49話 物量
空間そのものが、彼の呼吸に合わせて軋み始める。
「……ここまで、だな」
低く呟いた瞬間、蒼気の背後に幾重もの蒼の輪が浮かび上がった。
無い野が舌打ちする。
(ようやくか……さて、終点でどこまで喰らいつけるか……)
次の瞬間、蒼気が消えた。
――否、空間が壊れた。
ドゴッッ!!!
視界が歪み、無い野の腹部に既に蒼気の膝が叩き込まれている。
「――がっ!」
空気が肺から叩き出され、
無い野の身体が地上へ叩き落とされる。
だが、落ちきる前に――
「舐めるな!!」
蒼黒が爆発。
無理やり姿勢を立て直し、蒼気へ拳を叩きつける。
ドォン!!
互いの一撃が直撃。
蒼気は空中で踏みとどまり、
無い野は数十メートル吹き飛ばされる。
立ち上がる無い野。
だが足が僅かに震えている。
(終点の再生が……遅れてやがる……)
「さっきまでの勢いが無いな……無限生成とはいえど肉体への負荷が怖いか?」
蒼気はそれを見逃さない。
「慣れない過剰な出力は己の身を滅ぼす……フフ、私が教えた事だったな」
蒼気が腕を振る。
ズォッッ!!!
蒼の刃が無数に生成され、四方八方から無い野を切り刻む。
「チッ……!」
防ぎきれない。
蒼黒が削れ、人格の悲鳴が頭の奥で響く。
(物量で押し切る筈が……逆に押されている……!)
一歩、また一歩。
確実に押されていく。
蒼気は距離を詰め、止めの構えに入る。
「……終わりだ、無い野」
その瞬間。
「――まだだッ!!」
蒼気の背後で、光り輝く蒼が炸裂した。
「!?」
横殴りの衝撃。
蒼気の身体が大きく弾かれる。
「お前……」
そこに立っていたのは、蒼の気を全身に纏った翔馬。
息は荒い。
身体は万全ではない。
だが――立っている。
「……」
翔馬は無い野の隣に立つ。
無い野が歪んだ笑みを浮かべた。
「何のつもりだ……亜里野、こいつは俺の獲物だぞ」
「うるせぇ……お前も分かってんだろ」
二人の蒼が、重なる。
「一緒にやるしかねえ」
蒼気が目を細めた。
「……なるほど」
静かに、だが確かに――警戒の色。
「“守る覚悟”か……」
翔馬が前に出る。
「無い野、合わせてくれ」
「お前が合わせろ」
次の瞬間。
ドッ!!
二人が同時に踏み込んだ。
翔馬の精密な軌道と、無い野の狂気の最短距離。
蒼気の防御が完全に追いつかない。
「――っ!」
翔馬の蹴りが蒼気の側頭部を捉え、無い野の拳が腹部を貫く。
蒼気が後退する。
(どちらも気は不完全……数分耐えれば勝手に自滅する……時間を稼ぐ!)
蒼気は蒼鎧を高め、迎撃の体制を整える。
だが、今までとは違う。
押し返される。
翔馬の蒼は折れない。
無い野の蒼黒は止まらない。
ドドドドドドドド!!!!!
「無い野!もっとタイミング合わせろ!」
「お前が合わせればいいだろうが!」
蒼気の口元から、わずかに血が垂れた。
「……面白い」
翔馬が一歩踏み込めば、
無い野はその半拍前に死角へ滑り込む。
無い野が強引に打ち合いに持ち込めば、
翔馬はその“必ず生まれる隙”を理解した上で、
防御と追撃を同時に成立させる。
蒼気の蒼刃が空を裂く。
――翔馬が弾く。
その瞬間、無い野の拳が蒼気の懐に突き刺さる。
「――チッ!」
蒼気は後退しながら蒼鎧を再構成する。
(……判断が速すぎる……いや……)
次の瞬間、蒼気が翔馬の背後へ回り込む。
完全な死角。
――だが。
無い野が、翔馬を見ずに蹴りを放つ。
蒼気はそれを防ぎながら目を見開いた。
(……何故分かる……?)
