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6話:演武

「観客の皆皆様方! 第二回サバイブマッチにご来場いただきありがとうございまぁす! 実況、解説、的配置担当のデスティだ!」

「結界、実況担当のジュンコや!」


 サブマッチ会場と化した校庭に、マジックアイテムで拡声したデスティとジュンコの声が響き渡る。


「今からフィールドに結界魔法を張るからなー! 観客のみんなは線の内側に入らんといてやー! 取り残されても知らんでー!」


 ジュンコは校庭をぐるりと見渡し、観客席と選手の活躍するフィールドの境目になるように引かれた線を確認した。

 線の内側にいるのは、デスティ、ジュンコ(じぶん)、ガーネット、マティアスの4人だけ、それを確認すると彼女は結界魔法発動のための詠唱を始めた。


「オゥラ、ヴェイト、界域の精霊よ、安住の地をもたらしたまえ、我が求めるは二つ、一つは広く、広く、広く、内に強く、強く、強く、脅威を禁錮せよ。もう一つは、最初の内側、その淵にあり――

(すごい長い詠唱……)


 魔法を行使するにあたり集中するため唱える前詞から、膨大な量の詠唱が続く。

 マティアスは結界魔法には詳しくないものの、魔法は強力になればなるほど詠唱が長くなることは知っていた。

 日常生活なら数秒で済む魔法の詠唱を、何十秒もかけて唱えているのだ、これほど長い詠唱なら恐ろしく堅牢な結界が出来上がることは間違いないだろう。


――使い手と、多くの民を、脅威から隔離せよ」


 ズオォォ、と透明なドーム状の結界が校庭に発生する。

 フィールドと観客席は切り離され、マティアスとガーネットは物理的にも観客達から隔離される形となった。

 デスティとジュンコも結界の内側にいたが、マティアス達のすぐ後ろ、フィールドの端っこで机と椅子を並べて座り、そこをもう一つの小さな結界で包んでいた。マティアスたちの動きを実況、解説するために観客席より前にいる必要があるためだ。


「結界魔法。貼り終わったで!」

「安全確保よォし! サバイブ・マッチは安心安全な競技を皆様にお届けするぜ!」

「お次は参加者二名による演舞を始めるで!」

「ここで解説! 演舞っつーのは、要は自分はこんな力持ってるぞって観客に知らしめる時間の事だ! その内容は実にシンプル!」


 デスティは拡声器を持たない方の手で、フィールド中央を指差した。

 ビリリ、と黒と緑が混ざった暗い閃光――魔法の発動光が輝き、その中から黒い肉塊が吹き上がる。


(人――?)


 指さす方向へマティアスが振り向いた時には、人間の形をした何かが、既にフィールド中央に立つ姿が見えるのみだった。


(――じゃない。何あれ?)


 しかしそれは、人ではない。

 まず全身がトマトのようにのっぺりとした赤色だ。毛髪は生えておらず、服も何も着てないのでそれが皮膚の色で間違いはない。目や鼻、陰部など体の各器官も無く。ただ、胸と顔に白黒の丸い模様(的に書かれていそうな模様)が書かれているだけ。

 五体の形だけは精巧なのだが、それ以外が全て省かれている、そいういうモノがただ突っ立っていた。


「今俺が作ったこのターゲット用死体人形(グール)を一体。オメーらの力で、好きにぶち殺せ!」

(あれが標的。というかデスティさん、魔法の行使が凄い早い……!)


 死霊魔法による死体の創造構築。 

 今朝のダーリックホエールを構築した時と全く同じ手順だが、マティアスが振り向くまでの間に構築が終わっている。恐ろしく速く、しかも詠唱も無い高度な魔法の行使。デスティもまた優れたネクロマンサーなのだろう。


