表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜里野ストーリー  作者: 与志野 音色
3章 人格分裂編
27/68

27話 密談


街を見下ろす高層ホテル。


下界の喧騒とは無縁の、静かな一室。


重厚なカーテンは半分だけ閉じられている。

部屋の中央、丸テーブルの上には資料が広げられ、端末の淡い光が揺れていた。


無い野の姿はない。

浴室からは微かに水音が響いている。


部屋には二人。


蒼気は椅子に深く腰掛け、ペンを走らせていた。

古い様式の報告書。

データでは残さない、敢えて手書き。


向かいのソファに腰掛けた大井死が、静かに口を開く。


「蒼気さん、報告書は……」


蒼気はペンを止めずに答える。


「ああ、今出来た所だ」


最後の一文を書き終え、ゆっくりとインクを乾かす。


「それにしても上手くいきましたね」


大井死は天井を見上げ、吐息を漏らす。


「十数年間待った甲斐があった……」


その声には、安堵と、ほんの僅かな疲労が滲んでいる。


蒼気は報告書を閉じ、テーブルに置いた。


「そうだな……」


短い肯定。


だがすぐに視線が鋭くなる。


「だがこれからだ」


電気の光が、彼の横顔を照らす。


「ここからは……無い野の才能に掛かってる」


浴室の水音が止まる。


一瞬、二人はそちらに視線を向けた。


大井死が静かに問う。


「本当に……あいつに任せるんですか、いくらあいつが王の血筋とはいえ……」


「任せるんじゃない」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「“使う”」


「無い野は刃だ。

磨けば神をも斬れる」


「だが――」


その視線が、どこか遠くを見る。


「制御を誤れば、

握っているこっちの手まで切り落とす」


その時、浴室の扉が開いた。


湯気の向こうに、無い野の影。

タオルで髪を拭きながら、無造作に言う。


「呼んだか?」


部屋の空気が、わずかに変わる。


「いや?ただの雑談だよ」


蒼気は穏やかな顔を作った。


「これからが本番だって話さ」


無い野は薄いながら冷蔵庫から水を取り出し、無言で喉を潤す。


静寂。


その隙間を縫うように、大井死が口を開いた。


「それにしても……」


指先でテーブルを軽く叩きながら続ける。


「まさかあそこでヴァルキリ野の弟子達がしゃしゃり出てくるとは思いませんでしたよ……もう少し解除が遅れていたら危なかった」


蒼気は椅子に深くもたれ、目を細める。


「ヴァルキリ野か……懐かしい名だ」


短く息を吐く。


「そういえば奴も一枚噛んでたんだったな」


大井死は続ける。


「clutchといいヴァルキリ野といい……厄介な者ばかりが絡んでくる……」


その声音には、はっきりとした警戒があった。


蒼気は即座に返す。


「幸いclutchは今は下界にはいない……ヴァルキリ野も拘束済みだ」


視線が二人を順に捉える。


「私達はノーマークで動ける」


その言葉に、大井死は僅かに眉をひそめた。


「本当に……そう思いますか?」


蒼気は微笑む。


「まあ……そこまで甘く考えちゃいないさ」


空気が止まる。


「懸念点は七天神、そして神出鬼没の災害……総支配人」


「総支配人……」


大井死の表情が曇る。


「運良く神界は今、内側の損失処理で手一杯だ」


蒼気が報告書を手元にあったカバンに入れながら続ける。


「情報によるとB級指名手配犯"恵比寿(えびす)"が神界南に出没し、七天神が対処しているらしい……今の奴らに外を見る余裕はない」


大井死が静かに頷く。


「その隙を突く、と」


蒼気は立ち上がる。


「十数年待ち、仕込みは終わった」


カーテンから照らされる日光が三人の影を伸ばす。


「次に動くのは――」


視線が無い野へ向けられる。


「無い野、お前だ」


無い野はボトルを握り潰す。

プラスチックが軋む音。


その目は、まっすぐだった。


「言われずとも……神界の頂点までまとめて引きずり下ろしてやる」


お茶を飲みながら蒼気が無い野の身体を見つめる。


「蒼の気が随分と減ったな……分裂の影響か」


蒼い気配が無い野の足元で揺れる。


「分裂した人格を吸収すれば元通りになれる……それまでの辛抱だ」


蒼気は眉をひそめた。


「あまり派手にやり過ぎるなよ、今は大丈夫とはいえ奴らがいつ動くかは分からない」


無い野は楽しげに言った。


「問題ないさ……あの時亜里野の身体を見て確信した、奴にも俺と同等の潜在能力がある、使い方は壊滅的だがな……亜里野ともう一人を吸収すれば元通りになれるだろう」


「成程……もう一人は誰にするつもりだ?」


無い野は指を折りながら告げた。


「候補は"sniper"の当て野、"Flower Garden"の花野、そして……"殺意"の(みなごろし)野。」


蒼気のお茶を飲む手が止まった。


「一人……随分と物騒なのがいるな」


無い野は口元だけで笑う。


「この中でいちばん吸収しやすいのは――」


無い野は愉快そうに囁いた。


「──あいつか」


その頃。


山奥の修行場にて、無闘は三人の前に立ち、腕を組んだ。


「まずは基礎中の基礎だ。

いいか、蒼の気は……心臓から“血の流れ”と同じように巡らせ全身に行き渡らせる意識だ、それが基本。」


翔馬が深く呼吸し、胸の中心に集中する。


「血の流れ……と同じ……?」


「これを蒼脈って言うんだ、蒼脈を無意識で出来る様になるまで特訓しないとな」


無闘は手を振り、地面から薄い蒼色の膜を立ち上げた。


「次に教えるのが"蒼鎧(そうがい)"。

基本の蒼の気の防御だ、蒼の気を一点に集中させて固める。」


翔馬は驚きを隠せない。


(蒼鎧……抹殺斗がやっていたやつか……)


与志野と田野も真剣な表情で見入った。


無闘は肩を回し、蒼の気を流す。


「まずは蒼の気を蒼脈で流して……そっから守りたい部分で蒼の気の流れを()き止めてそれを固める」


三人はごくりと唾を飲む。


(こんなの……俺達に出来るのか?)


こうして無闘達による特訓が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