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9話:客の予想を覆せ! マティアス渾身の必殺技

「っくっくっく。いーい感じに火がついてんな」


 火花散らすマティアスとガーネットに、笑い声が割って入る。

 二人の側にはいつのまにやらデスティが立っていて、その様子を愉快そうに見ていた。


「そんなオメーらに面白れぇ情報を追加だ」

「面白い?」

「情報デスカ?」


 マティアスとガーネットは揃って首を傾げる。


「『オッズ』だよ、小規模だがサブマッチでは賭けもやってる。選手は(八百長厳禁だから)賭けに参加できねーが、お前ら二人にオッズがどんだけかかってるか教えとこうと思ってな」

「「オッズ……?」」

「あー、そこからか……。オッズは倍率だ。例えばオッズが2倍の奴に100エヌ賭けると、ソイツが実際に勝てば200エヌ貰えるっつー仕組みになってる」

「デスティ、当たり前やけどウチらまだ成人しとらんからな? 学生は知らんのが当たり前やからな?」


 更に首を傾げる二人に、デスティは少々肩透かしをくらった表情をしつつ、オッズの事について簡単に説明をした。

 ……後ろにいるジュンコが白い眼で睨んでいるが、デスティは特に気にしていないようだ。


「そんで、集計用の死体人形から情報を確認したんだが、マティアスのオッズが2.4倍、ガーネットは1.2倍って具合だな」

「僕の方がオッズは高いんですね、どういう理屈なんですか?」

「オゥ、マティアスに負けてマス……」


 数値の大きさをみてガーネットは落ち込み、マティアスはオッズの大きさの意味を聞いた。

 するとデスティは「くっくっく」と意地悪く笑った。マティアスは何か嫌な事を言いそうだなこの人と予感し。


「オッズが高いほど、それだけソイツに賭けられた金額は少ない――要するに『勝てそうにない』って思われてるっつーことだ」

「! ツマリ、ワタシのほうが勝つと思われてるワケデスネ!」

「……なるほど」


 予感は的中する。

 ガーネットは先ほどと反対にパッと明るい表情に、そしてマティアスは少し押し黙る。


「こうなったのは2人とも初参加で、観客は演武を見て判断するしかなかったからだな。おおかたガーネットの魔弾は派手で、マティアスの技は地味に映ったんだろ」

「地味」


 マティアスはデスティの言い放った『地味』の一言に、軽くショックを受ける。

 ――確かに、まあ、魔弾が炸裂する光景は、派手だし、豪快だし、見栄えがよかったけど……。などとモヤモヤしながら。


「……デスティさん。サブマッチのルールを確認したいんですけど」

「おう」

「結界を破壊したら、即失格ですよね?」

「マティアスくん観客に八つ当たりはアカンて」


 確認しておくべきだと思い立ったので、サブマッチのルールを聞いてみた。ジュンコが何やら言っているが、マティアスに他意はない、ないったらないのである。


「もちろんだ。結界を壊さなくても、観客の存在と安全を無視して、結界に過剰な威力の攻撃を当て続けることもルール違反だな」


 観客と選手に安全安心を謳ってるからには、要の結界については厳しくルールを敷いているようだった。

 確かに、いくら頑丈とはいえ結界をわざと攻撃するというのは悪質な行為だし、サブマッチという競技には相応しくない、マティアスもそこは理解できた。


「ま、まあウチの結界は間引きの人でも壊せんくらい頑丈やから! マティアスくんも変なこと気にせんと、サブマッチに集中したってな!」

「あはは、大丈夫です。怒ってはないですよ」

「ほ、ホンマ? なんか却って怒ってる雰囲気ある気がしたけど、お手柔らかになー?」


 どうやらジュンコはマティアスが怒っていると思ったらしい。励ましつつもどこか焦っている様子だった。


 しかしマティアスは本気で怒ってはいない、地味と言われてショックは受けたが、結界のルールに関しては必要があったから聞いたのである。


「教えてくれてありがとうございます、デスティさん」

「行ってこい。お前の力を見せてみな」


 デスティにお礼を言った後、マティアスはガーネットの方へ向き直る。

