7話:フライシュッツ 対 シェイプシフター
演舞が終わり、サブマッチ会場は20分程度の休憩時間に入っていた。
この休憩時間は選手達を休めるだけではなく、デスティ達運営は演舞で荒れたフィールドの整備を行い、観客達は金を賭けに席を外したりしていた。
とはいえ、サブマッチの選手であるマティアスとガーネットは自らの試合に賭けることはできない。
二人は実況解説席に用意された椅子に並んで座り、おとなしく本戦を待っていた。
「マティアスマティアスー! ドウシテ今まで変身魔法使えるコト、隠してたんデスカー?」
「えっ?」
その休憩の最中に、マティアスはガーネットにそんなことを聞かれた。
彼女の表情は好奇心に満ち満ちている。先ほどの演舞で、マティアスがどうやって今朝のサブマッチをクリアしたのかという疑問は解消されたものの、どうやらまた新たな疑問が生まれてしまったらしい。
「そ、それは……」
「ワタシ一年はこの学校に通ってマスケド、マティアスがあんなこと出来る何てゼンゼン知りませんデシタ! モシカシテ、門外不出の暗殺拳のデンショーシャ、だったりするのデスカ!?」
「あ、暗殺拳!? 千変万化流はそんな物騒な――いや結構物騒だな――でも、そんなのじゃないよ!?」
確かにマティアスは、自分が変身魔法使いであることも、千変万化流の使い手であることも話した事はない。
理由の第一は、自分の体質を勘繰られることを防ぐためだったのだが……。
「隠してたって訳じゃないけど……。ほら、さっきの技もそうだけど千変万化流って危なくて普段使えない技ばっかりだし。それに武芸やってるのかって、誰にも聞かれたこと無かったから……」
「オゥ、控え目過ぎて誰にも気付カレなかったパターンデスネ……」
「あはは……そうそう……」
それに加えて、単に機会がなかったのと、自分から自慢するような気質ではなかった事が合わさった、という理由もあった。
ガーネットの気の毒そうな視線に、マティアスはいたたまれない気持ちになる。
誰かに知って欲しいとは特に思っていなかったのだが、そういう事情を気軽に話せる友人が一人もいない事を再認識してしまい、少々辛かった。
「……でも僕も、ガーネットさんがあんな凄い銃を持ってるなんて全然知らなかったよ。格好もそうだけど、まるで『ディザスター 荒野に向かって撃て!』のベーブみたいだよね」
会話ついでに、マティアスはガーネットの格好が、読んだことのある西方小説の主人公に似ている事を指摘した。
その小説は、100年ほど前の西方地域を舞台に、ディザスター・ベーブという保安官が射撃の腕と魔弾で魔物や悪党と戦っていくといった内容の小説である。
文章のみでの描写ではあるものの、ベーブは今のガーネットと同じように、茶色い西方の衣装を身にまとい、魔弾を装填した銃を持っているのだった。
「マティアス、アノ小説を読んだことがあるんデスカ!?」
「う、うん、読んだよ。ガーネットさんがよく話してるのを聞いてて、面白いのかなって気になったから」
「オォ……ワタシのジミチな布教活動が実を結びマシタ……!」
「あの、ガーネットさん?」
マティアスの例えに、ガーネットは思った以上に食いついた上に、天を仰いで感極まっていた。
今の会話でどうしてそんなリアクションになるのか分からないマティアスは、大丈夫かという意味合いで名前を呼ぶと……。
「同志マティアス」
「……同志?」
がしっ、目の前に移動したガーネットに、両肩を掴まれていた。
彼女のいつになく真剣な顔付きに気圧されたマティアスは、彼女の言葉をそのままオウム返しする。
「ソウ、共にディザスター・ベーブを愛するモノとして、ワタシ達は同志ナノデス」
「そ、そうなのかな……。いやまあ確かにお話はとても面白かったけど」
「その感想こそ愛ナノです! ソシテ同志マティアス。アナタはワタシの格好をベーブに似てると言いましたネ?」
「い、言ったと思いますはい……」
「正ニ! ソノトオリデス!」
ガーネットは勢いよく立ち上がって、マントをはためかせ、銃を天へと向けて構えると。
「コノ格好モ! 銃モ! 魔弾モッ! みんなディザスター・ベーブをイメージしたモノなのデス! どうデスどうデス? カッコいいデショウ?」
むふーっ、と満足気な表情でカッコイイポーズをとり、マティアスに感想を求めるのであった。
どうやら彼女、ベーブの熱心なファンらしい。
「は、はい、とてもカッコ良いです」
「デショウ! ワタシの射撃特訓と、魔弾の知識と、お裁縫術の結晶ナノデス!」
「その衣装手作りなんだ」
「イヤー、流石に故郷に残ってる昔の服は古過ぎて着れマセンデシタ」
「100年前の伝統衣装だもんね……」
「ホントは将来の夢もベーブと同じ保安官になりたかったのデスガ、『今どきそんな魔弾なんて保安官は使わない、クマでも撃ち殺しにいくのか』ってパパとママに言われマシテ」
「ま、まあ威力が威力だし。人に向けたら確殺だろうし……」
そしてマティアスもまた、ベーブの熱心なファンと思われたらしい。
同志と会えたという興奮も相まって、ガーネットは洪水のようにアレコレと自分の話を始めてしまう。
対するマティアスはというと、ただ言葉の量に圧倒されて、適当なツッコミを入れるくらいしかできない。
