57話:屍龍弾
(魔力が切れかけてる、少しまずい)
マティアスは構え、デスティを見据える。
そうして相手の隙をうかがう僅かな間に、戦況を分析する。
今しがたの頭痛は、魔力が切れかかった事による身体からの危険信号に違いなかった。
魔力の消費を伴う行為はあと数回が限度だろう、規模が大きければ一度きりになるかもしれない。
(でも……この姿なら徒手空拳でいくらでも戦える)
マティアスにとって幸いなのは、既に自分は変身し終えていることだ。
マティアスの変身――物質霊体化魔法は身体を消すことと、消し続けている間にのみ魔力を消費する。
つまり、このまま竜人の姿を維持する分には(人間の姿にしばらく戻れなくなるが)魔力が尽きても問題ない。
しかし現在、ソレとは全く別の問題が存在している。
(一方デスティさんは体力が切れかけ。これはチャンスだけど……さっきから妙だ)
(デスティさんの動きが格段に良くなってる。それも僕が灰の竜人王になってから)
灰の竜人王は、それまでの黒白竜王の力を極限にまで圧縮し強化した、マティアスが考える最強の姿である。
規格と引き換えに手にした身体性能は元の竜王を凌駕しており、事実、竜殺しの武器を腕力と肉体強度でへし折る事すら可能。
マティアスはこの姿で、魔法が効きにくいデスティを物理的に瞬殺するつもりだったのだが――振るう拳も蹴りも尻尾も当たりこそすれど、命へ届く前に再生されるのだ。
それも攻撃を受けてからというレベルではない。
まるで、攻撃が当たる箇所が分かっていて、あらかじめそこに再生力を集中させているかのような感触だった。
(あの悪魔みたいな姿になって、身体能力が物凄く上がったから? ううん……)
それは違う、とマティアスの直感が訴えている。
確かに悪魔の姿になったことで、デスティの身体能力は向上しているだろう。
しかし所詮、あの肉体は死体の寄せ集めに過ぎない、魔法の力ならともかく身体機能で言えば自分の方が遥か上だ。
身体能力の張り合いの末に致命を免れている?
違う。
天性の勘による奇跡的な確率で致命を免れている?
違う、あれは――
(戦い慣れてる? この、姿と?)
マティアスが当然そのように動くことを、デスティの体が知っている。
経験に基づいた慣れ親しんだ相手に対する動き、かつてマティアスが祖父と組手をしているのと同じような感覚。
信じ難いが、それが正しいとマティアスの直感は告げていた。
マティアスは、この姿をデスティに見せた事はない。
ならばつまり、デスティナ・ズゥ・ハークは、竜人もしくはそれに近しいカタチの存在と、幾度となく戦ったことがあるのだ。
(この姿になるのは間違いだった?)
想定外に、勝利の確信が僅かに揺らぐ。
しかしその直後、マティアスの脳裏に言葉が浮かんだ。
――勝てないと見みるやコロコロと形を変える、それでは勝利など一生有り得んぞ――
(……師匠)
師であり祖父の、叱咤であった。
組み手にて圧倒的に強かった祖父に対し、なんとか負けまいとマティアスは姿を変え続けて、辛抱が足りないと咎められた時の言葉だった。
(そうだ、その場しのぎで変身しても魔力を浪費するだけだ。負けたくないだけで、勝つための行動じゃない)
――千変万化流における強者とは『必勝』を確信して変身するものだ――
(勝つ。この姿で、僕はデスティさんを倒す!)
今、最もデスティに対し有効なのは、圧倒的な身体能力で物理的に殴り倒す事。
灰の竜人王に変身するに至った確信を、マティアスは再び固く信じる。
(たとえデスティさんが慣れてるんだとしても――)
マティアスは、デスティにどういう過去があったのかは知らない。
しかし過去に何度、今のマティアスと似たような相手と戦ったことがあったとしても、マティアスとデスティが戦うのは今日が初めてなのだから。
(――それは僕が不利ってわけじゃない!)