「デスティは殺せー言うとるけど、死体人形(グール)は魔法で作った物質で生き物とちゃうからな! 安心して壊してええで!」

「狙い目は頭と心臓、要するに生きてりゃ死ぬ傷を与えれば撃破だ!」

「ナルホド、マークのところを狙えば良いわけデスネ」


 デスティとジュンコの解説を聞いて、ふむふむと頷くガーネット。

 人の姿をしているのは少々気味が悪いものの、確かにターゲットとしては非常にわかりやすかった。

 食堂で聞いた通り、サブマッチとは基本的にあのターゲットを撃破して競うらしい。


「2人の演舞を見た後は、勝ちそうな方に金を賭けてむぐぁ……!」

「はいはい、賭博(それ)は大声で言うたらアカン奴や」

(ああ、演舞ってそういう理由でやるんだ……)


 デスティの口をジュンコはやれやれと言った様子で手で塞ぐ。

 なるほど、どうやらこの演舞はサブマッチで賭博を行う観客にとっての下見の意味あいがあるらしい。


「むがっ……さあターゲットの用意はできた! マティアス! ガーネット! 一番槍はどっちだ!?」

「えと、ガーネットさん。どうしよう――

「ジーッ……!」

――お、お先にどうぞ……?」(凄いキラキラした瞳で見つめられている……)

「アリガトウゴザイマスッ!」


 口を塞ぐ手をどかしたデスティに、どちらが先に演舞を始めるかと問われ、マティアスは特に順番を気にしてなかったので少し迷うものの、隣に立つガーネットから「ワタシ ハヤク ヤリタイデス」といった感じの熱い視線を向けられ、つい譲ってしまう。


「さあ、最初に力を披露するのはガーネット選手! 目ん玉よぉく見開いて、見逃さんようにな!」

「マティアスはガーネットの番が終わるまで、こっちの結界で待機だ! 万が一被害が出たらあぶねーからな!」

「はっ、はいっ! って、そっちは結界があって入れないんじゃ……」

「指定した人は通れるから大丈夫や」

「あ、……ホントだ。何もないみたいにすり抜けられる……」


 デスティに呼ばれて、マティアスは観客席の方へと小走りで移動する。

 途中で観客席を覆う結界に阻まれるかと思いきや、ジュンコの言う通り、マティアスが結界に触れても何の感触もなく通りぬけることができた。


「ガーネット! サブマッチ、及び演舞の開始にあたり、運営からは選手に武器の貸与が認められている。必要なモンはあるか?」


「あのっ、武器の貸し出しって……本物なんですか?」

「そやで。『普段から武器もっとったら捕まるし持ち歩けん!』って人も安心してサブマッチに参加できるんや! 今朝のサブマッチでも、この箱ん中の剣とか槍とかボーガンとか貸し出して――」

「そ、そうなんですね……」(運営が武器を持ち歩いているのは違法じゃないのかな……)


 ジュンコは観客席の後ろに置いてあった大きな箱を漁って、その中からアレコレと凶器を取り出して見せる。

 どう見ても危険物の無許可所持である。取り締まりは逃れられないのだが……おそらくこれもデスティが無理やり解決しているのだろう。


「チッチッチッ、このガーネット・トウニー。アイニクですが――


 武器貸与の問い掛けに対し、ガーネットは右人差し指を左右に振ったあと、何かを掴むように右手を前へ伸ばした。

 直後、手のうちがバチっと輝く。すると彼女の右手には、彼女自身の武器が握られていた。


――コレ以外の武器は、心得がアリマセン!」


 細く長い筒、木製のストック、それは引き金を引くだけで人の目では捉えられない速度の弾を撃ち出す兵器。

 一般的には、銃と呼ばれている物だ。


「あれって、銃?」

「おおっとガーネット選手が取り出したんは銃や! というかどっから取り出したんや!?」

「どっから取り出したかっつーと、外套マントからだな。ありゃ『格納マント』っつーマジックアイテムだ。外套マントの内側に異空間へのゲートを作る魔法陣が書いてあって、その空間に武器を保管してるって仕組みだ」