あまり他人と喋る経験が無かったからといえばそうなのかもしれないが、それにしたってガーネットが喋り過ぎていた。
「ソレデモ、ワタシはベーブにより近づくタメ、ひいてはワタシ夢のタメ! 遠く離れたこの地に引っ越して来たノデス!」
「ベーブに近づくって……どうやって?」
「ソレハもちろん! この国の『特区』で『間引き』のジョブに就くのデス!」
「!」
ただ、最後の言葉だけは聞き逃さなかった。
『特区』とは、この世界で魔物が存在する数少ない区域の事だ。
大戦に勝利した人類が魔物を最終的に追い込んだ場所にして、絶滅だけはさせまいと用意した野生の魔物の生存区域。
マティアスたちが住むミクス国のダルコ州は、数少ない特区と隣接した地域なのである。
そして『間引き』は特区を管理する人間だ。
特区に生きる魔物達が増え過ぎて、再び人類の脅威にならないように、力尽くで文字通り間引く職業。
マティアスは間引きの危険性を良く知っている。
祖父も『間引き』をしていたのだ。ほんの数年で、辞めてしまったが。
マティアスよりも遥かに千変万化流を極めていて、大戦を生き抜いた猛者である祖父は、間引きの仕事で全身に大怪我を負った所為で引退したのである。
「ガーネットさん、あのっ、その……僕が将来をどうこういうのは、ちょっと、いやだいぶ烏滸がましいことなんだけど……」
「ンン?」
特区と間引きは世界に唯一残る、魔物が蹂躙跋扈する時代そのもの、実力がどれほどあろうと死ぬ時は死ぬ世界。
「間引きにだけはなるな」と祖父にそう強く言いつけられたマティアスはガーネットを引き止めようとしたが。
「間引きは止めた方が――」
「っくっくっく、なるほどな。確かに間引きになりゃ、魔物相手に魔弾を好き放題撃てるだろうなぁ」
その言葉はデスティによって遮られてしまった。
背後には汗をかいているジュンコと、遠くに整備用具を元の場所へと戻しにいく死体人形が見える。
どうやらフィールドの整備が終わったらしい。
「デスティさん」
「おうマティアス、フィールドの整備は終わったぞ。今から本戦だが……その前に、言っとくことがある」
「ホウ、なんでショウカ?」
「なあデスティ、ウチいつも思うんやけどウチをフィールド整備まで駆り出す必要ないんとちゃう? アンタの死体人形に任せてええやん?」
どうやらマティアス達の会話を聞いていたらしく、デスティは不敵な笑みを浮かべる。
「断言するぜ、間引きよりサブマッチの方が面白れぇ」
「オイコラ、ウチの質問に答えい」
ジュンコを無視しつつ放たれた挑戦的な言葉に、ガーネットはほう、といった表情。
「っくっくっく、オメーらにサブマッチの魅力って奴を叩き込んで、終わる頃には二人とも立派なサブマッチャーにしてやるよ」
「フッ……ワタシにとってこのサブマッチは、就職前デモ自由に銃が撃てる素晴らしいイベントに過ぎまセン。ワタシの将来設計ヲ変えるだけの魅力があるか、試させてもらいマスヨ?」
「あの僕もですか?」
デスティもまた間引きへの就職を引き止めた――というより、何がなんでもサブマッチに関わらせたいらしい。
……ただ、さりげなく巻き込まれたマティアスの声は、デスティとガーネットの「なんか良い感じの勝負を始めよう」的な雰囲気に流されてしまったが。
「デスティ、ウチを無視すんなやー! どーせ魔力ケチりたいからって理由やろうけど、ウチの体力もケチりたいんやけどー!?」
「くっくく、よくわかってんじゃねーか。本戦前に死体人形一体ぶんくらい魔力を浮かしときたオゴッ」
「殴るで!?」
「「「もう殴ってる(ます)(マス)」」」
とうとう堪忍袋の尾が切れたジュンコによるハリセンの殴打を合図に、休憩時間は終了となった。
そして、サバイブ・マッチの幕が開ける。
「さあ、観客の皆皆様方! 短く退屈な休憩時間は終わりだ! これより、サブマッチ振興委員会総会長、デスティナ・ズゥ・ハークの名において! 公平かつ公正なサバイブ・マッチの開催を宣言する!」
解説席にて拡声器を手にデスティは、高らかに宣言を始める。
今か今かと待ち侘びた観客達の歓声が、会場全体に広がっていく。
「今回のサバイブ・マッチは対決方式! 相対する両者は『魔弾の射手、ガーネット』と『千変万化、マティアス』!」
デスティが演舞を通して休憩時間中に考えたという二つ名で、マティアスとガーネットが呼ばれる。
フィールドで並んで立つ二人に、観客たちの歓声が浴びせられる。
「フゥー! カッコイイリングネームデス!」
「うう、歓声が凄い。また緊張が……」
歓声を受けた二人の表情はまさに正反対。
場慣れしているのか、あるいは注目を浴びることを重責と捉えていないのか、ガーネットはリングネームの響きに喜んでいて。
マティアスはというと、歓声も注目される場も慣れていないせいで、表情はとても硬い。
姿だけを見れば、二人は大勢の前で表彰される学生にも映るかもしれない。
「競技の名は――」
しかし、これから始まるのはサバイブ・マッチ。
平和な世界に取り残された、力を生かすための競技。
「『全員ぶち殺せ! 百獣狩りサバイブ・マッチ!』だ!』
怪物二人による、力と力の見せつけ合いである。