その中途半端な慣れを、命取りとする。
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(まさか、俺の体力が限界とはな……もうちょい体力作りに、力入れとくべきだったか……)
悪魔の内側で、デスティは息を整える。
この程度の小休止で取り戻せる体力など高が知れている、そうと分かっていても、少しでも体力を取り戻しておきたかった。
(……いや、そもそもアイツがおかしいだけだな。いくら暴れても息切れ一つしてねーし……)
(魔物の姿で毎日鍛えてるせいで、体力までそっち寄りになってやがる。人間の姿がむしろ省エネとか、筋金入りのバケモンだ)
(ただ魔力切れ寸前なのは好都合。こっからは実体のある攻撃もガンガン通る……いや通るか? さっきから間引きクラスの魔法ぶつけてんのに大して効いた様子もねーんだが? 無法過ぎねーかあの姿)
それもこれもマティアスが強過ぎるからである、特に、あの竜人の姿は桁外れだ。
多弁の悪魔で威力を引き上げた魔法もなんのその、竜殺しの武具すら軽々弾く膂力と防御力でゴリ押しされては、命がいくつあっても足りない。
正直に言って、デスティはいつ負けてもおかしくなかった。
それでもここまで渡り合えたのは――
(………っくっくく、まるでアイツだ)
非常に小柄で、人間と近しい骨格をした異形の竜。
マティアスの姿に、デスティはよく見知った、冥色の影を幻視する。
偶然だろうが本当によく似ている、瓜二つと言っていい。
挙動が、肉体が、体躯が、なによりその強さが。
ソレはデスティにとって、様々な意味を持っていた。
彼にとって最初の友、力を求めるようになったきっかけ、サブマッチを創るに至った理由の一つでもあれば、歴史には語られない英雄の一体でもあった。
そしてなにより……この地上最強の存在であった。
――デスティを生かしていたのは、友に挑み続けた経験。
友に似ている今のマティアスだからこそ、デスティはその動きを読むことができたのである。
(……はっ、負けっぱなしの記憶だが。使えるなら構わねー)
デスティはマティアスに重なる幻影を、あえて振り払わない。
ただでさえ疲労で頭が鈍っているのだ、反射で向こうの攻撃を凌げるなら、このまま身を委ねる。
もっと他に割くべき思考がある。
(ヤツを倒すには……そうだな)
目前に迫った決着。
それをどうやって自分の勝利で終わらせるか。
相手は並大抵の魔物を消し飛ばす一撃を平気で耐える、無類の防御力を備えた怪物である。
その体力は無尽蔵で、こちらを倒すまで戦い続けるだろう。
しかし一方で、その魔力は尽きようとしている。
であるならば。
(今なら、俺の最大出力で消し飛ばせる)
魔法を足し合わせ出力を強化する多弁の悪魔を使って、元から強力な死霊魔法を強化する。
そうして生み出した最強の攻撃手段を以て、決着をつけるのが相応しい。
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わずかな思考の時間を終えて、マティアスとデスティはほぼ同時に動き出した。
徒手空拳による撲殺を選んだマティアスは、迫るために前へ。
魔法による滅殺を選んだデスティは、離れるために後方へ。
「光栄に思いやがれマティアス! この俺の最強最大の技で、テメーを葬ってやる!」
「「「「「デス、シス、デスティネイト、我が希うは、生き尽く果てを迎えし肉体――」」」」」
悪魔の肉体に複数備わる口が、一斉に呪文を唱えだす。
それは、いままでのような雑多で喧騒の如き音とは明らかに違う、腹の底に響くような重低音と独特なリズムを伴った、短縮も破棄も行わない完全な詠唱だ。
(ガーネットさん達から聞いたのと同じ詠唱――奥の手を使う気だ!)