 サブマッチの前に、先程の返事をしておきたかった。


「ガーネットさん」

「ウン?」

「――僕が勝ちます」

「! 望むところデス」


 勝つのは自分であるとガーネットに表明し、彼女もまた嬉しそうに、そしてやってみろとばかりに獰猛に笑ってみせる。

 そうして、マティアスはフィールドへ歩き出した。


「マティアスくんも、意外と熱い性格しとるなー」

「っくっくく、負けず嫌いは大歓迎だ」


 マティアスが意外と勇ましい性格をしていたことに、ジュンコは意外といった風に驚いていて、デスティは好ましいといった様子で笑っていた。


「だが……」


 しかしすぐに、デスティの雰囲気が替わった。

 二人が火花を散らす様を楽しんでいた彼は、お手並み拝見といった感じでマティアスを見つめると。


「オッズは意外と正確だ。ガトリング砲を上回る姿に変身できなきゃマティアスは負ける。少なくともワイバーン姿じゃ勝てんぜ」


 絶対の自信を持って、断言する。

 演舞で見せた力だけでは、マティアスに勝ち目はない。


 マティアスのサブマッチ、その第二幕が上がる。



「またまたお待たせしたな観衆共! ここから先は変身魔法使い(シェイプシフター)・マティアスの百獣狩りだ!」


 デスティの声が会場に響き渡り、サブマッチ会場には再び歓声に包まれた。


「最初に用意する魔物型ターゲットは、ガーネットの時と同じく99体だ!」

「えらい数がまたしてもっ! 果たしてマティアス選手の千変万化流は、ガーネット選手の銃を超える事が出来るんか!?」


 ガーネットの時と全く同じ、フィールド全体に無数の暗緑色の閃光が発生し、肉塊があっというまに魔物の姿形へと変形していく。


「すーっ……ふー……」


 大きく息を吸い、そして大きく息を吐く。

 全身に向けられた観客たちの好機の視線が、ターゲットの群れに遮られていくのを感じながら、マティアスは深呼吸をした。

 呼吸が軽い、調子はいつも以上に万全。サブマッチをクリアする最適解すがたへの準備は整った。


(ガーネットさんがガトリング砲を使ってから、ずっと考えてた)


 今のマティアスは至極冷静だ。少なくとも演武の時と違い、思考が回っている。

 ガトリング砲の威力に見惚れ、ガーネットからの宣戦布告で心に火がつき、デスティの扇動をきっかけにルールを確認したことで、変身する姿は自然と定まっていた。

 

(千変万化流の技で、どうやったらガーネットさんより早く魔物を倒せるか。彼女に勝てる姿は)


 ガーネットに追いつき、タイムで上回るには、生半可な姿では達成できないとデスティは感じていた。

 大量のターゲットに対し、ガトリング砲はそれを上回る圧倒的物量を、短時間のうちに高速でぶつけ続ける。


 そして魔弾はターゲットに着弾した時のみ炸裂し、結界に対しては反応しない――即ち、観客の安全にも配慮してあるのだ。


 ルールを守り、尚且つ素早くターゲットを全滅する。ガーネットの戦法は、このサブマッチにおいて最適解の一つとも言えた。

 そんな彼女に勝つ姿は――


(そんなの、ない(・・)。考えて分かった。どんな姿に変身しても、僕はルールを守った上で勝つ事は不可能だ)


 ――存在しない。デスティの見立てと、オッズは確かに正しい。

 ワイバーンなどの小型魔物に変身しても、殲滅力においてガトリング砲を上回ることはできない。

 さりとて、巨大な魔物に変身すれば結界にまで配慮することができない。


一つの姿(・・・・)だけなら(・・・・)


 しかし、打つ手無しかと問われれば、否である。


「魔物型ターゲットの配置は完了だ!」

「サブマッチ開始や! 観客の皆は見落とさんよう、よお見とってなー!」


 サブマッチの開始を告げる声、周囲はすっかり魔物型ターゲットに満たされた。


「千変万化流」


 マティアスは右手を掲げる。

 これは身体の大部分を母たる水で満たす原始の魔物、定まった形を持たず、思考を持たず、本能のままに揺蕩い、絡み溶かすもの。


腕形わんけい大海坊主パシフィカ・スライム


 海と変わらぬ体躯を持つソレが、自分の(・・・)右腕なのだ(・・・・・)


