33話 災能
大井死を叩き潰した直後。
無闘はゆっくりと着地し、荒い息を吐いた。
「ハァ……ハァ……くそ……反転、やっぱり負荷デカすぎる……」
蒼の気がゆっくりと剥がれ落ちていく。
MODE反転──解除。
無闘の足元がふらつく。
「チッ……体バキバキだ……本当に最後の切り札だな、これ……」
爆煙の中、大井死の倒れた身体があった。
岩化が解け始め、傷だらけのまま息がかすかに残っている。
無闘はゆっくりと歩み寄り、見下ろす。
すると――
大井死がかすかに笑った。
「……まさか……だな……下界人に……負けるとは……」
無闘は膝に手をついて深呼吸しながら言う。
「まだ喋れんのかよ……まあ安心しろ、殺す気はねえ。」
大井死の瞳は、敗北の色ではなかった。
むしろどこか、清々しい諦観。
「惜しいな……無闘……確かに……君は天才だ……」
無闘は眉をひそめる。
「なにが言いてえ……?」
大井死は、静かに続けた。
「だが──無い野には敵わない。」
無闘の表情が固まる。
「……は?」
大井死は血を吐きながらも、声を絞る。
「君は確かに天才だ……だが……同じ天才でも下界人の"天才"と神界人の"天才"じゃ圧倒的な格の違い……壁がある」
無闘はゆっくりと立ち上がる。
「……どういう意味だよ」
大井死は薄く笑った。
「無い野……あいつを解放したのは我々だが……正直今まで封印されていて良かったと思ったよ……」
無闘の瞳が大きく見開かれる。
「……何なんだよ?あいつは……」
大井死は続ける。
「先程君が見せた神業……"MODE"……常人が何十年修行した所で習得できる代物じゃない……それを下界人が……しかも見た所まだ十代であろう君が習得していた……」
「……まあな」
「だがあの怪物は……次元が違うんだよ……蒼気さんがあれを教えてから僅か半日で……あれをマスターした……」
「な……!?」
無闘は唇を噛む。
(無い野が……まさか……
いや……あいつなら……あり得る……)
大井死は最後にひと息だけ笑った。
「……早く仲間の元に行ったほうがいいぞ……無闘……私が敗北した事を知れば……あいつは……本気を出す……」
瞬時に無闘は大井死に背を向ける。
無闘に駆け寄ろうとするFに無闘は叫んだ。
「F、早く亜里野達の所へ!!あいつらがやべぇ!!」
「オッケー!!」
去ろうとした無闘に、薄れゆく声が届く。
「……私達が生み出したのは……救世主ではなく……ただの厄災だった……」
無闘は立ち止まり、重く息を飲む。
そして翔馬達の方へ走り出した。
「クソ……まさか……あいつが“そこ”の領域まで行ってるなんて……!」
無闘の足が山道を蹴り、蒼が奔る。
(最悪のシナリオだ……俺達二人でも勝てるかどうか……!)
その顔には──明らかな焦り。
「急がねぇと……!!翔馬たちが……死ぬ……!!」
──
決戦の3日前。
乾いた風が砂を巻き上げる。
人の気配が一切ない荒野の中央に、二つの影が立っていた。
一人は蒼気。
そしてもう一人は、静かに腕を組む無い野。
少し離れた所で大井死が様子を見ていた。
(やれやれ……蒼気さんも強情だ……今からあれを教えた所で無意味だろうに……)
蒼気が口を開く。
「ここなら誰にも見つからんし、地形を多少壊しても問題はないだろう……無い野、お前に奥義を教える。」
無い野は興味なさそうに首を傾ける。
蒼気は深く息を吸った。
「まず一つ目──MODE。
使用中は身体能力の限界突破、蒼の気の無制限解放……文字通り無双できるが……使用後、肉体は疲弊し、戦闘は困難になると思っていい」
無い野は無表情のまま聞いている。
蒼気は続けた。
「そして二つ目──FinalForm。これは蒼の気の最終形態。
肉体に存在する蒼の気を一気に使い切る代わりに短時間莫大な力を手にすることができる技だ」
無い野が小さく笑う。
「……成程な」
蒼気の表情は険しい。
「final formはともかくMODEは凡人は習得する事すら出来ない、習得出来たとしても何十年もかかるものだ……だがお前の才能は神界人の中でも特別中の特別!」
無い野は砂をつま先で蹴りながら聞いている。
蒼気はさらに言う。
「お前は確かに天才だが……MODEは“別格”だ。
練習が必要だし習得には時間がかかる、まずfinal formだけ覚えろ。翔馬達を吸収した後、地道に修行すれば──」
間を置いてから蒼気は続けた。
「半年もあれば習得できるだろう」
遠くでそれを聞いていた大井死は驚く。
(半年だと……!?明らかに買い被りすぎだ……元七天神の私でさえその難しさに諦めたというのに……)
無い野は軽くまばたきした。
「半年?」
蒼気は頷く。
「そうだ。普通の神界人なら最低でも十年はかかるがお前なら──」
その時だった。
無い野の雰囲気が一瞬で変わる。
蒼が、荒野の中心に凝縮し始めた。
蒼気が目を見開く。
「……無い野?」
無い野は右手を軽く握った。
「俺が亜里野の中に閉じ込められていた一六年間……俺が何もしていないとでも思ったのか?」
「な……まさか……!」
次の瞬間。
大地が“裏返る”ように爆ぜ、蒼の気が爆ぜた。
荒野全域が黒蒼色に染まり、
無い野の背後に“異形の影”が浮かぶ。
蒼気が震える声を漏らす。
「ま、待て……!!まさかお前……!!
今のは……"MODE"……!?」
無い野は静かに息を吐いた。
その口元に、狂気と才能が混ざった笑み。
「“Final Form”と"MODE"か……そう名付けられているんだな……この技は」
世界が揺れた。
大気が震える。
無い野の身体が“完成系”へと切り替わる。
肉体が、圧が、存在そのものが──
神界人すら上回る異質な領域へ。
蒼気は驚愕する。
「フハハハ……!!期待以上だ……!!」
無い野は静かに変身を解いた。
「フー……お眼鏡にかなったようだな」
蒼気は最早笑うしかなかった。
(やはり……こいつは……“本物の怪物”……!これなら……!!こいつなら神界を思い通りにできる!!)
「これが私の望んだ世界!!フハハハハ!!」
無い野は蒼気の表情を見て、軽く首を傾ける。
「まあいい、次は翔馬達を吸収した後に本格的に使ってみよう」
大井死は無い野の底知れぬ才能に少しずつ恐怖を覚え始めていた。
(本当に……これで良いのか……?こんな怪物が本来の力を取り戻してしまったら……王座を取り返すどころか神界そのものが……)