「オオゥ!? ナニも言ってないのに見抜かれマシタ!?」


 マティアスを含むこの場のほぼ全員がガーネットが虚空から銃を取り出したようにしか見えなかったが、デスティだけは見抜いていたらしい。

 ガーネットも素っ頓狂な声で驚いていることから事実のようだ。


「アーっと、それで、イマサラですけど……武器の持ち込みって大丈夫デスヨネ?」

「っくっくっく、問題ねぇ、寧ろ推奨してるぐらいだ。さあ演舞を始めるぞ! オメーの力を見せてみやがれ!」


 特に相談なく武器を持ち込んだ事にガーネットは少々気が小さくなるものの、その不安を吹き飛ばすようにデスティは笑いながら銃の持ち込みを認め、演舞の開始を宣言した。


「ハイ! 1発で仕留めて見せマス!」


 宣言に笑顔で答えたガーネットは、すぐさま銃を構えた。


「構えて狙いつけるか」

「?」


 ガーネットの初動に対し、デスティがポツリとつぶやく。

 銃の事をよく知らないマティアスには、言葉の意味がよくわからなかったが。


「コレが、ワタシの」


 ガーネットが呟き、引き金を引いた直後に理解する事になる。

 ズゴンッッ!! と細い銃身に相応しくない、重く強烈な射撃音。

 ほぼ同時に、ターゲットの胸部がぐんと衝撃で凹んで、後方へとぶっ飛んでいく。


(なん……!? すっごい、音……!?)


 あまりの爆音に、マティアスは頭をクラクラとさせる。

 ガーネットの足元の砂までもが衝撃で舞い上がる。構えて撃たなければ、撃つ側も吹き飛んでしまうほどの威力だ。 

 そして砲弾の如き一撃を受けた死体人形は、直ぐにでも粉々に消滅しかねない状態だったのだが。


「必殺の魔弾デス!」


 さらなる衝撃が襲いかかる。

 撃たれた胸部が赤く煌めいた直後、バガァン! と、爆発音と共に、ターゲットを中心とした爆炎が発生した。

 炎は一瞬だけ轟々と燃え上がると、みるみる内に衰えていき、すぐさま消えた。

 燃料たるターゲットが数秒としないうちに燃え尽きてしまったからだ。


「ウーン! 素ッ晴らしい火力!」


 文字通りターゲットを消し飛ばしたガーネットは、その威力に大満足の笑みを浮かべている。


「ううおおお!?」「びっくりしたぁー!」「なんだアレすげぇ音したぞ!?」「ま、まるで花火だ!」


 一方その光景を見ていた観客達は、あまりの衝撃で何が何だかわからないままに叫んだり、見えたものをそのまま口に出している客もいたりと、ガーネットが起こした音と衝撃に比例するように、騒ぎあっていた。


 それも仕方のないことである。

 今朝のサブマッチに出場していた選手達と、明らかにレベルが違うのだ。

 興味本位で参加した者たちが、剣や槍を振り回すだけでは決して生み出せない、圧倒的な破壊力。

 ガーネットはそれを、引き金一つで実現して見せたのだから。


「な、なななな……なんっちゅー音っ!? ターゲットが爆散したんやけど!!?」

「す、すごい……!」

「カッハッハッハ! いい火力してやがる!」


 マティアスとジュンコでさえも、似たような感想である。

 唯一デスティだけは何が起きたか分かっているらしく、心底嬉しそうに大笑いしていた。


「解説のデスティ! 一体何が起きたんや!?」

「よし任せろ」


 1人余裕のあるデスティに対し、ジュンコは説明を求めた。

 待ってましたとばかりにデスティは解説を始める。


「まず銃の方だが、普及してるモノと明らかに形が違う、間違いなく一点モノのオリジナルだ。つまり改造で超強化してある」


「そも、銃ってのはストックとか銃身に射撃の衝撃を和らげたり、狙わなくても弾が当たる魔法陣を刻印するんだがな。ガーネットの銃は代わりに射撃の威力を上げる魔法陣ばかり刻んでやがる。だからあの派手な射撃音と、ターゲットも吹っ飛ぶほどの威力だ。まあ、当たり外れは腕しだいだがな!」

「なるほど改造銃、それであのとんでもない威力かぁ」


 本人から直接聞いたのかと思うくらい、デスティはすらすらとガーネットの銃について語りだす。

 説明を聞いたジュンコはうんうんと頷くも、しかしマティアスは内心首を傾げていた。


(でも、それだけじゃあ爆発までしない……)


 撃たれたターゲットが大きく吹き飛ぶ理屈は今の説明で理解できる。

 だが、それでターゲットが爆発するとはとても思えないのだ。

 

