聖女、不正を暴かれて破滅する(1/1)
一ヶ月ぶりに再会した姉は、何だかぐったりしているように見えた。
いつもは肩で風を切って大柄な体を自信たっぷりに揺らしながら威風堂々と自分の存在を周囲にアピールしているのに、今日はそれとは正反対だ。
青い顔でのっそりのっそりと進んでいき、頭に被った豪勢なティアラの重みに耐えかねるようにかすかに猫背になっている。
(お疲れのようですね、聖女様)
心の中でそう声をかけてあげるけれど、労る気持ちは込めない。覇気の無い聖女の肉厚の背中に向かって、シャーロットは「ザビーネさん」と声をかけた。
ザビーネは面倒くさそうに振り返る。シャーロットの姿を認めた途端にその小さな瞳が血走った。
「あんた、やっと帰ってきたのね!」
ザビーネは甲高い声を出した。
聖女が突然激高したことで周囲の視線が一気にこちらを向く。だが、怒れるザビーネはそんなことに気付いていなかった。
「戻ってこいって手紙も全部無視して、仕事をほっぽり出してくれて……! お陰であたしがどんな目に遭ったか分かってんの!? 今まであんたがやってたこと、全部肩代わりしなきゃらなかったのよ!」
「肩代わり? 恩着せがましいことを言わないでください。ザビーネさんは本来のご自分の職務をすることになっただけでしょう」
シャーロットらしからぬ辛辣な物言いに、ザビーネはギクリと頬を強ばらせる。シャーロットは冷めた瞳で聖女を見た。
「大変でしたか? 今まで私に押しつけていたことを全部自分でしないといけなくなってしまって。でも、あなたの本当の苦労はそれとは別にあったはずです。ザビーネさんが私に任せられなかったお仕事……つまり、今までのあなたなら普通にこなせていたことができなくなってしまって、とても困りましたよね?」
「ど、どうしてそれを……」
どうやら図星だったらしく、ザビーネは狼狽えた。やっぱりそうか、とシャーロットは鼻白む。
「こういう宴の場って、色々な噂が飛び交うものなんですね。私、最近のザビーネさんの様子が変だっていう人たちの話を聞いてしまったんですよ」
――聖女様、また魔法薬の生成に失敗したそうよ。
――魔獣を呼び出して教会中をパニックに陥れたとか。
――まあ恐ろしい! 邪神にでも取り憑かれたんじゃないの!?
「悲しいお話ですよね。ちょっと前まで皆から愛され尊敬されていたのに、期待に応えられなくなった途端に根も葉もない噂を立てられるのですから。けれど、風評の中にも真実が含まれていることもあります。……ザビーネさん、あなた、思い通りに魔法が使えなくなってしまったんでしょう?」
まさかの言葉に、グランツ姉妹の話に密かに耳を傾けていた周囲がざわついた。
今になって自分たちが周りの注目を集めていたと気付いたザビーネは、弾かれたように「デタラメよ!」と叫ぶ。
「あたくしは聖女なのよ! それなのに力をコントロールできないなんてこと、あるはずないでしょう! 侮辱もいいところだわ! あんた、あとで覚えてなさいよ!」
「……あくまで白を切り通すのですね」
シャーロットは小さく首を振った。やはりザビーネは素直に自分の罪を認める気はないらしい。
「……バスティアン様」
シャーロットが呼びかけると、人混みの中からミースの領主がやって来る。彼が連れていたのは夕焼け色の髪をした少女だった。
「やっとアタシの出番? 待ちくたびれちゃった!」
少女はザビーネに向けて、気安い態度でニヤリと笑ってみせる。聖女は心底不愉快そうに、「誰よ、この子」と言った。
「アタシはリル。ミース城の厩舎係だよ」
「厩舎係ですって?」
ザビーネは小バカにするようにオウム返しにした。
「ちょっと、シャーロット。あたくしは廃太子を式典に連れて来いとは言ったけど、下働きの小汚い子どもまで招待しろとは頼んでないわよ。何考えてるの?」
「それはこっちのセリフですよ、ザビーネさん」
