5話:選手、参上!
『午前中まで』とはなんと心地よいフレーズだろう。
学業にいそしむ学生はいつもの半分の時間で一足早く自由が訪れる、労働に勤しむ大人も半分の時間で仕事から解放される。
束縛からの解放とも言うべき反動によって、普段の休日よりも活発的な気分になるというものである。
ダルコ学園にとって、新学期が始まる今日がそういう日であった。
授業が午前中に終わることで、生徒達は「昼から遊べるぜイヤッホウ!」という無機動なエネルギーがモリモリと湧いていることだろう。
「ひええ……人が、人がこんな沢山……」
それが今、マティアスの目の前に結果として表れていた。
人、人、人、人。今朝と同じく、校庭の中央を円形に大きく空けて、今から行われるサブマッチを観戦しようと人々が敷き詰められている。
しかし、人の並びは今朝と同じであっても、決定的に雰囲気が違っていた。
前回は教師達が生徒を引率して、あくまでも学校行事のていで行われていたからか、ある種秩序だった雰囲気が保たれていた。
だが今は違う。
授業は午前中に全て終わり、今は放課後で学生達は自由の身なのだ。
すなわちここにいる観客は、サブマッチに興味があって、あるいは刺激を求めて、たんに騒ぎたいだけ、そのような意欲を持って集まっているのである。
よって、今朝とは違い、今回のサブマッチには祭りの如き喧騒があった。
人混みに圧倒されるマティアスはというと、観客席の列から前へと出て一人ポツンと校庭の空いたスペースに立っている。
マティアスは観客ではなく、選手としてここにいたのだった。
「うう緊張する……。ガーネットさん来ないかな……」
兎にも角にも、こんな大勢の前で一人ぼっちでいることはマティアスには少し耐え難かった。
だが、競争相手であるガーネットの姿はいまだ見えない。
彼女はあれだけサブマッチを楽しみにしていたのだから、まさか試合放棄するということはないだろうが……。
「っくっくっく、よく来たなマティアス」
そうこうしていると、後ろから声がかけられる。愉悦の混じったその声の主――デスティの声を聞いて、マティアスは呆れ交じりに肩を落とす。
「よく来たもなにも、デスティさんが全校放送でめちゃくちゃ宣伝したせいですよぅ……」
デスティの校内放送のせいで、第二回サブマッチの開催とマティアス達の出場はあっという間に学園中に広まってしまった。
参加するつもりは無かったとはいえ、周囲の人間が全員「マティアスも参加するんだー」という認識の中、ひとり不参加を決め込む強い意志をマティアスは持っていない。
(まあ、あの放送のお陰で、午前中は皆から追及されなかったんだけど……)
マティアスの事を知りたがっていたクラスメイト達も、この放送を聞いてからは「放課後のサブマッチで確かめたらいいか」となったらしく、教室に戻っても執拗に聞いてこなくなっていた。
……もっとも、それは単に期限付きになっただけで、マティアスは千変万化流をもう一度披露することが確定してしまったのだが。
(でも、話すより直接見せた方が安心かな。体質の事は見ただけじゃ分からないし)
それでも、慣れないお喋りで余計な事を言うよりかは、サブマッチに参加した方が良いと思っていた。
自身の体質は非常に珍しいものだし、魔法に詳しい医者がよく見なければ分からないモノでもある。
千変万化流の技を見せただけで見抜ける人もいないだろうとマティアスは踏んでいた。
「あそこまでされたら、逆に逃げる方が勇気ありますよ――って、え?」
デスティに文句の一つでも言おうと後ろを向いたその時、マティアスは目に入った光景に固まってしまった。
ケラケラと愉快そうに笑うデスティ、彼の背が1段と伸びていたのだ。
「デスティさん、頭のタンコブどうしたんですか……?」
「ん?」
より正確に言えば、その頭に大きなタンコブが一つできていた。
何か固いもので叩かれたのだろうか。
デスティは平然としているものの、彼の恐ろしげな雰囲気は台無しになってしまっている。
「ああ気にすんな。ちょいと凶暴な助手に叩かれただけダバッ!!」
デスティが事も無しにそう言い放ったその瞬間、スコーンッ! と子気味良い音を立てながら板状の物体――ハリセンと呼ぶべき代物が、タンコブに勢い良くぶつけられた。
