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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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23/50

王妃と廃太子(1/1)

「飲み物を持ってきますね」


 たった一曲分の間だけだったけれど、シャーロットと楽しい時間を過ごせたバスティアンはすっかり気分を高揚させていた。


 どこか夢見るような心地。これから決戦に挑むというのに、こんなに浮ついた気分なのは良くないかもしれない。バスティアンは頭を冷やすためにも冷たいものを飲みたかった。


「バスティアン?」


 シャーロットを壁際に残し、飲み物の乗ったテーブルへ向かう。声をかけられたのはその最中のことだった。


 振り返ったバスティアンはハッとなる。そこにいたのは中年の女性だった。彼女はニコリと笑いながら「こっちへ来て」とバスティアンを誘導し、広間から連れ出す。


 やって来たのは人気の無い控え室だ。


「ごめんなさい。せっかくだから、あなたと二人きりで話したくて……」


 女性はバスティアンとそっくりな金の瞳を潤ませる。バスティアンは彼女の姿をまじまじと見つめた。


「母上……」


 彼を呼び止めたのは現王妃であるバスティアンの母親だったのだ。


「ああ、バスティアン!」


 王妃は我が子を抱きしめた。バスティアンの体に膨らんだ腹部が触れる。


 もう四十歳を越えているというのに溌剌はつらつとした魅力をふんだんに残している王妃は、妾の子と合わせると現在何人目になるのか分からないバスティアンのきょうだいを懐妊中だった。


 たとえどれだけ妾がいようが国王が王妃に注ぐ愛情は本物である。それを証明するかのように、王妃の指には夫から贈られた美しい指輪が誇り高く輝いていた。


「母上……宴などに出てよろしいのですか? お腹の子に何かあれば取り返しのつかないことになりますよ?」


 追放から十年が経った今でも手紙のやり取りを欠かしたことのなかった二人は、時折肖像画の交換もしていた。


 そのために生身の母を見てもバスティアンは驚かなかったが、やはり絵画と実物では感情の揺さぶられ方が違う。身重の母を心配する気持ちも相まって、バスティアンは感傷的な気分になっていた。


「もう、あなたまで私を年寄り扱いして! 心配しなくても、これくらいで参るほどやわじゃないわよ!」


 高齢出産を控えた王妃に周囲がやきもきしていることはバスティアンも母からの手紙で知っていたが、当の本人はあっけらかんとしている。王妃は愛情のこもった手つきで息子の頬を撫でた。


「こんなに大きくなって……。もう私よりもずっと背が高いのね……」


 王妃の笑顔が曇っていく。気が付いた時には、母は顔をうつむけて泣いていた。


「バスティアン……ごめんね。こんなに立派になっても、あなたはまだ私の小さな赤ちゃんのままなのに。全部私が悪いの。私があなたをちゃんと生んであげられたら、こんなことにならなかったのに……」


「母上……」


 恐れていた事態が起きてしまい、バスティアンは嘆息した。


(今のわたしは魔法が使える。そのことを知ったら、母上はどれほどお喜びになるだろう)


 また王都で暮らそうと言うだろうか? そして、バスティアンをもう一度王太子の座につけようとするかもしれない。


 あり得ない話だとは思わなかった。以前のバスティアンなら、その申し出にすぐさま飛びついていただろう。


 けれど、何故か今はためらいを覚えてしまっている。バスティアンは思案した。


(シャーロット様がわたしに魔力を分け与えてくれたのは、わたしを幸福にするためだ)


 皆まで言われずともバスティアンにはきちんと分かっていた。


(わたしは……また王太子の位に返り咲けば幸福になれるのだろうか? それに、魔力を得たとはいえ一度失脚したわたしを周囲はどう思うだろう? もうわたしの居場所など王都にはないのでは? なにせこの十年というもの、わたしは忘れられた存在だったのだから……)


 バスティアンは暗い気持ちになった。


(母上にしてもそうだ。手紙ではいつも「会いたい会いたい」と言っていたが、父上の許しが出ないとかで、結局一度もミースを訪れたことはない。母上は……本心ではわたしのことなどどうでも良かったのだろうか。魔力の無い欠陥品だと心の内では嘲っていたのかもしれない。そんな生まれ損ないが今さら魔力を得たところで、どうにもならないと思うのでは……)


「バスティアン様」


 清らかな声が響き渡った。


 底なし沼にはまり込んでしまったように重く沈んでいたバスティアンの心は、それだけでふわりと軽くなる。シャーロットが控え室に入ってくるところだった。


「捜しましたよ。飲み物を取りに行ったまま中々戻って来ないんですもの。……あら、王妃様。ご機嫌よう」


「あなた……もしかして聖女様の補佐官の? どうしちゃったの。今日は随分と晴れやかな顔ね。いつものあなたは、くたびれた毛布みたいに元気がないのに」


「バスティアン様のお陰です」


 ねえ? と言いたげにシャーロットがバスティアンに視線を送る。輝くオリーブ色の瞳に捉えられ、バスティアンの心の中に大きなヒマワリの花が咲いた。


(そうだ……わたしはもう自分を蔑まないと約束したんだ)


 バスティアンはふるふると首を振った。あまつさえ愛するシャーロットが見ている前である。誓いを破るわけにはいかないではないか。


「母上、わたしは出来損ないなどではありませんよ」


 バスティアンははっきりと宣言した。途端に胸がすっとする。彼はやっと気付いた。この十年というもの、自分はずっとこのセリフを言いたくてたまらなかったのだ。


 けれど、勇気も自信も無いバスティアンには無理だった。


 だが、今は違う。彼はもう以前のバスティアンではない。シャーロットのお陰で生まれ変わったのである。


「母上が産み落としたのは恥の塊ではありません。わたしは高貴なる王妃の子。ですから、これ以上わたしの尊厳を傷付けるようなことをおっしゃるのはやめてください」


 王妃はショックを受けたような顔になる。


 バスティアンは胸の痛みを覚えたが、これで良かったという気もしていた。これで自分も母ももう傷付かずに済む。


 このことがきっかけで親子の縁が切れてしまうとしても後悔はなかった。バスティアンはミースの領主。王城はとっくに彼の帰るべきところではなくなっているのだから。


「ザビーネ・グランツ様、ご入場!」


 係員の声が聞こえてくる。いよいよ本日のメインイベントの始まりだ。


「行きましょう、シャーロット様」


 バスティアンはシャーロットをエスコートし、立ち尽くす母を残して控え室をあとにした。

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