「あのっ、銃の改造だけであんな爆発はしませんよね? そっちの理由ってどうなんでしょう?」

「鋭いな、マティアス」


 思い切ってマティアスが聞いてみると、デスティはその疑問も把握していたようで「それも説明するつもりだった」と、説明を続ける。


「そっちは『魔弾』だ。銃で撃った弾の方に仕込みがある」

「魔弾、ですか?」

「ああ。銃弾に魔法陣を仕込んでて、当たると魔法が起動する。今のは弾が命中したターゲットに、炎に関連する魔法を発生させたって所だが――合ってるか? ガーネット」


 マティアスへの質問に答えるついでに、デスティはガーネットに解説があっているかどうかを聞いた。

 観客達の反応が期待通りでよほ痛快だったのか、ガーネットは満足そうな笑みを浮かべながら、ぐっ、と親指を立ててみせた。


「デスティさん詳しいデスネー! ゼンブ正解デス! ワタシ、ガンマンで魔弾使いデス!」

「っくっくっく、間違ってたらネクロマンサーの免許を返納しないといけねーとこだったぜ」

「ネクロマンサーって免許がいるんですね……」

「マティアス選手突っ込むとこはそこやないで、そもそもネクロマンサーと銃は全然関係あらへんから」


 免許の返納などと冗談めかして言うデスティに、呆れ半分でジュンコは突っ込む。


「にしても、ダーリックホエールの解体に挑むつもりだったのも納得の実力だ。その魔弾なら5、6発ありゃクリアできたろうよ」

「お褒めにアズカリ光栄デス。――デ、ス、ガ!」


 ちっちっち、とガーネットは人差し指を左右に振った。

 コレを実力と言ってもらっては困る、そういう意味のジェスチャーだった。


「コレは私の実力の「ホンノイッタン」、という奴なのデス」


 その言葉に、会場が驚きの声に包まれる。

 ガーネットが演舞で行った内容は、万人がおいそれと出来るものではない。多くの人々は銃を持つ経験すらなく、相手を魔弾で爆散させることなど出来はしない。

 その上で、彼女はまだ更なる力を隠していると言い放ったのだ。


「ほう? もっと面白いモンを隠してるワケだ」

「ハイ、本番マデの秘密デス!」

「おーっと! ガーネット選手はまだまだ奥の手があるみたいやで! これは本番が楽しみや!」


 最後にジュンコが締めくくり、会場は観客達のわっ、という歓声に包まれた。


「ガーネット選手の演舞はこれで終わりや! 次は、マティアス選手の番やで!」

「マティアス! ファイトですヨ!」

「はっ、はい!」


 ジュンコに言われて、マティアスは放送席から立ち上がり、結界の外へと小走りで駆けていく。

 ガーネットと入れ替わりとなって、フィールド上に立つ形となる。


「次のターゲットも生成完了だ! さあマティアス! 思う存分力を披露しやがれ!」


 デスティの言葉と同時に、ずるり、とマティアスの目の前にターゲットが再び現れる。

 演舞の準備は整った。マティアスはターゲットと相対しながら――


(そういえば、演舞って、僕何を披露しよう……?)


 ――ここにきて、緊張で頭が真っ白になっていた。

 仕方ないといえば仕方ない、これまでマティアスは千変万化流の技を親族以外に見せた事が無いし、なにより大勢の前で何かをする機会に恵まれていたわけでもなかった。

 それでも、何を披露するか事前に決めていればまだ動けたのだが、ガーネットの演舞に見入ってしまっていって演舞の内容を考えていなかったのである。


「ターゲットと睨み合うマティアス選手。一体何を繰り出すんやー!?」

「……おい、ジュンコ。拡声器切ってちょい聞け」

「? 何や?」

「……」(マティアスの奴、固まってやがる)

「……!」(あっ、ほんまやマティアスくん緊張で動けんだけかアレ)

「……」(今朝やったことをそのまま披露しろってそれとなく伝えとけ)


