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亜里野ストーリー  作者: 与志野 音色
3章 人格分裂編
28/68

28話 強襲


亜里野達が修行を始めてから早二日。

山奥の修行場の裏。


「結構蒼脈も慣れてきたなお前ら」


無闘が鍛錬する亜里野達に向けて話しかける。


与志野はそれに対し不満そうな顔をした。


「それにしてもよ……Fの奴……なんかズルくねえか?あいつ一人だけ学校行きやがって」


無闘が失笑する。


「まあ……あいつのアドバイスは抽象的すぎてよく分かんねえだろ、それにあと十日休んだら留年の危機なんだよあいつ」


「まだ一学期だぞ……?大丈夫か?」


翔馬が不安そうに呟いた。


その時。


草木を焼き焦がすような凶悪な気配が近づいていた。


無闘がピタリと動きを止める。


「……おい翔馬、気づいてるか?」


翔馬は額に汗を浮かべた。


「何か来る……俺に似てる気配が……」


与志野が震えた声で言う。


「これ……人の気じゃない……」


田野は喉を鳴らす。


「まさか……翔馬の人格……?」


次の瞬間。


森の奥から、血の匂いをまとった“影”が姿を現した。


目だけが狂気に濡れた笑みを浮かべている。

その口がゆっくりと開いた。


「亜里野翔馬だな?」


森の空気が、音を立てて凍った。


木々の影から現れた《殺意》──塵野。

その足取りは静かだが、ただ歩くだけで地面が黒く枯れていく。


まるで歩く災厄だった。


「運が良いな……いきなり大当たりだ」


翔馬の胸がドクンと跳ねる。


(コイツ……俺の中にいた……?

こんな化け物みたいな奴が……?)


塵野の瞳は完全な殺意だけで満ちている。

言葉すら理性ではなく衝動のように感じる。


無闘が前に出た。


「下がれ、翔馬」


「けど──」


「今のお前じゃ一瞬で殺される」


どうしようもない現実を突きつける声音。


塵野が笑い出した。


「クク……ククク……こいつは傑作だ……下界人が俺の前に立つ気か?」


瞬間、地面が爆ぜた。


塵野の身体から噴き出す蒼の気は、

まるで爆発の連続だった。


空気が吹き飛ぶ。

周囲の木が根ごと裂け、斜面が崩れる。


「まあそう焦るな……亜里野を吸収した後、お前らも順番に殺してやるよ」


与志野が叫びそうになるのを必死に飲み込む。

田野はその場で膝をつきかけた。


(何て……禍々しい蒼の気……マシンガン突きつけられてるみたいだ……蒼の気というより殺気に近い!)


ただ一人無闘は冷静に告げる。


「……強いな……お前。」


(蒼の気の総量は確実に俺より上……恐らくは今の無い野よりも……)


「褒めてくれてありがとよ……そんで死ね。」


そう言うと塵野は姿を消した。


──違う。


速すぎて、目で追えないだけだ。


バッッッ!!!


真横。


突如として生まれた影が無闘の首を狙う。

拳の周りには刃のような蒼が渦巻く。


直撃すれば首が吹き飛ぶ一撃。


だが。


無闘はゆっくりと手を上げただけだった。


バチィンッ!!!


塵野の蒼拳が弾かれ、

衝撃がそのまま逆流して塵野自身の腕に走る。


「がっ……!?」


骨が軋む音が森に響いた。


無闘は目を細めた。


「スピードは俺と同じくらいか?」


「……ッ!舐めるな!」


塵野は唸り声をあげ後方へ跳ぶ。


だが──その軌道も読まれていた。


無闘の足が軽く地面を踏む。


ドッッ!!!


「ぐっっ!!」


ただそれだけなのに、塵野の身体が勝手に吹き飛んだ。


「な……!?触ってねぇのに……!?」


翔馬は震えながら見ていた。


(すげえ……あん時の抹殺斗みたいだ……相手の動きを完全に読んで蒼の気をぶつけてる……)


塵野は蒼の気をさらに濃く纏い、

周囲の木々が蒼色に変色して枯れ落ちていく。


「オオオオアアアアアア!!!!」


地面を拳ごと砕きながら突進する。


動きがまるで四脚の獣。

速さも、重量も、人間のものじゃない。


蒼の気の爪が連撃となり無闘を切り裂こうと迫る。


右から、左から、背後から、上から。


(見えない……!

全部同時に来てるようにしか感じられない!!)


だが無闘は、その全てを。


──指先と手のひらで受け流す。


パンッ、パンッ、バンッ、バンッ!!


弾くたびに塵野に衝撃が返り、

彼の身体がじわじわと壊れていく。


腕の肉が裂け、蒼の気が暴走し、

血を撒き散らしながらも塵野は止まらない。


「クソがァァア!!何で避けんだよ!!!」


「避けてねぇよ?」


無闘は淡々と告げた。


「お前の蒼の気の流れを掴んでお前の中に“戻してる”だけだ、多少乱暴にな」


塵野の動きが完全に止まった。


理解が追いつかない。


(戻す……戻すだと!?奴の祝福か!?)


