28話 強襲
亜里野達が修行を始めてから早二日。
山奥の修行場の裏。
「結構蒼脈も慣れてきたなお前ら」
無闘が鍛錬する亜里野達に向けて話しかける。
与志野はそれに対し不満そうな顔をした。
「それにしてもよ……Fの奴……なんかズルくねえか?あいつ一人だけ学校行きやがって」
無闘が失笑する。
「まあ……あいつのアドバイスは抽象的すぎてよく分かんねえだろ、それにあと十日休んだら留年の危機なんだよあいつ」
「まだ一学期だぞ……?大丈夫か?」
翔馬が不安そうに呟いた。
その時。
草木を焼き焦がすような凶悪な気配が近づいていた。
無闘がピタリと動きを止める。
「……おい翔馬、気づいてるか?」
翔馬は額に汗を浮かべた。
「何か来る……俺に似てる気配が……」
与志野が震えた声で言う。
「これ……人の気じゃない……」
田野は喉を鳴らす。
「まさか……翔馬の人格……?」
次の瞬間。
森の奥から、血の匂いをまとった“影”が姿を現した。
目だけが狂気に濡れた笑みを浮かべている。
その口がゆっくりと開いた。
「亜里野翔馬だな?」
森の空気が、音を立てて凍った。
木々の影から現れた《殺意》──塵野。
その足取りは静かだが、ただ歩くだけで地面が黒く枯れていく。
まるで歩く災厄だった。
「運が良いな……いきなり大当たりだ」
翔馬の胸がドクンと跳ねる。
(コイツ……俺の中にいた……?
こんな化け物みたいな奴が……?)
塵野の瞳は完全な殺意だけで満ちている。
言葉すら理性ではなく衝動のように感じる。
無闘が前に出た。
「下がれ、翔馬」
「けど──」
「今のお前じゃ一瞬で殺される」
どうしようもない現実を突きつける声音。
塵野が笑い出した。
「クク……ククク……こいつは傑作だ……下界人が俺の前に立つ気か?」
瞬間、地面が爆ぜた。
塵野の身体から噴き出す蒼の気は、
まるで爆発の連続だった。
空気が吹き飛ぶ。
周囲の木が根ごと裂け、斜面が崩れる。
「まあそう焦るな……亜里野を吸収した後、お前らも順番に殺してやるよ」
与志野が叫びそうになるのを必死に飲み込む。
田野はその場で膝をつきかけた。
(何て……禍々しい蒼の気……マシンガン突きつけられてるみたいだ……蒼の気というより殺気に近い!)
ただ一人無闘は冷静に告げる。
「……強いな……お前。」
(蒼の気の総量は確実に俺より上……恐らくは今の無い野よりも……)
「褒めてくれてありがとよ……そんで死ね。」
そう言うと塵野は姿を消した。
──違う。
速すぎて、目で追えないだけだ。
バッッッ!!!
真横。
突如として生まれた影が無闘の首を狙う。
拳の周りには刃のような蒼が渦巻く。
直撃すれば首が吹き飛ぶ一撃。
だが。
無闘はゆっくりと手を上げただけだった。
バチィンッ!!!
塵野の蒼拳が弾かれ、
衝撃がそのまま逆流して塵野自身の腕に走る。
「がっ……!?」
骨が軋む音が森に響いた。
無闘は目を細めた。
「スピードは俺と同じくらいか?」
「……ッ!舐めるな!」
塵野は唸り声をあげ後方へ跳ぶ。
だが──その軌道も読まれていた。
無闘の足が軽く地面を踏む。
ドッッ!!!
「ぐっっ!!」
ただそれだけなのに、塵野の身体が勝手に吹き飛んだ。
「な……!?触ってねぇのに……!?」
翔馬は震えながら見ていた。
(すげえ……あん時の抹殺斗みたいだ……相手の動きを完全に読んで蒼の気をぶつけてる……)
塵野は蒼の気をさらに濃く纏い、
周囲の木々が蒼色に変色して枯れ落ちていく。
「オオオオアアアアアア!!!!」
地面を拳ごと砕きながら突進する。
動きがまるで四脚の獣。
速さも、重量も、人間のものじゃない。
蒼の気の爪が連撃となり無闘を切り裂こうと迫る。
右から、左から、背後から、上から。
(見えない……!
全部同時に来てるようにしか感じられない!!)
だが無闘は、その全てを。
──指先と手のひらで受け流す。
パンッ、パンッ、バンッ、バンッ!!
弾くたびに塵野に衝撃が返り、
彼の身体がじわじわと壊れていく。
腕の肉が裂け、蒼の気が暴走し、
血を撒き散らしながらも塵野は止まらない。
「クソがァァア!!何で避けんだよ!!!」
「避けてねぇよ?」
無闘は淡々と告げた。
「お前の蒼の気の流れを掴んでお前の中に“戻してる”だけだ、多少乱暴にな」
塵野の動きが完全に止まった。
理解が追いつかない。
(戻す……戻すだと!?奴の祝福か!?)