 そんなマティアスを見て、デスティはジュンコに小さな声で耳打ちをする。

 それ聞いたジュンコは一瞬だけハッとした表情をすると、一瞬だけ切っていた拡声器を再び起動して。


「何といっても、マティアス選手は今朝のダーリックホエール解体のレコードタイム保持者! ただ速すぎて殆どの人がクリアした瞬間を目撃出来とらんかったから、どーやったんか気になる人も大勢おるやろなー!」

「そ、そっか! ワイバーンでいこう、そうしよう……」


 こうしてガーネットの実況に助けられ、マティアスはワイバーンに変身して演舞を行うことにした。


「えっと……みなさん。僕は変身魔法使いです」

「千変万化流、っていう変身した姿で戦う武術を身につけてます」

「演舞ってことで、これからもう一回、今朝と同じ姿に変身します」


 マティアスは観客に伝わるよう、大きくはっきりとした口調で話す。

 観客達が興味深そうに見つめる中、マティアスは軽く一礼してから、目を瞑った。

 


「千変万化流――


 想像する。

 空で最も速い魔物を、硬い鱗に包まれていて、人より大きい肉体を持ち、その体躯より巨大な翼で空を飛び回る。

 強大なる竜の血族、それこそが、自分(・・)なのだ。


――全形ぜんけい翼竜ワイバーン


 マティアスの全身が一瞬だけ掻き消えてから、全く別の形が顕現する。

 人の倍以上にまで大きくなった体躯、髪色と同じ色の黒い鱗が並ぶ肌、両腕は全高よりさらに大きく広い翼、両足に生えた爪は刃物の如く鋭い。

 それでいて全体的な体格はスラリとしている、進化の果てに選んだ、天空の支配者の形だ。


「おおっとー! マティアス選手が消えたと思ったら、いきなりワイバーンが! これが変身魔法、まるでほんまもんみたいや! ……いやほんまもんを見た事ないんやけどな!」

「消えたと思ったら、か。……。念の為に聞くが、まさか本物のワイバーンと入れ替わったとかじゃあねーよな?」

「大丈夫です。ちゃんと僕ですよ」

「声はちゃんとマティアス選手や!」

「ワイバーンの姿のままダカラ、違和感スゴイデス!」


 本物と思ってしまう程の迫力にジュンコや観客達が緊張に包まれつつあったが、マティアス本来の声を聞いて雰囲気が和らぐ。


(結界の天井が閉じてる。狗天直下は難しそう。それなら……)


