59話:マティアスの『宣戦布告』
グラウンドゼノ島へ来た時と同じように、仮初の肉体から魂が離れて、本来の肉体へと帰還する。
サブマッチの勝敗が決してすぐに、マティアス達はそのようにして戦勝記念スタジアムへと帰還していた。
決着直後のデスティは気絶していたので、果たしてどうやって帰るのだろうかと疑問だったが、サブマッチが終われば自動で帰れるよう準備してあったらしい。
「あれ、身体が軽い? さっきまでヘトヘトだったのに……」
椅子に腰掛けた状態で目覚めたマティアスは、まず身体の調子に驚いた。
サブマッチで全力を尽くして、疲労困憊のはずだった。
特に魔力を限界以上に引き出したせいで頭が割れるように痛かったのに、帰還した途端にそれら全ては消え去っていたのだ。
「そりゃそうだ、ここに置いてた身体は今までぐっすり寝てたんだからな。いきなり全快してるから違和感はあるだろうが、ヘロヘロのままよかマシだろ?」
「デスティさん」
「おう」
そのマティアスの隣に座っていたデスティがその疑問に答える。
考えてみればその通りである。
先ほどまでの肉体は疲労していても、置いてきた本来の肉体は何もしていないのだから疲労を感じないのは当然だ。
「にしても……っはー、あそこまで追い詰めて負けちまうとは……」
「って、えっ、デスティさん? 僕、確か身体は控え室に置いて来たと思うんですけど?」
次に感じたのは、自分が目覚めた場所に対する疑問である。
正面と左右を見てみれば、自分はグラウンドの中央に設営された、白い長テーブルを前にデスティと並んで座らされているのが分かる。
テーブルの上にはこれに向かって喋れと言わんばかりに棒状の拡声器が置かれていた。
「ああ、寝てる間に身体は移動させてもらった。今からにやる――」
「お話を聞かせてください!」「マティアス選手! 勝利した感想は!?」「どけ! うちのインタビューが先だっ!」「今どんなお気持ちですか!?」「早い者勝ちじゃあぁぁ!」「勝因はなんでしょうか」「この勝利を誰に――」
「――ヒーローインタビューのためにな」
「わあああっ!!?」
どばっ、という擬音がピッタリな程に、グラウンドに繋がるあらゆる出入り口から、マティアス達の元へ人が押し寄せる。
「な、なななんですかこの人たちっ」
「見ての通り記者共だ。サブマッチ終わりのインタビューなんていつもやってるだろ」
「それにしたって数が多すぎませんか!? こんな大事でしたっけ!?」
「そもそも今回のサブマッチが大事だったからな。っつーか大事にするために色々パトロン(支援者)を募ったんだ。インタビューも豪勢にいかないとな」
「そ、そうかもしれませんけど……こんな大勢の前で、何か言わないといけないなんて」
「よかったな、明日の朝刊、いや今から配られる号外も一面を飾れること間違いなしだ」
「うぇっ!?」
朝刊やら号外という言葉を聞いて、マティアスは恐れ慄いた。
確かにお馴染みとはいえ、今までは同学年の学生に囲まれてのインタビューばかり。喋ったところで影響力などたかが知れているから、気楽に対応できたのだ。
本職の人間を相手にしたインタビューなど経験したことがないし、世間に与える影響が計り知れなさ過ぎる。
下手は事は言えない、とマティアスはすっかり委縮してしまうが……。
「くっくく、相変わらず慣れねーのな。おいオメーら、先に俺がインタビューを受ける」
「デスティさん……」
「マティアスは戦闘の疲れが取れきってねーようだからな」と、デスティはインタビューに来ている記者達に呼びかけた。
デスティがマティアスに手本を見せようという心積もりなのは明らかで、マティアスは内心でデスティに感謝した。
「それでは、先にデスティ選手に質問します」
こほん、と記者達は一呼吸入れると、インタビューの矛先をデスティに向ける。
しかし、一つ誤算があった。
「敗北した感想は如何ですか!」「最後、マティアス選手に素手でボコボコにされてましたね! 我々はスッキリしましたが気分は如何でしたか!」「最後トドメを刺そうと近付いたのは何故ですか?」「ぶっちゃけ油断してましたか!?」「何が原因で敗北したのか、心当たりはありますか!?」
デスティ本人が自分の嫌われっぷりを考慮してなかったせいで、記者達は大変容赦のない質問を、次々とぶつけてくるのであった。