無闘は肩を回し、わざと大きな音を鳴らした。
「お前の蒼の気は攻撃に全振りしてて、防御意識がゼロ、だからカウンター特化の俺との相性が──」
無闘は笑った。
「最悪なんだよ」
塵野の顔が歪む。
「テメェ……!!邪魔すんじゃねえぇぇ!!!」
「邪魔なら殺してみろよ、その為に来たんだろ?」
風が止まる。
森が静まる。
塵野は叫び声と共に最後の突進を放った。
「黙れエエエエエエ!!!!!」
無闘は一歩踏み出し、
塵野の拳にそっと触れる。
その瞬間。
蒼の気の流れが全て反転した。
全身の蒼の気が逆流し、内側から破裂するように暴れ狂う。
「がッッあああああああああああああああああ!!!」
塵野は地面を転がり、血を吐きながら吹っ飛び木に叩きつけられた。
無闘は冷たく言い捨てた。
「──終わりだ。」
塵野は立ち上がろうともがく。
だが脚が震え、蒼の気は暴走したまま制御不能。
(クソ……何だこいつ……!?蒼の気は俺の方が圧倒的な筈なのに……攻撃が全く通らねえ!!)
カウンターを重ねられすぎた。
もはや戦えない。
翔馬は拳を握りしめた。
(蒼の気や圧は圧倒的にあいつの方が上だった……でも……技術だけで……!)
無闘は塵野へ歩きながら言った。
「さて、まあとりあえず……翔馬に近づく目的とかその他もろもろ……知ってる事教えて貰おうか?」
「……ッ!」
塵野がボロボロの身体で後ずさる。
無闘が歩み寄るたび、塵野の肩がビクリと震えた。
蒼の気はひび割れたガラスのように不安定で、自壊しかけている。
「……終わりだ。」
無闘は塵野を拘束しようと手を伸ばす。
そのとき――
「やめておけよ、無闘。」
風も気配もなかった。
「……!?」
影が一つ、近くの木の上に“立っていた。
無い野。
翔馬の姿をしたまま、しかし中身は完全に別人。
(翔馬がもう一人……?いや、与志野達が言ってた奴か)
無闘は眉をひそめる。
「無い野……って奴か?翔馬とそっくりだな、ここに何の用だよ」
「そっくりだと……?笑わせるな、格が違う」
無い野は片手を軽く挙げ、冗談めかした笑みを浮かべた。
「お前の気配が馬鹿みたいに騒がしいせいで、
場所もすぐわかったよ……塵野」
塵野は震える声で無い野を呼ぶ。
「……な、無い野……助け……」
無い野は木から降りるとゆっくりと塵野に近づき、しゃがみ込む。
無闘は警戒しながら後ずさった。
(強いな……技術も恐らく俺と同等……)
指先で、優しくその肩を叩いた。
「気にするな塵野、お前も俺も……同じだろ」
塵野は息を詰めた。
無い野は続ける。
「封印されて、押し込められて……
惨めな月日を過ごしてきた仲間じゃないか。」
その言葉に、
塵野の顔に、わずかな安堵が浮かんだ。
「……あぁ……そうだよな……俺と……お前は……」
油断が、生まれた瞬間。
無闘の表情が微妙に歪む。
(やべぇな……)
と、呟いたその刹那。
無い野の腕が“消えた”。
次の瞬間――
ズブッ。
鈍い音とともに、塵野の胸を“背中側から”貫いていた。
塵野の目が大きく開かれる。
「……あ……?」
無い野は表情一つ変えず、
塵野の胸を貫いた腕をさらに深く押し込みながら言う。
「同じ同志として……肉体を共にしよう。」
一気に蒼の気が吸い上げられる。
塵野の蒼の気が悲鳴のような音を立て、
無い野の身体へと流れ込んでいった。
塵野の声は、もはや叫びにもならない。
「……やめ……無い……っ……野……」
無い野は酷く優しい声で告げた。
「暴れるだけの無能はいらない」
塵野の身体はみるみるしぼみ、魂が抜き取られた抜け殻のようになっていく。
“殺意”という人格が、存在そのものごと失われていく。
最後に、無い野が一言だけ呟いた。
「……ありがとな、これで一つ戻せた。」
塵野は抵抗する間もなく蒼の霧となり、
無い野の胸へ吸い込まれ消えた。
そこには、もう何も残らなかった。
(蒼の気の総量が格段に上がった……!?)
無闘は冷たい眼で無い野を見る。
「……最初からそのつもりで来たのか」
無い野は肩をすくめる。
「それ以外に無いだろう……元々こいつは蒼の気だけが肥大化し実力が伴わない良い鴨だった……」
翔馬は震えながら見つめていた。
自分のコピーのような姿をした男が、平然と仲間を殺し、吸収し、それを当たり前のように扱っている。
(これが……俺の中にいた人格……?
こんな……ヤツらが……?)
無い野は翔馬を見ると
ゆっくりと、気味の悪い笑みを浮かべた。
「亜里野……せいぜい余生を楽しむんだな。
お前は必ず苦しませて苦痛を与えてから吸収する」
空気が再び重くなる。
無い野は一度だけ与志野達を見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「今日はもういい、まだ最終調整も終わってないしな……またな」
無い野の姿は森の中へ溶けるように消えた。
ただ、残った空気は最悪だった。
翔馬は足が震えていた。
戦闘の緊張ではない。
“自分の中にいた怪物”への恐怖だった。
無闘が肩を叩き、短く言う。
「行くぞ、修行の続きだ。」
「……できるのかよ俺……」
「できるまでやるんだよ」
それだけ言って、無闘は森の奥へ歩く。
翔馬たちも、汗と震えを拭いながらついていった。
あの日の修行は、地獄の本当の入口だった。




