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58話:源流

 5つの屍龍弾が、すべて起爆する。

 グラウンドゼノ島の情景も、マティアスとデスティが残した戦いの形跡も、すべてを上塗る破壊の光が押し寄せ、吹き飛ばしていく。


 サブマッチ開幕に2人が放ったブレスのぶつけ合いが、瑣末に思えるような威力である。


 周囲の海水は勿論、かろうじて島に残っていた山岳までもが、彼方へと吹き飛んでいった。

 これまで攻撃に耐えていたジュンコの結界でさえも、砕け散った。

 その衝撃波と音は、遥か遠くにあるはずのダルコ州にすらはっきりと届いて、空気を揺らす。


 生身で受けて耐えられるものなど、いる筈もない。

 爆心地は生命など一つも存在できない焼土と化す、デスティが放ったのはそういう技であった。


 もとより荒涼としていたグラウンドゼノ島は、本当に何もない島と化してしまったのだ。


『なっ……なんちゅうことやーっ! デスティ選手のとんでもない攻撃でっ、この島そのものが巨大なクレーターになってしもうたーっ!!?』


 ジュンコによる実況がグラウンドゼノ島に響き渡る。

 観客たちも次々と身体が再生していって、島の惨状と、それを生み出した爆発の恐るべき威力に息を呑んでいた。


『蘇生して開口一番に実況とは……プロだね……』

『関心しとる場合ちゃうで! 解説のフリント、デスティは一体何をしたんや!?』

『はいはい。アレはドラゴンが死ぬ時に起こす爆発だ。デスティ選手は死霊魔法でドラゴン爆弾を作ったわけだね。理論としてはドラゴンの死体が魔力を放つ、魔力が空気中に充満する、ブレスを生み出す炉心に引火してボカン。さらに魔力は基本生物の身体に浸透するから、どんな硬くても中からイチコロ。いやーエグいね。……にしたって5発も落とすのはやりすぎな気もするけど』

『やりすぎはホンマにそう! おかげでウチも死んでしもうたわ!』

『これには流石のマティアス選手も無事とは思えない。……というか、2人とも爆発に巻き込まれてるわけだけど』


 屍龍弾について語り終えたフリントは、未だ煙漂う爆心地を見つめている。

 2人の生死は不明、爆発に巻き込まれたのは確かであるし、加えてデスティは直前に心臓を貫かれている。

 果たしてどちらが先に死亡したのか、あるいは。


『まさか、このノー・デス・サブマッチの勝敗は、両者死亡による引き分けに終わってしまうのか!?』


 あるいは、ジュンコの言う通りなのかもしれない。

 直後、びゅう、と風が強く吹いて、爆心地を漂う煙を吹き晴らした。

 その場の全員が固唾を飲んで、見守っていると……。



「なっ……なんとか、こらえきった……!!!」


 それでも。

 マティアスは一人、立っていた。


 無論、全くの無事というわけではない。

 既に竜人の姿は解けていて、人間の姿に戻ってしまっている。

 身体の治癒も中途半端で、あちこちボロボロであった。


『な、なんと! マティアス選手は生きていた! 生きてあの爆発を凌いでいたーっ!!?』

『う、うそでしょ……!? い、一度死んで再生したとかじゃなくて……!?』

「ノンノンよ、フリントのボーヤ。マティアスちゃんは耐え切ってるワ。あてくしこの目で見てたもの」


 今のマティアスは一度死亡したのではないかと疑うフリントに、セネートが待ったかけた。

 実体がない故に、精霊のセネートだけは一部始終を目撃していたのである。


『そ、そうか……実体化してない精霊なら、爆発の中でも生死の確認ができる――にしても、マティアス選手はどうやって生き残ったっていうのさ……!?』

「竜人の姿でギリギリまで耐えて、あとは身体を霊体化して文字通り気合いで耐えてたワ」


 屍龍弾の4発までは竜人の姿で耐えていた。

 5発目に至りとうとう身体が崩壊する、その時マティアスは魔法で身体を霊体化したのである。

 当然、屍龍弾は死霊魔法で生み出された産物、故に霊体になったところでやり過ごせるわけではない。


 なのでマティアスは、地獄のような苦痛を味わいながらそのまま耐えた。

 当然、並大抵の所業ではない。

 途中で痛みにより集中を欠けば、人間の姿で実体化して即死するのである。


「正直言って無茶苦茶にも程があるワ。よく痛みで気を失わなかったというか……」


 苦痛を味わいながら魔法に魔力を注ぎ続けて霊体化を維持し、万全の姿をイメージし続けて、マティアスはなんとか耐え切ったのである。


(こらえた、けどっ……、もう限界が……!)