マティアスは事前にデスティと戦った2人から、その魔法の存在を聞いていた。
「うわ、デスティさんアレをやる気だ!?」
「マズイデス! 決まったら何もかもオシマイデスヨ!!」
詠唱を聞いたガーネットとアルマに、思わず緊張が走る。
彼女達は言っていた。
自分たちは戦いの末に、ただ一つの魔法によって諸共敗北したのだと。
マティアスがどんな姿であろうともその魔法だけは耐えられない、発動した時点で負けるだろうとも。
詠唱が終わる前にケリをつけるほかない。
マティアスの脚に力が入る。
大地を蹴り割りながら、一直線に駆けていく。
圧縮された竜人の身体能力は凄まじい、魔力の反発を利用したデスティの移動速度をも凌駕し、みるうちに距離を詰め追いつこうとしていた。
「「「「「――しかし、不滅の炉心はその火を絶やさず燃え盛る――」」」」」
「ちっ、流石に速えーな! だが……!」
しかしデスティも、黙って追いつかせるほど甘くは無い。
口以外の魔法行使器官か、あるいはデスティ本人が行使したのか、マティアスの前方には幾つもの魔法が炸裂する。
マティアスの眼前に、偽物のガーネットやアルマをはじめとする、偽りの亡者の群れがわらわらと湧きだす。
「もうすり抜けられねーんだろ?」とデスティは意地悪く笑うと、亡者達はマティアスの突進を止めるべく、真っ向から群がってきた。
雪崩のように迫りくる群れ、人であれば容易く飲み込まれるだろう。
規格を捨て力を圧縮した今のマティアスは、広範囲にわたる大勢に対応できないのか。
「押し通るっ!」
否。そもそも今のマティアスにとって、こんなものは障害にもならない。
人海を瞬時に見極める。ほぼ全員が大して強そうには見えず、大技を誘うための目眩しだと断定する。
警戒すべきは群れの先頭、ガーネットとアルマの偽物だけ。
マティアスと2人の偽物が真っ先に交差する。
偽物達はマティアスの胴を狙って飛び込むが――それより先に、マティアスが2人の片腕を掴む方が速かった。
「千変万化流、禁ジ手、人相殺棍!」
掴んだ2人を、桁外れの腕力でぶん回す。
疾く鋭く、軽やかに。
彼女達の、怪力無双と堅牢堅個を誇る肉体そのものを無敵の武器として、押し寄せる人海へ叩きつけていく。
草葉を散らすように人の群れを薙ぎ払う、速度を全く落とすことなくマティアスは猛追を続ける。
「――続けて、禁ジ手、人も投げ!」
そうして群れを完全突破した末に、マティアスは手にしていた偽物の2人をデスティに向かって、ボールのように投げ飛ばした。
「「「「「――やがて焔は肉体の楔から解き放たれ――」」」」」
「はっ……っくそ! 足止めにもなりゃしねえな!」
喰らえばただでは済まない豪速球を、デスティは翼をはためかせて空へと回避する。
(! しめた!)
マティアスはコレを絶好の好機と捉え、自らもまた飛翔した。
魔力の反発を利用したデスティの歩法は地面の魔力があってこそ、そして空中には反発に利用できる魔力は無い。
つまるところ地上で追跡するよりなお早く、マティアスは距離を詰められる。
だが。
「なら、こいつはどうだ……千変万化流!」
「え!?」
デスティの言葉に、マティアスは目を見開く。
マティアスよりも、そしてデスティよりも高い空に、魔法の炸裂光が幾千も炸裂する。
光の中からは無数のワイバーンが現れて、しかもそれらは急降下姿勢をとっている。
デスティが動かす死体は、自律、直接操作に関わらず、自分が知らない動きをとらせることはできない。
だが逆にいえば、過去見たことのある動きであれば――例えばデスティがマティアスと初めて遭遇した時、マティアスが放った技ならば。
「飛竜……まさか!」
「狗天直下・貫突、竜星群!!!」
ワイバーンによる超高高度からの落下――隕石にも匹敵するソレが、無数に降り注ぐ。
「っ、く、はああああああっ!!!」
全身全霊で羽ばたいて、マティアスは落ちてくるワイバーンを躱し続ける。
当たり損ねたワイバーンが地面に墜落するたびに、衝撃で大地が揺れ、クレーターを作り出していく。
直撃すれば間違いなく撃ち落とされる、掠っただけでも体勢を崩され、そこから直撃は免れないだろう。
ゆえにマティアスは、全て完璧にかわさなければならなかった、たとえ時間を稼がれていても、当たれば終わりだ。
(っ、あと、少し!)
マティアスは躱して、躱して、躱して、全ての嵐を掻い潜って、デスティまであと一息というところまで接近し。
「「「「「――十方世界を焼き尽くす。同胞すら恐れる竜の墳墓よ、顕現せよ」」」」」
「はぁ、はーっ……! ……これで、終いだ!」
――しかし、詠唱は完遂された。
上空ひにときわ大きな、暗緑色の光が煌めいた。
それは、ともすればダーリックホエールを呼び出した時よりもなお巨大だ。
(まず、い)
圧倒的な死の予感を、否応なしに感じる。
マティアスの脳裏に一つの選択肢が浮かぶ。
なけなしの全魔力を使って、この攻撃そのものを消し、無効化してしまうか。
「死体大連成、屍龍弾」
そうして光から現れたのは、ドラゴンだ。
体色はくすんだ赤色で、翼膜には穴が開き、身体の端々がボロボロに朽ち果てて、あちこちが傷まみれ、一目で老齢だとわかる、そのようなドラゴンである。
ぶわ、とマティアスは総毛立つ。
それは強そうだとか、そういう類の反応ではない――――危険だった、危険すぎた。
(アレは……『爆弾』だ……!!!)
