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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明


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22/50

聖女の陰は廃太子に恋をする(1/1)

 月が変わり、いよいよ建国記念式典の日が近づいてきた。


 すっかり準備を整えたシャーロットたちは、ミースから王都へ向かう旅に出る。そして、何日もかけてようやく目的地に辿り着いた。


「この辺りも随分と変わりましたね」


 馬車の小窓から外を見ていたバスティアンが物珍しそうに言った。彼にとっては十年ぶりの王都だ。記憶と違う光景に戸惑っているのだろう。


 シャーロットも奇妙な懐かしさを覚えていた。ミースで過ごしたのは一ヶ月ほどなのに、もう長い間この土地を離れていたような気がする。それだけあの辺境で密な時間を過ごしていたということだろう。


「以前はもっと道が狭かった気がします」


「何年か前に都市改造計画が実行されたのですよ。それで、メインストリートの道幅が広くなったのです」


 だが、拡張されたはずの大通りも今は馬車で大混雑していた。今日の式典のため、国中から貴顕たちが集まっているのだから無理もない。


 のろのろと、それこそ歩いた方が早いのではないかと思うくらいの速度で馬車は進んでいき、シャーロットたちはようやく王城の車寄せまで辿り着いた。


 馬車が止まり、執事のオラフが降車準備を始める。開けっ放しになっていた小窓から外の声が聞こえてきた。


「あらあら、とんでもなく古びた馬車ねえ。塗装もあんなに剥げちゃって。骨董品屋から買い求めたのかしら?」


「わたくしだったら、あんな薄汚い乗り物では恥ずかしくて外出できませんわ。一体どこの貧乏貴族が乗っているのでしょう?」


「見てよ! 馬車を引いてるのはバイコーンよ! 王城へ魔獣を連れてくるなんて! 暴れ出したらどうするの!?」


 何やら好き放題言われているようだ。オラフがドアを開けてくれたものの、シャーロットもバスティアンもすぐには下車する気にはなれなかった。


(ですが……ここまで来て帰るわけには……)


 シャーロットはただ宴に出るためだけに王都へ帰ってきたわけではないのだ。過去の因縁にケリをつける。そのための舞台としてこの式典を選んだのである。


「……行きましょうか、シャーロット様」


 バスティアンも、もはや逃げられないと悟ったようである。二人は決意を込めて視線を交わし合い、先にバスティアンが馬車を降りた。


 伸ばされた手をシャーロットが取る。小さな足を覆うガラスの靴の底が石畳に触れた。


 二人が外に出た途端に、嘲笑の声がピタリとやんだことにシャーロットは気付いた。代わりに興奮したような囁きが聞こえてくる。


「な、なんと麗しい方々なんだ……!」


「遠国から招待された王族かもしれないわね。ええ、そうに違いないわ! あんなに高貴な顔立ちをしているんですもの!」


「素敵な殿方……。私をダンスに誘ってくださらないかしら?」


「くうぅ! 連れがあんな美形の男じゃなければ、俺があの美貌のご令嬢にエスコートを申し出ていたのに!」


(あら、まあ……)


 聞こえてくるのは褒め言葉ばかり。しかも、バスティアンだけではなくシャーロットを賞賛している者もいるではないか。


 ――あなたがあまりにも美しくて。


 かつてバスティアンにそう言われたことがあったけれど、今になってやっとその意味が分かった気がする。


 皆の目には、自分はとても美しく映っているのだろう。ちょうど、シャーロットが正装したバスティアンの凜々しさに密かにときめいているのと同じように。


「シャーロット・グランツ様、バスティアン・ミース様、ご入場!」


 会場のメインホールに入ろうとすると、係の者が声高にそう告げた。今度は別の意味で皆がどよめく。


「今、バスティアンって言った? 確か昔廃嫡された王太子様もそんな名前じゃなかった?」


「グランツ家のご令嬢だったのか……。だが、あの一族にあんな美人がいたか?」


 会場中の視線がこちらに集まっている気がする。シャーロットはこそっと囁いた。


「私たち、とっても目立っていますね」

「シャーロット様が眩しいほどに可憐だからですよ」


 バスティアンが煌めく瞳で見つめてきたので、シャーロットは少しうっとりしてしまった。


「姉がどこにいるか捜しませんと」

「ええ、そうですね。ですが……その前に一曲だけ踊りませんか?」


 バスティアンは楽団が奏でる優雅な舞踏曲に耳を傾けている。音楽に聞き入るその姿は知的な輝きに満ちていた。今日のバスティアンは何をしても絵になる、とシャーロットは感嘆する。


「ダンスにはあまり慣れていないので、失敗したらすみません」

「ご心配なく。わたしも随分とご無沙汰ですから」


 二人は会場の中心に進み出て、互いに体を密着させた。


 ほとんど初心者も同然の二人の、少しぎこちない踊り。けれど、シャーロットはバスティアンとの共同作業に喜びを感じていた。


 ステップを間違えても、音楽と合っていなくてもいい。バスティアンの足を何回か踏んでしまったことだけは申し訳ないけれど、この王城でのダンスは輝かしい思い出として、シャーロットの胸の中に残り続けるだろう。


 音楽が終わる。シャーロットは一礼してダンスを終了した。


 皆が先ほどの自分たちの踊りについて何か感想を言い合っているのが聞こえたが、その内容は頭に入ってこない。


 シャーロットはバスティアンに視線を向ける。バスティアンもシャーロットを見つめる。密な空気が二人の間に流れた。


 ダンスが終わってもシャーロットの心は弾み続けていた。


 この瞬間に、シャーロットはいかに自分がバスティアンに惹かれていたのか、はっきりと自覚したのだった。

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