46話 弟子の本気
瓦礫の向こう。
粉塵の中から、一人の女が姿を現していた。
立っている。
静かに。
だが、その存在だけで空気が張り詰める。
「……来たか」
蒼気が低く呟く。
翔馬は目を見開いた。
「F……!」
Fは答えない。
ただ、拳を握る。
次の瞬間。
――ドクン。
Fの体内で蒼の気の流れが変わった。
血流と完全に重なり、脈動が外に漏れ出す。
蒼の気が身体の内側から染み出すように立ち上る。
「――MODE反転」
Fの踏み込みと同時に地面が砕けた。
蒼気が反応するより先に拳が迫る。
ドッッッ!!!
蒼気は咄嗟に腕で受ける。
――衝撃。
空気が爆ぜ、二人の間に衝撃波が走る。
蒼気が後退した。
わずかに。
だが、確実に。
「ほう……」
蒼気の口元が歪む。
(MODE反転……無闘と同じか)
Fは間合いを詰める。
止まらない。
拳、肘、膝。
すべてが最短で、最速。
蒼気も応じる。
蒼の気を纏った掌が拳を弾き、回し蹴りがFの肩を掠める。
ただひたすらに速い。
蒼気は一気に距離を取り、蒼の気を圧縮する。
Fも止まらない。
二人が同時に踏み込む。
拳と拳が激突し、空間が歪む。
爆風が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
翔馬は、その光景を見つめていた。
(……互角……)
今まで誰一人として、蒼気と正面から打ち合えた者はいない。
だが――
Fは、食らいついている。
蒼気は確信する。
(こいつ……既に自身のMODEを完成させている……動きに一切の隙がない!)
「やるじゃ無いか」
蒼気が笑う。
「貴方もね」
Fも笑みを見せる。
二人の蒼の気が、さらに膨れ上がる。
そして二つの波動は反発し合い衝撃波を放つ。
再び――
一対一。
空が再び鳴り始めた。
翔馬は歯を食いしばり、踏み出そうとした。
(二人の実力は互角……!俺が加勢すれば……!)
その時。
「……無理をしたな、翔馬」
背後から穏やかな声。
翔馬はボロボロの身体を動かし、振り返る。
「田野……!」
いつの間にか、田野が傍に立っていた。
田野はすぐに手をかざす。
柔らかな気配が翔馬を包んだ。
折れかけていた身体の感覚が、少しずつ戻る。
「……悪い」
「謝るのは後」
田野は視線を戦場へ向けた。
蒼気はFが放つ攻撃を回避し続けながらカウンターの隙を伺っていた。
(――確かに隙はない……なら作り出すだけだ)
蒼気がFの攻撃をいなし、地面を破壊する。
「ッッ!!」
Fがバランスを崩す。
素早く蒼気がFの懐に入り込む。
真正面。
両者の拳に蒼の気が凝縮される。
蒼気が一歩踏み出した瞬間。
ガンッッ!!
蒼の気同士がぶつかり合う音が響いた。
否。
それだけではない。
蒼気の背後から何者かが打撃を与えていた。
「……ッ!?」
蒼気の視線が一瞬だけ揺れる。
汚れた服。
だが、さっきまでの傷は塞がっている。
「無闘……!まだ殴られ足りないようだな。」
蒼気が目を細める。
無闘は拳を鳴らす。
「さすがに全快じゃねえ、でも……十分だ」
蒼気の視線が遠くへ流れる。
「……田野か」
小さくだが、確信を持った声。
「私とした事がミスをしたな、まず回復役から倒すべきだったか。」
蒼気は再び、二人に向き直る。
「だが奴の回復は肉体のみ、見たところ蒼の気の消耗は回復できない。この調子じゃお前達が蒼の気を消耗しきるのは時間の問題だ。」
Fが前に出る。
「そうだね……だから……消耗し切る前に倒す!」
無闘が横に並ぶ。
「F、俺が崩す。
崩したら2人で一気に畳み掛けるぞ。」
蒼気が笑った。
「くどいようだが……お前らでは私には勝てん!!」
次の瞬間、三人が同時に動く。
Fが正面から踏み込む。
蒼の気を血流に完全同化させた一撃。
蒼気は受け流す――が、
ドンッ!
