25話 分裂
蒼気が静かに歩み寄る。
無い野は微動だにせず、
ただ蒼気の掌が自分へ触れるのを待っていた。
「始めるよ……無い野」
「ああ」
蒼気の指先が翔馬の胸へ触れた瞬間──
蒼の気が無い野の身体に流れ込んだ。
ゴウゥッッ……!!
廃工場の空気が一気に重くなる。
「……ッ!!」
無い野は少し苦しそうに汗を流す。
蒼気は目を閉じ、深く息を吸った。
「……見える……亜里野翔馬の気……いや、これは……」
その表情がわずかに強張る。
無い野が低く呟いた。
「そうだ、この身体に居るのは──俺だけじゃない。」
「……どういう意味だ?」
与志野が息を呑む。
無い野はゆっくりと視線を上げた。
「俺と共に封じ込められた合計六つの人格……多重人格達だ」
「六つ……!?」
田野が声を失う。
蒼気は額に汗をにじませながら、
さらに深く蒼の気の流れへ意識を沈めた。
「成程、確かにいるね……素晴らしい」
「蒼気さん、無い野君だけを切り離すのは難しいですか?」
「出来るには出来るが……それに器や無い野が耐えられるか分からない、少しリスキーだ」
無い野は淡々と続ける。
「他の六人も解放させるつもりなら気をつけた方がいい、人格の中でも力が大き過ぎて制御出来ない奴らが何人かいる……」
多井死はその言葉に薄く笑った。
「やはりね……安心してくれ、君の安全は私が守る」
蒼気が集中を深めようとしたその時──
金属片が転がる音。
「……?何だあいつは?」
全員が振り返る。
そこに、血まみれの少女が立っていた。
与志野と田野は驚愕する。
「フンペチ……!?」
だが、フンペチの眼中には与志野達など毛ほども無かった。
その目には壁にめり込み、血を流す抹殺斗が写っている。
「抹殺斗……さん……」
瞬間、枯渇した筈の蒼の気が再び底から湧き出す。
腕は折れ、片目は塞がり、
それでもその瞳には激しい怒りが燃えている。
「……っ……殺す……!!」
与志野と田野はフンペチの圧に押され、端へ後ずさった。
「何て圧だ……!」
「あいつ……あの怪我でまだ……!?」
大井死が小さく眉を寄せる。
「フンペチ……まだ生きていたか」
フンペチはふらつきながらも全身に蒼の気を纏う。
「抹殺斗さんを……よくも……!貴様ら……殺す!!」
叫ぶなり、無い野達へと飛びかかる。
「deletepeti!!!」
「……心苦しいものだね」
多井死が一歩踏み出した瞬間、フンペチの目の前に瞬時に移動する。
指先でフンペチの額を軽く叩いた。
コツン。
その瞬間、フンペチの全身が“蒼に飲まれた”。
ズガァァァァァンッ!!!
床が陥没し、
フンペチの身体は地面に沈み込んだまま動かない。
一撃。
「仮の教職だったとはいえ……我が学舎の生徒を殺すのは」
田野が乾いた声を漏らす。
「……嘘だろ」
(一撃……ていうか何だ今の蒼の気……今の一撃だけで俺の総量を超えてる!)
多井死は軽く手を払う。
「後処理役が前に出るべきじゃないよ……もう聞こえてないか」
蒼気が即座に作業へ戻る。
「すまない、少し揺れた。
無い野──始めるぞ。」
蒼気の蒼の気が翔馬の身体に深く潜り込む。
ゴゴゴゴゴ……!!
内部から複数の脈動が響き始めた。
蒼気の声が震える。
「いくぞ……!」
無い野は黙って頷いた。
蒼気が拳を握り──
「解除。」
蒼の気が爆発するように翔馬の身体から放たれた。
眩い光が工場を満たし──
次の瞬間。
“人影”が次々と翔馬の身体から抜け出した。
ぼとり。
ぼとり。
蒼の靄に包まれながら、
五人の影が床に落ちるようにして現れた。
皆、一息を吸った瞬間──
走り出した。
各方向へ、まるで本能で逃げるかのように。
多井死が呟く。
「散ったか……それにしても……五人だったな……後一人は?」
「多分、翔馬に完全に取り込まれて存在が消えたんだろう」
蒼気は肩で息をしながら頷く。
「成程ね、まあ無い野以外の人格が味方とは限らない以上……消えるのに越した事はないだろう」
無い野はぐったりして動かない翔馬を見下ろし、今度は自分の身体を見つめる。
手足を少し動かし、それを噛み締めるように笑った。
「……終わったか、感謝する。」
蒼気が微笑む。
「礼はいらん。
君は君で──」
その言葉の途中で。
空気が裂けた。
「遅かったか……!!」
「私達抜きで何してるの!!それは違うよ!!」
二つの影が工場に飛び込んできた。
無闘。
否定者F。
何野四天王の二人。
田野が驚愕する。
「なっ……!あいつら……!何野四天王の……!!」
「は!?何野四天王!?何でここに……!?」
多井死の顔から笑みが消える。
無い野も表情をわずかに険しくした。
Fが指を突きつける。
「ねぇ!何で!何で抹殺斗とフンペチ死んでるの!」
無闘は肩を揺らしながら笑う。
「いやギリ生きてるっぽいぞ……てか勢揃いだな。」
多井死が舌打ちする。
「ヴァルキリ野の弟子か……今はまずい」
蒼気も頷く。
「無い野、退くぞ。」
無い野は一度だけ翔馬の身体を見つめた。
無表情のまま、
しかしどこか名残惜しさを滲ませながら──
「……分かった」
地面が揺れ、
無い野、多井死、蒼気の三人が一気に跳躍する。
天井の穴を破って外へ消える。
Fは勢いよく叫び、走り出す。
「ねぇ待ってよ!!」
「待てF!!まずはこっちだ!!」
残されたのは──
気を失った翔馬。
呆然と立ち尽くす与志野と田野。
そして、地面にめり込み沈黙する抹殺斗とフンペチの身体。
そして、新たに現れた何野四天王の二人だった。