ただしそのハリセンは明らかに紙製ではなかった。水晶のような透明度を持っていて、とても固そうな衝突音を響かせている。
結界魔法だ。とマティアスはハリセンを見てそう思った。
防御に特化した、魔力を防壁の形に構成する魔法である。
術者の力量にもよるが、ほぼすべての魔法と大抵の物理的攻撃を受け止めるため物凄く硬いと、マティアスは授業で習っていた。
そんな物をぶつけられたデスティのタンコブは、その更に上にタンコブを作って主人の身長を2段と伸ばすこととなった。
「誰が凶暴な助手や誰が」
「だ、大丈夫ですか!?」
声の主にしてハリセンの持ち主は、マティアスが見た事のない女生徒であった。
長い黒髪をゆらめかせ、般若のごとき怒りのオーラを激らせるその女生徒。華奢で、お淑やかな雰囲気のある美人だとマティアスは思っていただろう。その顔が憤怒の形相でなければ、の話だが。
「この通りタンコブは自業自得やから心配せんでええよ。このドアホ、せっかくウチがサブマッチの片付け終わらせたっちゅーのに、もいっぺんサブマッチやる言うたから『何回後片付けやらすねん!』ってウチがハリセンでどついただけや」
「片づけはしただろ。ちゃんと死体人形を働かせて校庭も元通りに整備し……」
「元通りにした途端、道具全部ほっぽって行くやつがあるかー! ウチが全部元の場所に戻したんやぞ! 転校したばっかりで、学校のこと右も左も分からん状態でー!」
(うわあ、デスティさん相手に一歩も引いてない……)
タンコブを二つに増やしても全く痛がる素振りを見せないデスティに対し、女生徒はもう一回引っ叩かん勢いで詰め寄る。
マティアスはそんな彼女に対し美人というより女傑という印象を抱いていた。
「っと、初めましてやね。ウチはジュンコ・ナカノハ。今日この学校に転校してきたんや、このドアホのデスティと一緒にな。よろしゅうな!」
「よ、よろしくお願いしますナカノハさん……。マティアス・リーヴィングです」
「たはは、そんな畏まらんでもええって。ジュンコって気軽に呼んでや! マティアスくん!」
デスティを叱り飛ばす姿から一変して、ジュンコはマティアスに懐っこく挨拶をする。
怒らせなければ、とても明るい女性なのだろう。マティアスは彼女を決して怒らせまいと硬く決意する。
「ん? デスティさんと知り合いってことは……えっ、まさかジュンコさんも今朝の始業式乗っ取りに関わって……」
「ちょお待って! ウチをデスティと同列の凶悪犯みたいに思わんでや! ウチはただのお手伝いさん! サブマッチやるように学園長さん脅して買収とかは全部デスティがやったことやから!」
「つまるとこコイツは俺の助手だ。サブマッチ会場に結界を張る役、兼、実況担当」
(脅して買収したんだデスティさん)
前々からの知り合いらしいということで、マティアスはジュンコもデスティと同類の人間なのだろうかと警戒する。
ジュンコはそう思われるのがとても心外だったようで、サブマッチ開催の諸々の(非合法な手段含め)実行犯はデスティであると白状した。
一方のデスティは全く悪びれる様子はない、淡々とした様子で、彼女のサブマッチにおける役割を説明するだけである。
「そう、ウチは訳あってデスティの手伝いしとるだけや。ウチの結界のおかげで、サブマッチ中も観客席は安全安心なんやで」
「なるほど」
「まー今朝のサブマッチで手ェ抜いてて、上は囲ってなかったんだけどな」
「それは言わんでええやん! そのお陰でマティアスくんが参加できたんやろよう見えんかったけど!」
ベシッ、と恥ずかしそうな様子でジュンコはデスティの背中をハリセンで引っ叩く。どうやら、サブマッチ中の安全は彼女の手によって保たれているらしい。
マティアスは上に結界が張ってなくて良かったと、遅まきながらホッとする、ワイバーンの身体になっていたとはいえ、硬い結界魔法に脳天から墜落するなど考えたくもなかった。
「んで、ガーネットはまだ来てねーようだな。ほっぽらかす様には見えないが」
「ガーネットちゃんなら、ちょっと着替えてくるって言うとったで。もう直ぐ来るんとちゃうかな?」
「ほー、着替えか。……オメーいつの間に知り合ったんだ?」
「アンタがマティアスくん攫っとった時に偶然会うてな、食堂におるって教えてあげたのウチや」
話題はこの場にいないガーネットに移る。