 マティアスの右腕だけが、肩から消失する。

 そして直後に。


 結界の内側の全てが、青く透明な液体で満たされていた。


「わぷっ!? ……み、水ぅ!? フィールドの中全部が、水ん中に沈んだぁー!?」

 

 それは、『そそぐ』という過程を無視した、突然の水没だった。

 現出した液体に空気は押し除けられ、結界をすり抜け、突風となって観客席そとがわへと吹き飛ぶ。


「ワッツ!? か、風がッ……!?」

「デスティ! 一体何が起こっとるん!?」

「スライムだ! マティアスのやつ右腕だけ(・・・・)バカでかいスライムに変身しやがった!」


 吹き荒れる突風に怯みながらもデスティとジュンコは実況と解説を行う。


「大きさからして海スライムの最大種。ターゲットに水棲の魔物が一つもいねえのを見て、スライムの中に全員沈めるとは……! だがっ……!」


 結界中を満たす水色の液体の中には、無数のターゲットたちが手足をばたつかせ、踠いている。

 陸上や空中で暮らす魔物を元にしたターゲット達は、水中という環境では動くこともままならない。


「なっ、なんとマティアス選手!? 超大型のスライムに変身して、ターゲット全部を溺死させるつもりなんかーっ!!?」

(……いいや)


 マティアスはフィールドの中で沈みながら、ジュンコの実況を心の中で否定する。


(溺死じゃガーネットさんのタイムは抜けない。だから、もう一つ)


 右腕をスライムに変えたのは、縦横無尽に動くターゲットを動きにくくする、それだけのためだった。

 残した右腕以外は、別の姿へ(・・・・)


(千変万化流、全形――)


 それは海中にのみ生息する存在、変幻自在の迷彩と幾千の触腕をもち、獲物を締め上げ食い殺す、異形の海魔。


(――千手海蜘蛛ヘカトンクラーケン


 悪魔と謳われ恐れられるソレこそが、自分なのだ。


 そうして遂に、マティアスの全身は消え。

 直後に、無数の触手蠢くオオダコが、スライム満ちるフィールドに顕現した。


「たっ! タコ!? デスティ、アホみたいにデカいタコや!? タコのターゲットを出したんか!?」

「ありゃマティアスだタコ助! あいつ、右腕だけをスライムに、残った全身をこのオオダコ――ヘカトンクラーケンに変えやがった!」

「スシ何人分になるんデショウ……?」


 突如として現れた、ダーリックホエールにも引けを取らぬ大きさのタコを前に、ジュンコは思わずデスティが出したターゲットなのかと錯覚すらしていた。


「右腕がスライムで他がタコ!? 変身魔法ってそないな事ができるん!?」

「……理論上、できなくはねぇ。変身魔法は複数種類の部位を組み合わせて、キマイラみてーな外見になることだって可能だからな。だが……」


 ジュンコの問いにデスティは一瞬だけ難しい顔をすると、冷や汗を流しながら笑う。


「……体の部位が魔物そのものに変身するのは初めて見た。心情発現型の魔法は恐ろしく高度だって聞いたが、まさかここまで次元が違うとはな……!」


 それは、とんでもないものを見せつけられて、笑うしかないと言った様子だった。


 しかし、千変万化流の技はここからである。

 スライムの中で揺れるオオダコは、地面に対し直立の大勢をとりながら、ゆらりゆらりと触手を揺らしている。

 全身の9割にも及ぶタコの筋肉を弛緩させているのだ、後に続く攻撃きんちょうのために。


(千変万化流、蛸形しょうけい


 マティアスは心の内で、技名を唱える。

 幾千もある触手が、先端のみを上に向けた状態でぴたりと動きが止まった。

 まるで触手一本一本が片手で拝むかのような仕草、しかしその実態は、打撃を繰り出すための戦闘体制スタンスである。


蛸足たこあし拝閃はいせんッ!!!)