 しかし、生き残った代償は決して小さくない。

 全身を襲う痛みにマティアスは顔を歪める、できるなら今すぐにも倒れ込み、転げ回りたいくらいだった。

 今のマティアスは、本来なら致死に至るダメージを全身に抱えたまま、かろうじて立っているに過ぎないのである。


『と、とにかくマティアス選手の生存は確認や! そうなるとデスティ選手の方は跡形もなく吹き飛んでしまったのかー!?』

「だと、いいんですけど……っ」

 

 とはいえマティアスがまだ死亡していないのは間違いなく、これでデスティが死亡していて、肉体が再生されるのを確認できればマティアスの勝利は確定する。

 


「いーえ、2人ともまだ生きてるワ」


 セネートの言葉の直後に、暗緑色の魔力光が炸裂する。

 マティアスの目の前に、死体の山が現れた。

 そうして積み上がったクッションの上に、鈍い音を立てながら一人の男が墜落する。



「はっ、か、はーっふーっ……お互い、よく、死ななかったな……!」

「デスティさん……ッ!!!」


 デスティもまた、爆発を生き延びていた。

 ずるり、と死体の山を滑り落ちて、デスティは地面に尻もちを着く。

 その姿はマティアスと同じくらいにボロボロだ。特に、胸に開けられた穴は急造で治したせいか、痛々しい大跡が残っている。


『な、なんとデスティ選手も生存ーーッ! 2人とも生存で、サブマッチ続行やーっ!』

『自分の魔法は意外と自分に効かなかったりするんだよね。デスティ選手は全身を魔力で覆ってるから余計に。それよりも大変だったのは心臓の方かな』

「はぁ……っ、間一髪だ……、心臓の再生が、間に合った……! まあ……、もう、指一本動かせる気が、しねーが……」


 デスティは死体の山を背にもたれかかったまま座り込み、肩で息を繰り返している。

 マティアスが見ても明らかな程に、デスティの体力は底を尽きている。

 指一本動かせないという言葉も本音だろう。しかし(・・・)



「だが……俺達の身体は、今、『死体』だ」

「まだ、動けるんですか……っ!!?」



 それでも、デスティは立ち上がる。

 尋常の動き方ではない、身体が何かに釣りあげられるように、ゆらりと。

 デスティは自らの身体に死霊魔法を掛けて、無理やり自分の身体を動かしていた。



「死体に魂詰め込んで、成仏する(きがすむ)までこき使う、それが、俺だ、死霊魔法使いだ……!!!」


 右手を前に突き出して、手のひらを開く。

 暗緑色の閃光がきらめいて、デスティの手には竜殺しの剣が握られていた。


「くっ……!」


 マティアスは動かない。

 屍龍弾から生き残るために、既に魔力を使いすぎていた。

 もうマティアスには、何かに変身し千変万化流の技を放つことなど、できなくなっていた。


「……くっくく……。嬉しいぜ、マティアス……オメーが強くてよ……! 今のは間違いなく、俺が出せる、最強の技だった……! まさか、使える時がくるたぁ、思わなかったぜ……!」


 剣を引き摺りながら、デスティはおぼつかない足取りで、一歩一歩近づいていく。


「俺はな……、サブマッチが盛り上がりゃ基本それで良い……。だが、個人的に、死霊魔法使いがどこまでやれんのか知りたくて、ここまでやってきた……!」


「しみったれた葬儀、退屈な魂の調停だけじゃねー……、何か、別の事ができるんじゃねーかってな……!」


「『そんな魔法作って何になる』だの、『死霊魔法使いに戦う力は必要ない』だのと、うんざりだったが……!」


 疲労が限界を超えたせいか言動はチグハグで、魔法の制御がままならないのか、動きもギクシャクとしている。


 それでも、デスティはマティアスの前に立って、剣を振り上げた。


「だがもう。なにも聞こえねー」


「今の俺らを見て、文句を言うヤツぁ1人もいねー」


「わかるか? あるんだよ。俺達の力には意味も価値もある。戦う事しか能がねー奴だって、この世に居ていいんだ」


 剣を振り下ろせばマティアスを斬れる、しかしデスティは、まるでこの場にいない誰かに聞かせるように言葉を続ける。

 マティアスの魔力が既に尽き、躱せるだけの余力はないと確信しているからだった。

 そうしてデスティは、剣を振り上げたまま、晴々とした表情で周囲を一瞥した。

 