デスティもガーネットの行方を把握していなかったが、ジュンコがその理由を知っていた。
となると、着替えが終わり次第ガーネットは姿を見せるのだろう。
「「「――!」」」
その時、3人は後方の空気がふっと変わるのを感じた。
校舎入り口側がにわかにざわつき始めている。
見てみれば、ぎっしりと詰めていた観客たちが、まるで海を割る神話の如く真っ二つになって、1人のための道を作り上げた。
道の中心を堂々と歩いているのはもちろん、ガーネットだ。
「フッフッフッ……! 皆さん、オマタセしてスミマセン。準備が出来マシタ」
ジュンコが言っていた通り、ガーネットは学生服姿ではない。
藁でできているらしい茶色い中折れ帽を頭に被り、体は同じく茶色い外套で隠している。
まるで砂嵐の中を歩く旅人の様な装いの彼女は、道を進み、マティアスたちの所まで進むと。
「ワタシの晴れ姿、とくとゴランアレ! というやつデス!」
バッ、とその外套を払い、隠れた身体を露わにする。
外套の下には白いシャツと藍染したジーンズ、足部分はチャップスとばれる保護衣で覆われ、その内には革製の丈の黒い頑丈そうなブーツを装着している。
それは、大陸極東にあるこのダルコ州とは、明らかに文化圏の違う衣装であった。
派手ではないが渋い格好良さが際立ち、観客席からは女子の黄色い声を、普段はガーネットのことを「スタイルすげぇ」だとか「色々デケェ」だとかヒソヒソ話している男子たちも「うぉ……カッコよ……」と感嘆の声をあげている。
「わー! ガーネットちゃんその服めっちゃええなぁ! 似合っとる!」
「西方の伝統衣装か、100年と少し前ぐらいにアメスタンの辺境に実在した、ウマ型魔物を従えて戦ったっつー民族の服だな」
「オゥ! ヨク知ってましたネ! ソノ通り! コレはワタシの故郷の服デス!」
「デスティ、アンタ服の事とか知っとるんやな……!? 今年1番ビックリしたわ……!?」
「オメー実はバカにしてんな? 大戦時に活躍した民族の事なら軒並み知ってんだよ」
意外にもデスティはその衣装の事を知っているようで、ガーネットはとても嬉しそうだ。
「かっこ良いなぁ……」
「っくっくっく。オメーも着替えてみるか?」
気合の入った衣装を見にまとうガーネットに身惚れていたマティアスを見てか、デスティは愉快そうな笑みを浮かべて提案するが……。
「えっと、僕は遠慮しておきます。道着を持ってきてないんで……」
千変万化流にも道着があるのだが、残念なことに家に置いてきてしまっていた。
流石に今から取りに帰るとなると、サブマッチの開催に大きく響いてしまう。そういうわけでマティアスは遠慮することにした。
「ん? 変身魔法で服を変えればいいじゃねーか」
「むっ、むりですよ!」
「……無理か?」
「いや、ホントに無理な訳じゃないですけど……その、それこそ犯罪になるというか……」
「?」
デスティは気軽にそう言うものの、マティアスには変身魔法を使ってまで着替える度胸はない。
(服を変身させるのに一回消さないといけないんだよなぁ……一瞬とはいえこんな大勢の前で裸になれないよ……)
そう、マティアスの変身魔法は『変身する部位を一度消してから、形を変化させて再出現する』という独自のプロセスを踏む。このためマティアスは変身魔法で着替えると、一瞬だが服が消えて素っ裸になってしまうのだ。
「……まあいい。全員揃ったことだし、これ以上遅れる必要もねーか」
その場面を想像し恥ずかしがるマティアスに対し、デスティは一瞬だけ沈黙すると、ひとまずは目下のサブマッチを進行しようと判断した。
ギャラリーも集まって、運営も控え、選手はここに揃っている、サブマッチを始める条件はすでに整っている。
「ハイ! ハイハイハイっ! マズは私に行かせてクダサイ!」
「まあ待てガーネット。今回のサブマッチは正式な奴だ。いきなりパッと本種目をやるわけじゃねぇ」
「エー……」
ガーネットは目を輝かせながら諸手を上げて先鋒をやりたがるが、あえなくデスティに却下されてしまい、頬を膨らませる。
気分が上がったり下がったりと忙しいガーネットに対し、デスティは「そうガッカリすんな、退屈もさせない」と続けると。
「最初はオメーらがどんな力を持ってるのか。観客に軽く披露しねえとな」
その言葉を引き金に、第二回サバイブ・マッチの幕が開けた。