横から無闘の蹴りが叩き込まれた。
蒼気が後退する。
即座に蒼の気を放出し、衝撃を相殺。
だが、その隙にFが懐へ入る。
拳、肘、膝。
無駄のない連打。
蒼気は防ぎながら、内心で舌打ちする。
(なるほど、流石奴の弟子なだけはある……連携されると厄介だ)
蒼気が蒼の気を爆発させ、二人を吹き飛ばそうとする。
だが――
「させるか!」
無闘が地面を踏み砕き、蒼の気を一点に集中。
蒼気の爆発を真正面から押し返す。
「……!」
蒼気の表情がわずかに変わる。
その瞬間を、Fは逃さない。
背後へ回り込み、蒼の気を纏った拳を叩き込む。
ドォン!!
蒼気の身体が、空中で回転しながら吹き飛んだ。
着地。
地面に亀裂が走る。
「……驚いたな……想像以上だ。」
蒼気は肩を鳴らす。
その目はまだ余裕を失っていない。
蒼の気がさらに濃くなる。
Fと無闘は構えを解かない。
蒼気は距離を取ろうとする。
だが――
「逃がすか!」
無闘が踏み込み、蒼の気を地面に叩き込む。
衝撃が地を走り蒼気の動きを止める。
そこへF。
真正面からの拳。
蒼気は防御するが、今度は吹き飛ばされなかった。
(……硬い!さっきより数段!)
蒼鎧を何重にも張り、その場で踏ん張る。
「……ッッ!フフッ……!」
口元が、僅かに吊り上がる。
蒼の気がさらに研ぎ澄まされる。
二人の圧が確実に蒼気を縛っている。
翔馬は、その光景を見つめていた。
(F……無闘……)
田野の回復が終わろうとしていた。
拳に感覚が戻る。
「早く加勢しないと……!」
翔馬は焦るが田野がそれをなだめる。
「翔馬……今はまだ無理だ。
身体は回復してもMODEで蒼の気を大量に消耗している……すぐには使えない。」
無闘とFのコンビネーションに蒼気は徐々に押され始めていた。
蒼気は小さく息を吐く。
「……面白い」
蒼気の周囲で渦巻いていた蒼の気が音を立てて静止する。
暴風のようだった流れが、凪いだ。
「ラウンドツーって訳か……!」
無闘が低く呟く。
Fも察していた。
肌を刺すような圧が、さきほどとは明らかに違う。
蒼気は、ゆっくりと一歩踏み出した。
「今までは、君たちがどこまでやれるか見ていただけだ」
その言葉と同時に、蒼気の姿が消える。
「――っ!」
無闘が反応するより早く、背後。
衝撃。
「ぐっ……!」
空気が爆ぜ、無闘の身体が横に吹き飛ばされた。
地面を転がりながらも、無闘は即座に受け身を取る。
「……クソッ」
だが、痛みが遅れて襲う。
「無闘!」
Fが踏み込む。
血流と蒼の気が完全に同期し、身体能力が跳ね上がる。
拳を振るう。
蒼気はそれを最小限の動きで受け流す。
だが――
「……!」
Fはその動きを読み死角に拳を叩き込んでいた。
蒼気の表情が、わずかに引き締まった。
「その身体制御……完成度が上がっているな」
蒼気が距離を取ろうとした瞬間。
「させるか!」
無闘が地を蹴る。
蒼の気を脚部に集中させ、一直線に突貫。
蒼気が防御に入る。
その刹那、Fが角度を変えて踏み込む。
二人の連携。
蒼気の防御を、真正面と側面から同時に叩く。
轟音。
地面が沈む。
蒼気は後退しながらも、倒れない。
だが――足跡が深く刻まれていた。
「……及第点だね。」
蒼気の声に、初めて余裕が消える。
刃のように鋭い蒼の気が身体にまとわりつく。
無闘が歯を食いしばる。
(あいつの気……コロコロ形を変えやがる……!動きを読まれないように対策していやがるのか……やりずれぇ!)