 その合間に、マティアスはフィールドの状況を確認する。

 今朝と違って――おそらくジュンコがデスティの言葉を気にしたせいだろう――結界の天井部分は閉じられていて、今朝と同じ技は繰り出すことが難しいと判断した。


 しかし、それならそれで、やりようというものはある。


「いきます。千変万化流、飛竜型」


 演武の開始が観客に分かるように一声かけると、マティアスは一歩と二歩だけ、地面を大きく蹴りつけた。


 ワイバーンの飛翔は助走距離をほとんど必要としない、強靭な足の筋肉が生み出す力によって、跳ねるように空へと舞いあがるのだ。

 しかしこの跳躍は通常よりも角度が低い、何故なら空へ向けた跳躍ではなく、地上にいるターゲットへ向けたものだからだ。


 両足を前へと突き出し、ターゲットへ飛びかかるマティアス。

 ターゲットである死体人形グールには危険に対し逃げ出す機能が備わっているものの、砲弾の如き速度でせまるマティアスには対応できない。

 ぐさ、とワイバーンの足爪が両肩に食い込む、マティアスは爪の鋭さと足の握力でがちりとターゲットを掴むと。


放投ほうとう――


 両足を思いっきり蹴り上げて、ターゲットを上空へと放り上げた。

 縦に回転しながら、ターゲットは空中高くへと舞い上がって行く。

 あっという間に天井まで半分程度の高さに達するか、と言ったところで。


――落撃らくげき


 マティアスが一瞬でターゲットを追い越し上を取り、ターゲットを地へと叩き落とす。

 それはワイバーンの両足による、上から下へのドロップキック。

 蹴りの威力に収まらない、ターゲットとワイバーンの自重、重力による落下、そして地面へ向かって翼をふるい、更なる墜落速度を得て繰り出された、必殺の蹴撃である。


 ズゥゥン……と鈍い落下音がフィールドに響き渡る。

 地面へ押し付けられ落下の衝撃を全て受けたターゲットはもはや原型を留めておらず、また限界を迎えたのか、マティアスの足元で霧散していった。


「――っふう。上手くいった……」

「「「「おおおおおーっ!!?」」」」

「わわっ!?」


 ターゲットを仕留めたことを確認したマティアスを迎えたのは、観客達の声であった。

 今朝のサブマッチの時と同質の、興奮入り混じった歓声。

 2度目とはいえ歓声を受ける経験の乏しいマティアスは、その声に喜ぶより先に驚いてしまうのであった。


「しゅっ……瞬殺ー! マティアス選手、ターゲットを空へ放り投げてから、えらい勢いで地面へと叩き伏せたぁっ!」

「ワイバーンが狩りをする時のやり口だな。獲物と自分の両方が地上にいる時に、自分だけ動ける空中に獲物を放り込んで、抵抗させずに叩き殺すわけだ」

「ワォ! 凄まじいパワーデス! 今朝のサブマッチをクリアしたのも頷けマスネ!」

「ひえー、おっそろしい! とても人間技とは思えへんな! いや人間の技やないんやけど!」


 ジュンコが興奮した様子で実況し、デスティが冷静に解説を付け加えた。

 同じく実況席で観戦していたガーネットは、今の演舞をみてマティアスが今朝のサブマッチをクリアするだけの実力があると納得したようだった。


「っくっくく。技もだが、魔法そのものも大概恐ろしいぞ」

「解説のデスティ、魔法も恐ろしいって一体どういう意味や?」

「変身魔法を行使するまでの時間が短すぎる。ありゃ詠唱を完全にすっ飛ばしてるな」


「――っえ」


 デスティのその言葉に、マティアスの心臓が縮み上がる。

 ――まさか、見抜かれた? たった一回変身を見られただけで!?


「詠唱をすっ飛ばすって、そらアンタも普段からやっとるやろ? 無言でポイポイ死体人形(グール)作っとるやつ」

「全然別物だ、俺のはセンスがありゃ習得できる。無詠唱っつー技術でな、実際は頭ん中で呪文は唱えてるし、強力な魔法は発動に時間がかかるが――」


 とんとん、と指で頭を叩きながら、デスティは自分とマティアスの魔法の使い方について語ろうとする。


「あっ……! あのっ!? ちょっと待って――」


 ――まって、それだけは、ずっと隠してたのに!?

 マティアスは解説を止めたい一心で、バタバタとワイバーンの翼を上下に振りながら、デスティのいる観客席へ駆け出そうとする。

 ……飛んで行った方が遥かに速いのに、である。マティアスは完全にパニックを起こしていた。


 一方のデスティはというと、ジュンコの方を向いて話しているせいでマティアスの様子がおかしい事に気づけず。


「マティアスは違う。ありゃ『心情発現型しんじょうはつげんがた』っつー体質だ」


 故に、悪意なく、話の流れで、デスティはマティアスの『体質』をズバリ言い当ててしまったのだった。


「心情発現型?」

「感情が昂ったり、使おうと思うだけで魔法が発動する。詠唱は完全に不要、コレより速く魔法を使える奴はこの世に存在しねーし。習得できるもんでもねぇ」


「あ、ああ……あああ……」


 デスティとジュンコのやり取りを、観客席の全域に届くよう拡声されたソレを聞いて、マティアスは絶望で立ち尽くしてしまう。

 バレた、バレてしまった。


 『心情発現型魔法乱発症』それが、マティアスが生まれ持ってしまった体質の名前であった。

 デスティの言う通り、言葉が分からぬ赤子であっても、感情の制御が出来ない幼子であっても、ちょっとした癇癪でさえ魔法の引き金となる、とても厄介な体質なのである。


 マティアスは生まれてから千変万化流に出会うまでの数年間、この体質に苦しみ、迫害され、生まれ故郷から逃げるようにこの国へ引っ越してきたのだった。


 幸い、今は祖父に千変万化流の心得を叩き込まれてからは精神も安定し、傍から見れば無詠唱で魔法を使うのと見分けがつかないレベルで制御できるようになったのだが。


「思うだけって魔法がって……それって――」

(終わった……。また、みんなから怖がられるんだ……)