 観客達は、固唾を飲んで決着を見守っている。

 尽きぬ興味の視線を以て――2人を、見つめている。 


「……悪いな、マティアス。オメーの夢、挫かせてもらうぜ」


「そんでありがとな――楽しかったぜ!」


 剣が、振り下ろされた。



(『楽しかった』)


 剣が迫る刹那の時間に、マティアスは懐かしい記憶を垣間見た。

 俗にいう、走馬灯というものだろうか。


『あの、じいちゃ……師匠』

『ふ。今は休憩中だ、好きなように呼び好きなように話せ』

『あ……はい。じいちゃんはどうして、千変万化流を人に教えようと思ったの?』


 祖父だ、祖父と幼い自分が、道場にいる。

 厳しい鍛錬を終えた後の、束の間の休息。

 夕日が差し込む中、自分はふと疑問に思って、そんなことを祖父に質問した。


『む? ふぅむ……』


 祖父は目を丸くすると、少しだけ考え込んでいた。

 

 マティアスは別に何か、深い考えがあって聞いたわけではない。

 ただ、千変万化流の教えのおかげで、この時体質を制御できつつあった自分は助かっているが……祖父には何か、良いことがあるのだろうかと思っただけだった。


『そうだなぁ……世を良くするため千変万化流により礼節を学び、心身ともに正しく健全な生き方を広めたい……と、高尚なことを言ってはみたが、いま思えば、それらは所詮、建前よ』

『タテマエ?』

『うむ。……マティアス、これからワシが言うことは内緒だ、誰にも言うでないぞ』

「うん、内緒にする』

『ワシが道場を開いたのは、『楽しかった』事を誰かに伝えたかったのだ』

『楽しかった?』

『うむ、鍛えに鍛えた力で敵を蹴散らし、勝つことの何と痛快! 愉快!! 爽快なことか!!! ワシはその楽しさを誰かに言いたくて道場を開いた!』

『そうだったんだ』

『マティアスは楽しいか? 千変万化流を学んでみて、どうだ?』

『……ううん、そんなに。楽しくない。厳しくて大変』

『そ、そうか……次からはもうちょっと優しく教えようか、ちと古いが変身せんでも使える技とかもあるし……』

『でも、楽しいのは、ちょっと楽しみ』

『! そうかそうか――』


 ――いつかマティアスも、楽しいと思える時が来る。

 そう語る祖父の表情は、本当に楽しそうで。

 マティアスは、今は厳しくて大変だけど、そんな時が来たらいいなと期待した瞬間があったのだ。


(――――)


 マティアスは思った。

 祖父の言っていた楽しさは、この戦いに勝利した先にある。


(――っ、まだだ!!)


 魔力は無い。変身はできない。それがどうした。

 マティアスの体力は尽きてない、身体は死ぬほど痛いが動く。

 そしてこの身体には、祖父とともに十何年と叩き込んだ、千変万化流の歴史が詰まっている。


「楽しみは――ここからだ!」

「っ!?」

 

 がく、とマティアスの身体が更に下へ沈み込んで、一気に跳ね上がる。

 小型の肉食獣を思わせるような、雷光の如き鋭い跳躍。

 マティアスはデスティの、剣を持った右手に飛びかかり、取り付き、両手で掴んだ彼の右手を。


首刎ね兎(ヴォーパルバニー)けん


 その時、この場にいたすべての人間は目撃した。

 変身していないはずの、人間であるはずのマティアスの姿に――ヴォーパルバニーという魔物の影が、確かに重なっていた。


飯綱殺いいずなごろし」


 ゴキリ、と鈍い音が響き渡った。

 デスティの右手首がありえない方向へ捻じ曲がり、龍殺しの剣が溢れおちた。

 その姿、首刎ね兎が獲物の首を落とすが如く。


「ぐ、ああああっ!!?」


 デスティは痛みに悲鳴をあげる、マティアスはすぐさま飛び退き、その背後へと回り込む。

 