蒼気は、両手を開いた。
「解放。」
次の瞬間。
蒼の気が線になった。
無数の蒼の軌跡が空間を切り裂き、Fと無闘を同時に襲う。
「――っ!」
ドォッッ!!!
二人は全力で回避し、防御する。
だが一撃一撃が重い。
受けるたび、身体が軋む。
それでも倒れない。
「無闘!カウンター!」
「おう!」
Fが踏み込む。
無闘も続く。
二人は後退しない。
引けば終わると、分かっていたからだ。
蒼気は、深く息を吐いた。
次の瞬間、空が軋んだ。
「……ッ!?」
Fと無闘は同時に上を見た。
蒼の気が、空間そのものを押し潰すように集束している。
(重量……!?いや違う!)
「F!防御――」
無闘が叫ぶ。
だが遅い。
蒼気が、静かに指を鳴らした。
――轟。
音が“遅れて”来た。
ドッッッ!!!!!
地面が、丸ごと抉り取られる。
Fは反射的にMODE反転を最大出力まで引き上げ、
蒼の気を脚部に集中。
無闘も同時に横へ転がり、蒼鎧を極限まで圧縮する。
次の瞬間、二人がいた場所は――消えていた。
(蒼の気の衝撃波……!何て圧縮!)
Fが着地した先で、息を呑む。
そこには、クレーターですらなかった。
底が見えない穴。
蒼気はその中心に浮いていた。
「もう一度……」
淡々とした声。
蒼の気が次の形を取り始めていた。
(組み立てが速い……!)
「また来るぞ!」
無闘が叫ぶ。
蒼気が腕を振る。
蒼の気が今度は槍を形作る。
一本、二本、三本――
否、数十本。
空間に直接生成された蒼の槍が、
無差別に降り注ぐ。
「ッ――!」
紙一重。
無闘も、蒼鎧を削られながら転がる。
槍が地面に突き刺さるたび、
衝撃波が走る。
回避したはずの余波だけで、
肺が潰れそうになる。
無闘の脳裏に、冷たい思考が走る。
(今の威力……まさか……!)
Fも、同じ結論に辿り着いていた。
(あいつ……本気じゃ無いどころか……まだかなりの余力を残していやがる!)
蒼気はこちらを見下ろしている。
汗一つかいていない。
「勘違いしないでほしい」
蒼の気が、さらに広がる。
「私はようやくアップを終えた。」
次の瞬間。
蒼気の背後に、
巨大な蒼の輪が出現する。
「本番はこれからだ。」
回転する輪から、
無数の蒼の刃が射出される。
「何だありゃ……!?」
Fと無闘は、即座に散開。
避ける。
避ける。
――それでも、追いつかれる。
ズバッ!!
無闘の肩が裂け、血が飛ぶ。
Fの脚を蒼の刃が掠める。
止まれば終わる。
「……クソッ」
無闘が息を荒げる。
「さっきの攻撃が……全部様子見だったってのかよ……!」
Fは蒼気を睨みつけた。
恐怖よりも、怒りが勝る。
(この人は……最初から私達を殺せた……!)
蒼気は、静かに腕を下ろした。
「君たちがここまでついてこられるとは思っていなかった」
ほんの一瞬、視線が鋭くなる。
「だが――それでも、足りない」
蒼の気が再び収束を始める。
次は回避できるか分からない。
Fと無闘は互いに視線を交わした。
蒼気の蒼が、再び収束する。
空間が震え、次の一撃が来ることを本能が告げていた。
「……間に合わねえな」
無闘が、低く呟く。
身体は既に限界だった。
蒼鎧は砕け、呼吸をするたび肺が軋む。
それでも――目は、死んでいない。
「F。」
短く名を呼ぶ。
Fは答えなかった。
ただ、静かに一歩前へ出る。
そして、二人は同時に理解した。
ここだ。
「……仕方ねえ」
無闘が、歯を食いしばる。
「このまま死ぬよりゃ、マシだ」
Fが、淡々と告げた。
「反動、かなり来るよ」
「知ってるっつーの」
二人の身体から、蒼の気が――
一気に、爆ぜた。
「「――finalform。」」