無闘は肩を回し、わざと大きな音を鳴らした。


「お前の蒼の気は攻撃に全振りしてて、防御意識がゼロ、だからカウンター特化の俺との相性が──」


無闘は笑った。


「最悪なんだよ」


塵野の顔が歪む。


「テメェ……!!邪魔すんじゃねえぇぇ!!!」


「邪魔なら殺してみろよ、その為に来たんだろ?」


風が止まる。


森が静まる。


塵野は叫び声と共に最後の突進を放った。


「黙れエエエエエエ!!!!!」


無闘は一歩踏み出し、

塵野の拳にそっと触れる。


その瞬間。


蒼の気の流れが全て反転した。


全身の蒼の気が逆流し、内側から破裂するように暴れ狂う。


「がッッあああああああああああああああああ!!!」


塵野は地面を転がり、血を吐きながら吹っ飛び木に叩きつけられた。


無闘は冷たく言い捨てた。


「──終わりだ。」


塵野は立ち上がろうともがく。

だが脚が震え、蒼の気は暴走したまま制御不能。


(クソ……何だこいつ……!?蒼の気は俺の方が圧倒的な筈なのに……攻撃が全く通らねえ!!)


カウンターを重ねられすぎた。


もはや戦えない。


翔馬は拳を握りしめた。


(蒼の気や圧は圧倒的にあいつの方が上だった……でも……技術だけで……!)


無闘は塵野へ歩きながら言った。


「さて、まあとりあえず……翔馬に近づく目的とかその他もろもろ……知ってる事教えて貰おうか?」


「……ッ!」


塵野がボロボロの身体で後ずさる。


無闘が歩み寄るたび、塵野の肩がビクリと震えた。

蒼の気はひび割れたガラスのように不安定で、自壊しかけている。


「……終わりだ。」


無闘は塵野を拘束しようと手を伸ばす。


そのとき――


「やめておけよ、無闘。」


風も気配もなかった。


「……!?」


影が一つ、近くの木の上に“立っていた。


無い野。


翔馬の姿をしたまま、しかし中身は完全に別人。


(翔馬がもう一人……?いや、与志野達が言ってた奴か)


無闘は眉をひそめる。


「無い野……って奴か?翔馬とそっくりだな、ここに何の用だよ」


「そっくりだと……?笑わせるな、格が違う」


無い野は片手を軽く挙げ、冗談めかした笑みを浮かべた。


「お前の気配が馬鹿みたいに騒がしいせいで、

場所もすぐわかったよ……塵野」


塵野は震える声で無い野を呼ぶ。


「……な、無い野……助け……」


無い野は木から降りるとゆっくりと塵野に近づき、しゃがみ込む。


無闘は警戒しながら後ずさった。


(強いな……技術も恐らく俺と同等……)


指先で、優しくその肩を叩いた。


「気にするな塵野、お前も俺も……同じだろ」


塵野は息を詰めた。


無い野は続ける。


「封印されて、押し込められて……

惨めな月日を過ごしてきた仲間じゃないか。」


その言葉に、

塵野の顔に、わずかな安堵が浮かんだ。


「……あぁ……そうだよな……俺と……お前は……」


油断が、生まれた瞬間。


無闘の表情が微妙に歪む。


(やべぇな……)


と、呟いたその刹那。


無い野の腕が“消えた”。


次の瞬間――


ズブッ。


鈍い音とともに、塵野の胸を“背中側から”貫いていた。


塵野の目が大きく開かれる。


「……あ……?」


無い野は表情一つ変えず、

塵野の胸を貫いた腕をさらに深く押し込みながら言う。


「同じ同志として……肉体を共にしよう。」


一気に蒼の気が吸い上げられる。


塵野の蒼の気が悲鳴のような音を立て、

無い野の身体へと流れ込んでいった。


塵野の声は、もはや叫びにもならない。


「……やめ……無い……っ……野……」


無い野は酷く優しい声で告げた。


「暴れるだけの無能はいらない」


塵野の身体はみるみるしぼみ、魂が抜き取られた抜け殻のようになっていく。


“殺意”という人格が、存在そのものごと失われていく。


最後に、無い野が一言だけ呟いた。


「……ありがとな、これで一つ戻せた。」


塵野は抵抗する間もなく蒼の霧となり、

無い野の胸へ吸い込まれ消えた。


そこには、もう何も残らなかった。


(蒼の気の総量が格段に上がった……!?)


無闘は冷たい眼で無い野を見る。


「……最初からそのつもりで来たのか」


無い野は肩をすくめる。


「それ以外に無いだろう……元々こいつは蒼の気だけが肥大化し実力が伴わない良い鴨だった……」


翔馬は震えながら見つめていた。


自分のコピーのような姿をした男が、平然と仲間を殺し、吸収し、それを当たり前のように扱っている。


(これが……俺の中にいた人格……?

こんな……ヤツらが……?)


無い野は翔馬を見ると

ゆっくりと、気味の悪い笑みを浮かべた。


「亜里野……せいぜい余生を楽しむんだな。

お前は必ず苦しませて苦痛を与えてから吸収する」


空気が再び重くなる。


無い野は一度だけ与志野達を見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「今日はもういい、まだ最終調整も終わってないしな……またな」


無い野の姿は森の中へ溶けるように消えた。


ただ、残った空気は最悪だった。


翔馬は足が震えていた。

戦闘の緊張ではない。

“自分の中にいた怪物”への恐怖だった。


無闘が肩を叩き、短く言う。


「行くぞ、修行の続きだ。」


「……できるのかよ俺……」


「できるまでやるんだよ」


それだけ言って、無闘は森の奥へ歩く。

翔馬たちも、汗と震えを拭いながらついていった。


あの日の修行は、地獄の本当の入口だった。


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