シャーロットはリルに視線を遣った。
「あなたこそ何を考えていらっしゃるのですか。私の姉にそんな口を利くのはやめてください」
「はあ? 姉? 何をバカなことを。あんたの姉は……」
「私の姉は、もうリルさんだけです」
きっぱりと宣言したが、ザビーネはまだ事態をきちんと把握できていないらしい。頭がおかしくなったのではないかと言いたげな目でシャーロットを見ている。
「何で私がこんなことを言うのか分かりませんか、ザビーネさん」
シャーロットがリルに目で促す。すると、彼女はスカートのポケットからあるものを取り出した。青い石がついたペンダントだ。
「こんなものを私に寄越すような人のことを、どうしてこれからも姉だなんて呼び続けられるでしょう?」
「それは『スワップ・ジェム』じゃないか!」
突如、声が上がる。
叫んだのは、人混みに紛れて事の成り行きを見守っていた高齢の女性だった。彼女がここにいてくれるのなら話は早い、とシャーロットほっとする。老婆の正体はグランツ家の宗主だったのだ。
「シャーロット、どうしてお前がそんなものを持っているんだい!? それはグランツ家の宝物庫に保管されているはずだよ! まさか盗んだわけじゃないだろうね!?」
「はい、盗みましたよ。ただし、私ではなくザビーネさんが、ですが」
「バカなことを言うもんじゃないわよ! 宗主様、騙されないで! シャーロットは嘘吐きよ!」
ザビーネが声を張り上げた。シャーロットは「嘘吐きはザビーネさんの方ではありませんか」と冷静に返す。
「あなたのしたことをこの場で皆さんにお話ししましょう。あれは今から九年前、グランツ家の本家で年に一度行われる、一族が集まる宴の席でのことでした」
「シャ、シャーロット……? あんた、何言って……」
ザビーネはあからさまに動揺したが、シャーロットは構わずに続きを話す。
「楽しいパーティーのはずが、ザビーネさんは浮かない顔をしていました。何故ならば、あと数ヶ月後には十三歳の誕生日が迫っているのに、ザビーネさんはまだ魔法が使えなかったからです」
魔力が顕現するのは十三歳まで。タイムリミットは刻一刻と迫っている。ザビーネは怯えるあまり宴どころではなかったのだ。魔法が使えない者は悲惨な人生を送らなければならないと彼女にはよく分かっていたのである。
「そんな中、ザビーネさんは宴の参加者が宝物庫に保管されているあるお宝のことを話しているのを聞きつけました。それがこのペンダント『スワップ・ジェム』です。ザビーネさんも同じものを持っていますよね?」
リルが皆によく見えるように件のアクセサリーを掲げる。ザビーネがまた何か喚こうとしたが、宗主が「うるさい!」と一喝して黙らせた。どうやら宗主はシャーロットの話は聞く価値のあるものだと判断したらしい。
「これはただのアクセサリーではありません。二つで一つの魔法具なんです。効果は、持ち主の魔法を扱う能力を入れ替えるというもの。この話を聞いた時、ザビーネさんはピンときたんでしょうね。これを使えば窮地を脱出できる、と。要するに、片方の『スワップ・ジェム』を自分が持って、もう一方を魔力を持つ人物に与える。すると、二人の力は交換され、ザビーネさんは魔法が使えるようになるんです」
もっとも、その方法では交換相手がザビーネに代わって魔法が使えなくなってしまうのだが。しかし、自己中心的なザビーネがそんなことを気にするわけがなかった。
「自分の無能力を他人に押しつける方法があると分かったザビーネさんは、早速作戦を立てました。まずは、宴で気が緩んでいた警備官に『宗主様からです』と言ってお酒を振る舞い、ぐでんぐでんに酔っ払わせてしまう。その隙にカギを拝借して宝物庫に侵入。あとはお目当てのものをちょうだいするだけです」
十代前半の子どもに出し抜かれる警備役というのもいかがなものかと思うが、相手が幼いからこそ油断していたのだろう。そこまで見越していたとしたら、ザビーネは本当に狡猾だ。