 驚愕するジュンコの反応を見て、マティアスはもうおしまいだと絶望する。

 いくら自分が安全な存在になっても、それを他人が信用してくれるとは限らない。

 平穏な日常は終焉を迎え、息の詰まるあの日々が再来するのだと――

 

「――最強やん!? 詠唱の隙なしとか完全無欠の魔法使いやろ!?」

「そうなんだよ! 最強の魔法使いだ! かつての魔法大国ラルエメスじゃあ『心情発現型は魔法の神に愛された人間』とすら呼ばれた、超激レア体質!! 俺もまさか実際にお目にかかれるとは思わなかった!!!」


「……えっ?」


 なんだか想像とは違った熱の入るリアクションに、マティアスはワイバーン姿のままで固まってしまった。


「しかもこの体質は有利だぜ。なんせサブマッチは基本的にタイムアタック、つまり早ければ早いほど良い、見た感じ体質を完全に使いこなしてるみてーだから――こりゃあ新記録がでちまうかもな!」

「おおっと、これはガーネット選手。挑んだ相手は思わぬ超強敵やな!」

「フゥー! マティアスってそんなに凄カッタのデスネ! コレハ、相手にとってフソクなし、とゆーやつデス!」


 解説席の三人は、マティアスの体質を『希少で超強い体質』という風に見ているらしい。

 いいや、あの三人どころか――


「最強の魔法使いだってよ!?」「絵ばかり描いてる奴だと思ってたけど、見かけによらないな」「ウチの学校にそんなすげえヤツがいたんだ」「同じクラスメイトなんだけどサイン貰おっかな……」「手合わせ願いたいでゴザル」


 ――観客席の生徒達も、マティアスの体質を知ってもなお興味深々といった様子で。

 マティアスを怖がっている人間は、一人もいなかった。


「え、ええ……???」


 自分が想像し恐れていた事態とはまったく別の光景に、マティアスはあんぐりと口を開けて呆然とする。

 ワイバーン姿のまま大口を開けているものだから、傍から見るととても間抜けな絵面であった。


「ん? どーしたマティアス、夏場のカラスみてーに口あけたままにして。つか、いつまでワイバーンやってんだ?」

「……あ、なんでもない、です。今戻りますっ」


 デスティに指摘されて、マティアスはようやく人の姿へと戻る。

 そして今しがたの光景が未だに信じられないまま、少々おぼつかない足取りで、観客席へと戻っていった。


「マティアス! お疲れ様デス!」

「う、うん」


 戻ったマティアスを、ガーネットは元気よく労う。その態度は、ごく普通の友人に接するものとまるで違わない。

 観客たちの好奇の視線も相変わらずで恥ずかしくはあれど、かつててのような息苦しさはまるでなく。


(みんな、僕を怖がってなんか、ない……?)


 マティアスは少しだけ、呼吸が軽くなった様な気がした。



「さあこれで演武はおしまいやけど。解説のデスティはえらいマティアス選手をべた褒めやったな。ちゅうことはデスティはこのサブマッチ、マティアス選手が勝つと思うとるん?」


 演武と解説が終わり、ジュンコはデスティにそんな事を聞いていた。

 ガーネットの演舞では威力を誉めた事に対し、マティアスの演舞では速度を誉めた上でサブマッチに有利と言ったからだろう。

 しかし、ジュンコの問いに対してデスティは「どうだろうな?」と肩をすくめてみせた。


「引き金をひけば目に見えない速度で弾丸が敵に飛んでいく。銃だってマジックアイテムの中じゃあ最速の攻撃手段だ」

「そして魔法の行使において最速を誇る心情発現型、このサブマッチは二つの最速が競う形になってる。速度は互角として、あとは2人の火力差次第だが……」


 ガーネットとマティアス、二人へ交互に視線を向けたのち少しだけ考え込むと……。


「いい勝負になるのは、間違いねぇ」


 これから繰り広げられるサブマッチを想像し、愉快そうに笑ってそう言った。

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