問いが、思考をよぎる。
視線もない。
合図もない。
それでも――動きが噛み合い過ぎている。
蒼気は距離を取り、初めて冷静に二人を見る。
翔馬、無い野。
別の人格、別の生き方。
(……そうか)
蒼気の中で答えが繋がる。
(十六年……不本意ながらも……)
翔馬が受けた痛み。
迷い。
怒り。
守ると決めた瞬間。
無い野が見た絶望。
劣等感。
敗北。
そして、憎しみ。
それらすべてが――
同じ心臓の鼓動を通して共有されてきた。
「……意志の共有、か」
蒼気が呟く。
その声に翔馬が一瞬だけ視線を向ける。
「無い野!!」
「黙れ!!分かっている!!」
次の瞬間。
二人が同時に踏み込む。
翔馬は防御を切り捨て、
無い野は攻撃の精度を上げる。
互いの“欠けている部分”を、互いが補完している。
蒼気の蒼が軋む。
(押し切られる……事は無いにせよこれは……)
蒼気の表情から余裕が消えた。
「確かに……厄介だ」
だが同時に蒼気の蒼がさらに深く、重くなる。
認めたからこそ、潰す。
戦場の空気が、再び張り詰める。
翔馬と無い野は、一瞬だけ視線を交わした。
言葉は、いらない。
互角――それは、敗北と同義だ。
「……ここで決める」
翔馬が低く言う。
「分かってると言った筈だ……」
無い野が、歯を剥く。
次の瞬間――二人の蒼の気が、同時に変質した。
「「――final form!!」」
空気が裂けた。
翔馬の蒼は、純度を極限まで高めた光へ。
無い野の蒼は、狂気と破壊衝動を凝縮した黒蒼へ。
地面が耐え切れず、沈む。
周囲の瓦礫が浮かび、砕け、蒸発する。
蒼気の背筋を、
久しく感じていなかった感覚が走る。
――死。
可能性としてではない。
現実としての死の緊張。
(……最後にこれを感じたのは……)
思考を切り捨て、蒼気は笑った。
「いいだろう……」
蒼の気が、蒼気の体内で軋みながら再編成される。
制御。
抑制。
それらを――すべて解除する。
「久しぶりだ……本気で相手をするのは」
その瞬間。
三人が、同時に消えた。
音が、遅れて来る。
――ドッッッ!!!!!
衝突、爆圧、衝撃波。
翔馬の拳が蒼気の防御を穿つ寸前、
無い野の蹴りが死角から叩き込まれる。
蒼気はそれを読んだ上で、
蒼の気を“歪ませて”受け流す。
「甘い!」
反撃の蒼刃。
だが――翔馬は既にそこにいない。
無い野が笑う。
「どうした!?着いてこれないか!?」
蒼気の腹部に、重い一撃。
蒼気は吹き飛ばされ、空中で体勢を立て直す。
(……速さも、破壊力も……)
蒼気の瞳が鋭く細まる。
(二人のfinal form……想像以上!)
「面で捉える……!!」
ドガァッッッ!!!!!
蒼気が世界を殴った。
蒼の気が一点に凝縮され、空間ごと叩き割る。
翔馬が蒼鎧を最大出力で展開し、
無い野がその影に滑り込む。
衝撃波が街の残骸を消し飛ばす。
だが――二人は、止まらない。
「止める……!」
翔馬の声が、戦場に響く。
「殺す……!」
無い野の咆哮が、重なる。
二方向からの攻撃、時間差、死角。
蒼気は防ぎながら、確信する。
(加速していく……!!二人の連携度が上がっていく……!)