「ヘカトンクラーケンけん


 腰を落とし、姿勢を低くした構えだ。

 右手を顔の前に、拝むようにして立てている。

 ヘカトンクラーケンの影が、マティアスと重なった。

 

「おま、え……! そのままでもっ」

蛸足拝閃たこあしはいせん!!!」

「ごが、が、ごっ、ぶ!!?」


 拳による乱打が、デスティの無防備な背後を襲う。

 その様はまさに無数の触手、深海に潜む悪魔の如く。

 


「マンティコア拳、毒針どくしんき!」「スレイプニール拳、金剛(こんごう)六蹄蹴りくていしゅう!」「アルラウネ拳、音越おとご鞭打ビンタ!」「牛鬼拳、死地天抜投しちてんばっとう!」「ジャガーノート拳、轟獣(ごうじゅう)崩落なだれ連槌れんつい!」「ハルピュイア拳、正中せいちゅう五段斬爪ごだんざんそう!」


 息も吐かせない間に、様々な魔物の錯覚かげを見せながら、デスティへ連撃を叩き込んでいくマティアス。 


 千変万化流とは、拳法と魔法が合一することによって生まれた武術である。

 すなわち、魔法と出会う以前、そこには千変万化流の源流となる、ただ純粋な拳法が存在していたのだ。


 人の姿のまま、魔物の動きを模して戦う。

 それは象徴拳、あるいは『形意拳(けいいけん)』と呼ばれる拳法だ。


「か、は……!」

「これで最後です!」


 めった打ちにされ、朦朧とする意識の中、デスティはついに白目を剥いた。

 魔力により魔法が通じない彼の防御には、明確な弱点がある。

 意識的に行っている魔力の放出は、意識がなくなれば使えない。



「千変万化流ッッ!!」


 枯渇した魔力を、気合いで捻り出す。

 脳内がスパークするように、バチバチと痛む。

 そんなことなど気にもせず、握った右拳を消して、形を変えた。


 これまで戦ったデスティと、戦いを見届けてくれた観客たちに、感謝と敬意を込めて。

 戦いの最後は、派手に決める。


 そうして現れたマティアスの右手は、大きさはそのままにドラゴンの頭部と化す。

 ドラゴンの口から溢れる竜炎を宿し、マティアスはデスティの腹部へと掬い上げるように。


() (えん) (ばん) (しょう)!!!」

「ぐぁああああああぁあぁぁあぁ!!!!」



 右拳を叩き込み、爆炎と共にデスティを打ち上げた。

 空を上り、雲に乗ろうとするが如く、デスティは腹の内に抱えた炎と共に天へと登り―――遥か上空で、大爆発を起こした。


 まるで花火が打ち上がったように、サブマッチ会場は爆炎に照らされる。

 人々がその光を凝視する中、マティアスは視線を空から外して、前を見つめる。

 

 そこには、塵が集まるように肉片が集まり、デスティの肉体が再生される姿があった。

 今、この場で死亡し肉体が粉々になれば、あのような形で復活することを、マティアスは知っている。


『な、な、なんと……っ!!! あの、最強最悪! 世界の裏の支配者! これまで幾度となく圧倒的な力を見せつけてきたデスティナ・ズゥ・ハークを!! マティアス・リーヴィング選手怒涛のラッシュで遂に打ち取ったァァァッ!!!』

 

 遂に訪れた決着。ジュンコは喉を枯らさんとばかりに声を張り上げる。

 観客達からの大瀑布の如き歓声に会場は包まれ、空気がビリビリと震える。


『死闘に次ぐ死闘ッ! この世が何度終わったか分からんほどの激しい戦いの末!! 最後にモノを言わしたんはまさかまさかの徒手空拳ステゴロッ!!! 来て下さった皆さんッ! 見事に戦い抜いたマティアス選手に盛大な拍手をお願いしますッッ!!!!』


(か……勝った……! デスティさんに、僕が……!!!)


 ジュンコの声によって、会場からの歓声と拍手はより一層圧を増す。

 圧倒されそうなほどの熱狂、しかしマティアスはそれを上回る狂気的な熱と歓喜が、身体を溢れんばかりに満たしていって。


「やっ……ッッ――――たぁぁぁーーっ!!!!」


 魂からの、勝利の咆哮。

 マティアスはこの時初めて――武術を学んで心の底から楽しかったと、そう思えたのだった。

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