 瞬間、大量の触手による暴打の乱れ撃ちが、水中で炸裂した。


「こ、こここれはっ!? タコと化したマティアス選手、大量の触手でターゲットの群れをめったうちやぁー!!?」

「サイズがデカイぶん、威力もとんでもねぇ!」


 暴風雨のごとき激しい鞭打がフィールド内に駆け巡り、ターゲット達を粉微塵に砕き、千切り飛ばしていく。


 どれだけ足が速かろうと、空を飛ぼうと、海中に等しい大海坊主パシフィカ・スライムの中ではろくに身動きができず。

 そんな中、千手海蜘蛛の蛇竜よりも太い触手が、武術の技を伴って襲い掛かるのだ。

 攻撃を受けて生き残れるターゲットなど、ひとつもいなかった。


(1匹も、逃さない……っ!)


 殴る、殴る殴る殴る殴る、ガーネットを超えるために、ガトリング砲を追い抜くために、マティアスは全ての触手を全方位へ振り回し続ける。



「99体撃破確認ッ! ラストターゲットだ!!」


 あらゆるターゲットをちりに変えて、スライムの中に溶かし尽くし、そしてデスティは叫ぶ。

 直後、フィールド内部に暗緑色の光が迸り、マティアスが変身するオオダコとそう変わらない大きさの、竜鱗まといし陸クジラが顕現する。


「サブマッチは平等だ、出すターゲットを変えたりはしねぇ。ま、どうなるか結果は見えてっが――ダーリックホエール・竜鱗装甲ドラゴスケイル!」


 しかしダーリックホエールはそもそも陸生の魔物であり、水中に適応しているわけではない。

 故に、スライムに満たされたフィールド内に放り込まれた姿は、まさに格好の餌食としか言いようがなく。


(千変万化流、蛸形しょうけい蛸頭巾たこずきん

「おおーっ!? マティアス選手、水中で碌に動けんダーリックホエールを、あっちゅう間に抱え込んだぁ!」


 ぶわ、とマティアスが変ずるオオダコは全ての足を広げ、ダーリックホエールに組みつき全身を覆う。

 まさに獲物に喰らいつく蛸といった光景、しかし、武人たるマティアスは食い殺すつもりなどさらさらなく。

 

(これで、トドメ! 蛸絞たこしぼり!!)


 オオダコの全身が大きく隆起する、ダーリックホエールの全身が、ミシミシと悲鳴をあげた。

 まるで巨大な手のひらで力いっぱいに握り締めるように、内へ内へと、圧力をかけていき。


 ボゴキ、と鈍い音が結界の中に響いた。

 ダーリックホエールの形が、くの字に歪んだ。

 触手に覆われて、おおよその形しか確認できないが、明らかに背骨が折れていた。


「撃破だ!」

「最後はダーリックホエールを豪快にサバ折りして、マティアス選手サブマッチクリアや!」


 デスティとジュンコの声がサブマッチ会場に響き渡る。


(よしっ――った)


 マティアスは、抱えていたダーリックホエールが崩壊し消える感触を確かめると、元の姿に戻る事にした。

 まずオオダコの姿が消え、そのままフィールドを満たしていたスライムも跡形もなく掻き消えた。


 そうしてフィールドがすっかり元の乾いた運動場に戻った後、5体満足のマティアスが出現する。


「あのっ! タイムは、タイムはどうですかっ!?」


 マティアスは真っすぐ解説席の方へ向かおうとするが、大規模な変身に大立ち回りをしたせいか、その足元はおぼつかない。

 だがそれでも、勝敗を知りたくて堪らなかった。


 生涯で初めてと言っていい、勝つために繰り出した千変万化流の技は、果たしてガーネットの銃を超えることが出来たのか。


「っくくく、聞いて驚きやがれ。1分38秒(・・・・・)! この百獣狩りサバイブ・マッチ。勝者は変身魔法つかい(シェイプシフター)、マティアス・リーヴィングだ!!!」

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