蒼気の蒼がさらに深く、暗くなる。
「……ならば」
蒼気は、構えを変えた。
「神界の三剣神に立っていた者として――
全力で叩き潰そう」
三者の蒼が、限界を超えてぶつかり合う。
蒼の奔流。
光と黒が交錯し、衝突のたびに空間が悲鳴を上げる。
「――行くぞ!」
翔馬が叫ぶ。
その声に、無い野は既に応えている。
二人は同時に踏み込み、大技を畳み掛けた。
翔馬の蒼が収束し、拳に“意思”が宿る。
一撃。
二撃。
三撃。
打つたびに軌道が変わり、蒼気の防御を削り取っていく。
「チッ……!」
蒼気が迎撃に回る、その瞬間。
「――隙ありだ」
無い野の声。
黒蒼が、一点に集約される。
――終点崩し。
翔馬の攻撃に意識を割いた蒼気の死角へ、
無い野の全力が叩き込まれる。
ドッッッ!!!!
爆音。
蒼気の身体が大きく吹き飛んだ。
瓦礫を貫き、地面に深く叩きつけられる。
――優勢。
誰の目にもそれは明らかだった。
(効いてる……通用してる!)
翔馬は息を整えながら、蒼の気を再構築する。
蒼気は、立ち上がる。
蒼の気が乱れている。
防御の再構成がわずかに遅れる。
(……押されている、か)
蒼気の内側で焦燥が生まれる。
無い野が踏み込む。
「終わりだ……!」
翔馬も同時に、最後の蒼を集束させる。
二つの蒼が完全に重なる。
蒼気の視界に、敗北の文字がよぎる。
(……まさかこの私が……)
蒼気の口角がわずかに上がった。
「ようやく思い出してきたよ……」
その一言に嫌な予感が走る。
「そうだ……この死の感覚……これが無くてはな」
蒼気は深く息を吸った。
その瞬間――蒼の気が、溢れた。
比喩ではない、本当に溢れた。
地面から。
空から。
蒼気の身体から。
まるで“世界の蒼の気そのものが彼に集まっている”かのようだった。
翔馬と無い野の視界に無数の蒼の塊が映る。
球体、槍、刃、波動、数え切れない。
「来るぞ!!」
翔馬が叫び、無い野が歯を食いしばる。
「全て……叩き落とすしかない!」
次の瞬間、蒼気の腕が振り下ろされた。
ゴォッッ!!!!
空一面から蒼の弾幕が降り注ぐ。
避ける暇はない。
翔馬は蒼鎧を最大展開し、無い野は黒蒼を纏って前に出る。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
一発一発が必殺級。
防いでも、防いでも次が来る。
「くっ……!」
翔馬の蒼鎧にヒビが入る。
(何だこの物量……ゴリ押される!!)
無い野の黒蒼が、削られ、裂け、吹き飛ぶ。
蒼気は攻撃を止めない。
次。
さらに次。
波動を叩きつけ、衝撃波を重ね、蒼の奔流を押し付ける。
押す。
ただ、押す。
技巧も、間もない。
圧倒的な出力で、
二人を後退させ続ける。
地面が削れ、瓦礫が蒸発し、視界が蒼一色に染まる。
「……ッ!」
翔馬の足が止まった。
無い野が前に出る。
「下がるな!!」
だが――
蒼気がさらに踏み込む。
蒼の気が爆発的に増幅し、弾幕が“壁”に変わる。
逃げ場が消えた。
「――喰らえ」
蒼気の声は、淡々としていた。
蒼の洪水。
防御を押し潰し、蒼鎧を引き剥がし、
final formの出力を強制的に削ぎ落とす。
翔馬の身体が宙に浮く。
「うあぁぁぁッ!!」
無い野も黒蒼ごと吹き飛ばされる。
ドォォォォォォォォォン!!!!!!
二人の身体が、蒼の奔流に飲み込まれ、
遥か後方へ弾き飛ばされた。
final formが、耐えきれず解除される。
蒼が霧散し、地面に叩きつけられる二つの影。
蒼気は、歩みを止めない。
「数が違う、出力が違う、経験が違う。」
その言葉通り、ただの物量差。
「言った筈だ……私には……叶わないと」
勝敗は力で決められた。