「もちろん、ザビーネさんは一人でそれを実行に移したわけではありません。安全にお宝を盗むまでの周囲の警戒役、それから、犯行がバレた時に罪をなすりつける相手。この二つの役目を果たしてくれる人をザビーネさんは探していました。そして、私に白羽の矢を立てます」
当時からザビーネはシャーロットに対して支配的に振る舞っていたのだ。だから、妹を共犯者にするのはザビーネとしては至極当然の発想だった。
「仲間を手に入れたザビーネさんの計画は順調に進み、私たちは宝物庫に侵入しました。けれど、その途中で思いがけないことが起こります。私の魔力が覚醒したのです」
――お姉様……何だか体が熱いです……。
魔力の顕現というのは、通常は前触れもなしに起こるものだ。当時十一歳のシャーロットの身に起きた変化も突発的なものだった。
「ザビーネさんは嫉妬したでしょうね。目の敵にしていた妹の方が先に魔法を会得してしまったんですから。だからこそザビーネさんは私を選んだんでしょう。まだ決めていなかった『スワップ・ジェム』の贈り主に」
こうしてザビーネは魔法を得た。だが、計算高い彼女は後始末も忘れない。
「ザビーネさんは魔法で『スワップ・ジェム』の複製品を作り、それを元の場所に置いて盗難を誤魔化しました。『スワップ・ジェム』は展示専用のような扱いを受けていましたから、偽物と気付かれる心配はありません。それだけではなく、ザビーネさんは魔法で共犯者の……私の記憶を改ざんしました。自分がこの計画を持ちかけてからのことを、綺麗に忘れさせたのです」
だから、シャーロットは自分が魔力を得ていたことも、ザビーネが不正を働いていたことも分からなかったのだ。
「一つだけ予想外だったのは、私の魔力があまりにも強すぎたことです。といっても、それはザビーネさんにとっては悔しくて嬉しい誤算だったのかもしれませんが。お陰で聖女になれたのですから」
全ての告白を終えたシャーロットはザビーネを冷ややかに見つめた。
「私の言いたいこと、分かりますよね? 私はもう聖女の陰ではありません。そんな存在に甘んじる理由など、初めからどこにもなかったのですから」
シャーロットが頭上に手を掲げると、天井からカモミールが降ってきた。
会場中がどよめく。
名門グランツ家の落ちこぼれシャーロット。姉の情けに縋ることしかできない力無き者。
天井から白い花が降り注ぐ光景は、そんな皆の共通認識を一瞬で打ち破ってしまった。ザビーネはショックのあまり放心状態になっている。
しばらくは誰もが声にならない声を発するばかりだった。その奇妙なざわめきを破ったのはグランツ家の宗主だ。
「この愚か者が!」
カモミールの花を吹き飛ばすような怒声を放ち、宗主はザビーネに向けて魔法を放つ。ザビーネの大きな体がまるで磔になったような格好で宙に浮いた。
「よくも……よくもこんなことを! 神聖なる聖女の地位を何だと思っているんだい!」
グランツ家の宗主は先代の聖女だったのだ。彼女はその職務に大変な誇りを持っていた。 それなのに自分が地位を譲ったのがとんでもない悪党だったと気付いて、すっかり頭に血が上ってしまったらしい。
「そう……しゅ……さま……。あ、あたくし……は……なにも……」
ザビーネは苦しげに顔を歪ませたが、宗主は容赦しない。自分の介添えを務めさせていた若い従者にザビーネの懐を探らせる。もう一つのスワップ・ジェムを発見すると、宗主の怒りは頂点に達した。
「ザビーネ! お前を勘当する! もう二度とグランツ家の門を潜るんじゃないよ! それだけじゃない! あんたみたいな罪人は一生牢獄から出られないようにしてやるからね!」
宗主はザビーネの体を思い切り床に叩き付けた。ザビーネはそのまま伸びてしまう。
まるで踏み潰されたカエルのような姿。それは不正にまみれた元聖女の哀れな末路だった。