「…………」
「で、デスティさん……?」
集まっている記者達はおそらく、過去デスティにいいようにこき使われた経験があるのだろう、今こそやり返す好機とばかりに、彼らの表情はキラキラと輝いている。
もちろんマティアスは凍りついた、質問に答えると言ったはずのデスティは、表情を一つも変えず、一言も発しないのだから。
「デス・シス・デスティネイト――」
「デスティさんダメです。いま僕ら不死の魔法にかかってません。皆殺しになっちゃいます」
「ちっ」
青筋を立てたまま死霊魔法(それもおそらく屍龍弾)をかまそうとするデスティ、悲鳴を上げながら逃げ出そうとする記者達。
マティアスは早口でデスティを制止するのだった。
……どうやら表面上は繕っているものの、デスティは負けた事実にきっちりショックを受けているらしい。
ひとまず爆発の危険は去ったので、記者達はほっとした表情で再び集まる。
「はー……まあいい。所詮、負けたヤツの戯言だ。長々言っててもつまらねーから、一つだけ答えてやる」
「俺たちは極めて対等な条件で、全力を尽くして戦った」
「そんで、俺に決定的なミスがあったわけでも、コイツに相性的な有利があったわけでもねー」
「勝敗を分けたのは。単純に、マティアスは俺より強かった。ただそれだけだ」
デスティは不機嫌そうな表情のまま、「以上」と自分からインタビューを切り上げる。
(デスティさん……)
手本にするには無愛想過ぎるし、答弁の形を成していなかったが……先ほどのひと騒動と、デスティが自分を強いとハッキリ言ってくれたことで、マティアスの緊張はすっかりほぐれるのであった。
「次はオメーの番だ。……ついでに言っとくが、このインタビューは現在進行形で、サブマッチ実行装置を通して全世界に伝わってる」
「え」
「くっくくく。言いてー事があるなら今、ってことだぜ。世界最強」
「あ……」
しかしデスティはマティアスにインタビューを促した後、ボソッととんでもない事を話した。
ダルコ州どころか、全世界。
ともすれば先ほど以上に萎縮しかねない情報だったが……マティアスはなんとなく、自分が何を言いたいかが分かった気がした。
「それでは、マティアス選手に質問です」
記者たちの質問――先ほどのような矢継ぎ早ではなく、回答できるよう順番に繰り出されたもの――に、マティアスは丁寧に答えていく。
勝負を決めた瞬間、何を思いましたか。
――あのデスティさんに、勝ったと思いました。
勝因となったものはなんだったのでしょう?
――これまで身体に叩き込んできた、千変万化流の全てです。最後追い詰められた時、気付いたら身体が動いていました。
この勝利を誰に伝えたいですか?
――今は亡き師であり、祖父に。
「それでは最後に、何か言いたい事はありますか?」
「……はい」
いくつかの質問を終えインタビューも最後の質問となった時、マティアスは静かに頷く。
質問に答えていくうちに自分は世界に向けて何を言いたいのか、言葉はすでに形を成していた。
「腕に覚えのある人、強さに自信がある人、力を脈々と受け継いでいる人、魔法使い、戦士、魔物使い、マジックアイテム、そして……これから、強くなりたいと思っている全ての人に、伝えたい事があります」
倒す魔物を失った、今と未来、全ての強者達へ。
「この『千変万化』マティアス。今はダルコ最強を名乗っていますが、いつまでもこの場所に収まるつもりはありません」
「僕はサブマッチで、世界の頂点に君臨します」
僕はこの場所で、力を振るう理由と楽しさを見つけました。
「これを聞いて、自分こそが頂点だと思う人達からの全ての挑戦を、僕は受けて立つつもりです」
「その全てに勝利して、世界最強になってみせます」
僕は、まだ見ぬあなたと競い合いたい。
これから育つあなたの、目指す頂になりたい。
だから。
「これは、僕から皆さんへの――――“宣戦布告”です」
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――こうして、その日マティアス・リーヴィングは。
かつて世界を平和に導いた力を以て、世界の頂点に立ちはだかる、強大な敵になることを宣言した。
次回、第一部最終話となります。