なぜならソレは身体の内側から光と高熱を発していて、赤く爛々と輝いている。
今にも爆発する、そんな状態だった。
「くっくくく……! 同族すら怯えて近づかねー、ドラゴン最期の大爆発だ……!」
ドラゴンとは、身体の中にブレスを撃つ器官を内包していて、これは生涯成長するという、齧歯類の伸び続ける歯にも似た特徴を持っている。
しかし他の器官は不老不滅ではない、時間が経つにつれ肉体は成長し、やがて老化していく。
そして老いたドラゴンほど危険で恐ろしいものはない、ブレスはもはや制御不能にまで成長し、同族すら焼き尽くす威力を持つようになる。
その威力の、最たるものが――――寿命を迎え死亡したドラゴンの、制御を完全に手放したブレスによる超規模爆発。
つまるところデスティは、天寿を迎えたドラゴンの、爆発寸前の死体を。
「それを、5連」
複数個用意し、マティアスを念入りに爆殺しようとしていた。
「テメーが何処まで頑丈だろーが、こいつを食らえばシメーだ!!!」
(無理だ――数も規模も、間に合わない!)
魔法で攻撃を無効にするという選択肢が、マティアスの脳内から即座に消え失せた。
天から竜の死骸が5体、真っ逆さまに落ちてくる。
ガーネット達曰く、自分達はアレ1発で倒されたという。そんなものが5体。どう見積もっても耐えられる希望は見出せない。
「っ、させるかぁぁぁあああああああっ!!!!」
マティアスは翼を一際強く振るって、デスティに肉薄する。
アレが爆発する前にデスティを仕留める、それ以外にマティアスは勝つ手段が無い。
「必死だな! だがそうくる事は――!」
マティアスの狙いを、もちろんデスティは読み切っている。
屍龍弾が爆発する前に一撃は来るだろう、既にそこまで接近されている。
ようは、生き残りさえすればいい。
モロに喰らえば一撃必殺の攻撃だが、感覚に任せ、凌いでしまえばデスティの勝利だ。
(狙いは、頭か!)
拳を構え突っ込んでくるマティアスを、デスティは凝視する。
マティアスと友が重なる、デスティは再生用の魔力を頭部へと集中させ――
「千変万化流、蠍獅の型」
「!?」
――そして、視界から友の幻影が消えた。
「毒腕穿孔!」
ひゅん、とマティアスの右腕がしなる、余りの速度に掻き消えたような錯覚の後――ドス、という鈍い音を、デスティは聞いた。
見れば、マティアスの拳と腕が悪魔の肉体を貫通し、デスティの胸に穴を開けていた。
「ご、ふっ……!!?」
「慣れない動きに動揺しましたね」
「てめ……気づいて……か……!」
デスティは全く反応できなかった、速すぎて、尚且つ未知であったから。
これが、マティアスの策であった。
竜人が竜人のままに戦えば、デスティに動きを見切られる。
であるのならば、竜人の姿のまま全く違う魔物の技を放つことで、回避不能の不意打ちとなる。
実に単純だが、『慣れ』でマティアスの動きについてきたデスティには、これ以上ないほどに効果的だったのだ。
「ごはっ……ぐっ……」
デスティが身に纏う悪魔の肉体が焼け溶けて、本来の姿があらわになる。
マティアスの右腕は、デスティの心臓を貫いていた、もはや決着は誰の目からも明らかだった。
デスティは、最期の力を振り絞って――
「だが……頭を……狙うべきだったな……!!!」
「っ!!!」
――トントン、と自らの頭を指で小突いた。
心臓を破壊され、デスティの意識が消失するまで、ほんの十数秒。
それだけあれば、爆発までは充分だ。
「くたばりやがれ」
直後。
グラウンドゼノ島に、このサブマッチ最後にして、最大規模の破滅が訪れる。
千変万化流の技名まめちしき
奥義:文字通り奥義
禁ジ手:対人用の技なので禁じ手。人に向けて技を使ってはいけません。だけど技術として存在はしている。
悪手:使うほど自分の方が追い込まれる危険性があるので悪手。相手をいちいち変身させて魔力を使うより、自分が変身して薙ぎ払った方が魔力の消費が少なくてすむから。




