ!?」
当て野の拳が確実に叩き込まれていた。
防御は間に合っていた。
だが、衝撃は通る。
「名付けるなら当たら無い野……ってところか?」
当て野が言う。
「もうお前の攻撃が俺に届く事は決してない」
蒼気が距離を取る。
蒼の気を再構築しながら、目を細めた。
(攻撃が当たらない?自身の攻撃の必中は継続しているのか……?)
「……ふざけた能力だ」
蒼気が低く呟く。
当て野は笑わない。
「翔馬の借り……返させてもらうぞ。」
一歩、踏み込む。
「馬鹿が……貴様如きが私を――」
瞬間、咄嗟に蒼気が反射的に防御を張る。
ドン!!!
また一撃。
確実に、蒼気を捉える。
蒼気は歯を噛み締めた。
(想定外だな……一番厄介だったのは翔馬でも無い野でも無く……)
当て野は拳を下ろし、言った。
「反撃してみろ……出来るものならな」
蒼がさらに濃くなる。
蒼気は真正面から当て野を見据える。
軽んじる視線は、もうない。
蒼気は距離を取ったまま、当て野を睨んでいた。
(必ず当たる攻撃、絶対に当たらない防御……)
蒼の気を極限まで薄く広げ、空間全体を観測する。
蒼気は両手を広げた。
周囲数十メートル。
空間そのものに蒼の気を染み込ませる。
逃げ場はない。
当たるも当たらないも関係なく、存在している限り削る。
蒼気は確信していた。
(空間全体に私の蒼の気を霧のように染み込ませ、位置を特定する……!)
だが。
「小細工など無意味だ」
当て野の周囲だけが歪んでいる。
一歩。
蒼気の背後に回り込む。
ゴンッッ!!!
防御の上から、衝撃が走る。
「ッ……!」
蒼気は吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
(……面もダメか)
蒼気は即座に立ち上がる。
(物理攻撃がダメなら……自滅を待つしかないか)
蒼気は攻撃を止めた。
代わりに当て野を観察する。
呼吸、蒼の気の流れ、微細なズレ。
(反動は必ずある……こんな能力、無制限なはずがない)
だが、当て野は止まらない。
(考える暇は与えない!)
次の瞬間。
ドンッッ!!ドンッッ!!ドンッッ!!
連続で拳が叩き込まれる。
蒼気は必死に防御する、だが必ず当たる。
一撃一撃は致命ではない。
だが、確実に削られる。
(こちらの攻撃は当たらず向こうの攻撃は通る……蒼鎧は貫通していないのが不幸中の幸いか……?)
蒼気は蒼の気を爆発的に放出する。
「消し飛べ!!」
全方位の蒼の衝撃。
だが。
当て野は、その蒼い渦から――
何事もなかったかのように踏み出した。
「だから」
当て野の拳が、蒼気の胸を捉える。
「当たらないと……言った筈だ!!」
ドンッッ!!!
蒼気は地面を削りながら後退する。
立ち上がった蒼気の表情から余裕は消えていた。
認めざるを得ない現実。
蒼気は静かに歯を食いしばる。
(この能力……正面からじゃ勝てない)
当て野は構えを解かない。
蒼の歪みがさらに濃くなる。
蒼気は、拳を受け止めながら内心で冷静に計算していた。
(……軽い)
一撃一撃は重くない。
確かに“当たる”が、致命には至らない。
(この攻撃力じゃ、俺は倒れない)
蒼の気で内部を補修しながら、蒼気は後退する。
(時間を稼げ、必ず穴は見つかる……!)
だが。
「――逃がさない」
当て野の声が近い。
蒼気が視線を上げた瞬間――
当て野の姿が消えた。
(……速い!?)
次の瞬間。
ドンッ!!
背中。
ガンッ!!
脇腹。
バキッ!!
関節。
連続。
止まらない。
「ッ……!」
蒼気は防御を固めるが意味がない。
必中。
どんな姿勢でも、どんな角度でも、
当て野の攻撃は“結果だけ”が成立する。
(加速している……!?)
当て野の動きは、明らかに最初より速い。
蒼の歪みが、当て野の身体に絡みつき、
速度と精度を同時に押し上げている。
「分かってきたぜ」
当て野が呟く。
――ピタリ。
一瞬、攻撃が止まる。
(来た、穴!)
蒼気が息を整えようとした、その瞬間。
「――ここだ」
当て野の眼が鋭く光る。
蒼気の左胸。
蒼の気の循環が、わずかに遅れる“点”。
何百、何千と受けた攻撃の中で、
初めて露わになった――弱点。
「"必中必殺"」
当て野の拳が、迷いなく突き出される。
避けられない。
防げない。
当たらないはずがない。
――ズンッ。
蒼気の胸の奥で、蒼の流れが乱れる。
「……ッッ!!?」
蒼気の身体が、初めて大きく揺らいだ。
内部の循環が崩れ、蒼の気の再生が一瞬止まる。
(これ……は!?内部に……!!)
蒼気は歯を食いしばる。
当て野は、もう一歩踏み込む。
「必中……」
(まずい……防御を――)
「必殺!!!」
次の拳が、再び同じ“点”を捉える。
ドンッッ!!!!!!
「ガハッッ!!!」
蒼気は後方へ吹き飛ばされ、瓦礫の山を貫いて止まった。
立ち上がろうとするが、蒼の気が思うように回らない。
(……何だこの様は……私は……)
蒼気は確かに動揺しながらも静かに笑った。
「フフッ……笑えるな……元三剣神の私が……お前ら如きに追い詰められるとは……」
当て野は構えを解かない。
「大技を使い過ぎたな……動きが鈍っている。」
戦場の空気が張り詰める。
蒼気は初めて――
明確な敗北の可能性を感じていた。




